ロイは知らなかった。
放課後のウワサの時の真実が、こんなものだなんて。
「・・・」
「・・・」
場所は体育館裏。時刻、もうすぐ夕焼けが見えるくらい。
そこにただ立ち尽くしているのが自分。
目の前、自分に対面して、こちらもまた、ただただ立っているだけの女性。
彼女は―――
ゼルダは、何も言葉を発しようとはしなかった。
「・・・」
「・・・」
ロイは、何か言おうという努力はしていた。ずっと、ずっと。
しかしその頭に発することの出来る言の葉が浮んでくる様子はない。
・・・もしかしたら、目の前の彼女もそうなのかもしれない。
だが、それは自分の都合のいい妄想であるにすぎず、
またその正否を今誰に問うこともできない。
それにたとえそうであったとしたら、ますます自分の一言が重要になってしまうのではないか。
「・・・」
「・・・」
結局、
静かに真っ直ぐに向けられる視線を、同じように静かに真っ直ぐ返すことしかできていなかった。
おかげで彼女の顔はよく見える。
いつ見ても、どう見ても、綺麗である。完璧だ。
全校生徒の憧れであり、才色兼備という言葉がまさにふさわしい。
日が照ればその白い肌を美しく照らし出し、風が吹けばたおやかな金の髪が揺れる。
もし雨が降れば、その濡れた淑やかな姿は雨粒にきらめくのだろう。
「・・・」
「・・・」
こちらの考えていることをどう思っているか、
彼女の表情から読み取ることは無理だった、残念ながら。
決して今の彼女は無表情ではない。
ないのだが、
その顔色から取れるものは、
毅然としたものであったり、戸惑いであったり、傍観であったり、拒絶であったり・・・
光の当たりようで様々に映った。
ただ
どうとっても、『芳しくはない』、ロイの目に映る影はそう彼に語っている。
「・・・」
・・・気まずい。
はっきり確信した。この空気を気まずいと言うんだ。
「・・・」
どうにかこの空気を変えたい。
そう切に願うも、まるで縛られたように、彼女から目を放せずにいる自分。
目をそらさずに立って居られるのは、
それをやめてしまったらもっと悪くなる、そんな予感から。
あとは精神力だけの問題。
「・・・」
「・・・」
ロイは懸命にその動かぬ頭を動かそうとしていた・・・。
「あら?」
「おや?」
そこへ、2人分の声が耳へと届く。
ゼルダの視線がわずかに自分から外れた、それを機に、思わずロイは彼女に背を向けてしまった。
視界から消えるゼルダ、変わって現われたのは、
見慣れた2人、見慣れぬ2人組み。
「こんなところに居たのね、ゼルダ」
「校内1の美人と2人きりとは、羨ましいね、ロイ」
ピーチと、マルス。
珍しい2人組だ。しかし共に友人を探しに来たのであれば、肯けないこともない。
・・・なんて、冷静に考えつつも、
「ま、マルス!?あ、あ、その・・・」
その口は明らかに動揺を示している。
「どうかしたかい?」
「え、い・・・いやどうも・・・」
見透かしているかのような笑みのマルスに、ますます何も言えなくなる。
そんな彼を尻目に、
「ゼルダ、これ」
ピーチがゼルダへと歩み寄り、光るものを手渡す。
「あ・・・」
それは、金色のしおりだった。
以前ロイも拾ったことのある、彼女の持ち物。
「また失くしたのね」
「・・・そのようですね。ありがとう、ピーチ」
「ふふ、どういたしまして」
一方でマルスは
「ロイ、そろそろ帰らないかい?気付いたら教室に居ないから探してしまったよ」
と、あくまで日常を装い、ロイを誘った。
「今日は新しいアイス屋に行こうかと思うんだけどどうかな?
リンクも部活の助っ人が終わったら来るって・・・」
「僕は、いいや」
マルスの言葉を遮り、ロイはきっぱりとそう返事した。
「ごめん、また、誘って」
尻すぼみに縮む声を引き摺るように発しながら、
ロイは力なく歩き出す。
ピーチに背を向け、マルスから離れ、ゼルダの視線を断ち切り、
何歩か歩み、そして走り出し、
その場から脱した。
誰も、声を掛けるものは居なかった。
「・・・」
「・・・」
マルスとピーチは静かにそれを見送るだけ。
1人、異なった表情を見せるゼルダ。
「・・・ロイ」
小さくではあるが、ゼルダの口からその名は確かに呟かれた。
マルスたちが見やると、
彼女はひどく沈んだ表情をしている。
「ゼルダ、気に病むことはないわ」
「でも・・・」
ピーチに、応えようとして、口をつぐみ、再びロイの消えた方を見詰めるゼルダ。
「彼なら、教室に戻っただけだと思うよ」
思わぬ助け舟に
ゼルダは、はっとした様子でその顔をマルスに向ける。
「いや、リンクの所かもしれないな」
マルスの言葉にほんの少し躊躇いを見せるも、
すぐに前を向き、そしてロイと同じ方へと走り、去った。
「・・・」
「・・・」
残された、ピーチとマルス。
「・・・」
「・・・やれやれ」
同時に、ため息をついた。
「どうするのかしらね、あの2人」
「どうにか、なるようになるさ」
「まったく・・・子供の悪戯にしては出来すぎてるわ」
「ロイには『待ってます』、ゼルダには『貴方の物をお預かりしてます』の手紙。
・・・将来有望じゃないか」
「そうかしら?」
「育てようさ。今頃リンクがちゃんとしつけてくれているだろうしね」
言いながら、マルスはちらっと校舎の方へ目線を流した。
今頃、きっとロイとゼルダによからぬ悪戯を仕掛けた悪ガキどもを、
リンクが大人気なく本気で追い掛け回しているはずだ。
その証に、耳を澄ますと校舎の方からドタバタと喧しい音がしているのがわかる。
「リンク、大丈夫かしらね?」
「こういうことには一番の適任者だと思うけど?」
「そう信じたいわ」
腕を組み、息をつくピーチ。
「ロイ、あれと鉢合わせたりしないかな」
他人事のような口ぶりで、マルスは微笑を浮かべた。
「彼、本気なのかしら?」
「何が?」
「とぼけないで。
あなたが一番よく知っているはずよ、彼の気持ち」
「・・・
わからないな。叶わぬ恋に身をやつす者の気持ちなんて、僕にはわからない」
「あら、冷たいのね」
「そうだね」
「まぁ、私も人のことは言えないのだけど」
「君は優しいよ」
「何もできないわ」
「出来るわけがないさ、結局は傍観者にしかなれないんだから、僕たちは」
「・・・そうね」
校舎からの喧騒は、まだ納まりそうにない。
「リンクなら・・・」
「あぁ、それは無理だと思うよ?」
「なぜ?」
「彼が一番疎そうだ、こういうの」
2人で想像してみて、
つい、クスッと、共に笑みをこぼしてしまった。
やがて夕刻へと近づく体育館裏の空。
日の光は、次第に低く、赤くなっていこうとしていた。

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