皆の帰ったあとに残された教室。
日直によってきれいにされた黒板、
少し乱れた机の列、たまにひきっぱなしの椅子、
でもどの机の上にも物はない。
そんな、どこも同じなんだろうな、と思いながら
皆の影を探してしまう放課後の教室。
今は窓から入る沈みかけの太陽の光によって、
全てが、暗くも鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
「なぁ」
横から聞こえてきた、リンクの、誰にでもない呼びかけに、
ロイは壁際に座ったままで顔だけ上げた。
「明日って、いつ来るんだろうな」
すぐにはその答えを思い浮かべられなかった。
窓の桟の上に腕を組み、外を眺めるリンクの横顔、
それも綺麗に夕焼け色に染まっている。
「明日は今日の後に来るんだよ」
その奥に立つマルスは、しごく当然の答えを口にした。
開いた窓から入る風が彼の髪を揺らしている。
ロイにも異論は見つけられず、黙ってリンクの二の句を待つ。
「『明日』は明日になったら『今日』になる」
まっすぐに外を向いたリンクの瞳は
寝ぼけている様子でもなく、
しっかりとその景色を見据えているようだった。
「明日になったら、明日は消えて、今日になって、
そこに、また新しい明日が現れる」
少し、その目の光に儚いものを感じるのは、
夕日の所為なのだろうか。
「本当の明日は、いつ来るんだろう」
「君らしくないじゃないか、未来を憂うだなんて」
マルスが涼しげな声でリンクを嗜める。
「でも考えないか?
明日になって、また明日になって、さらにまた明日が来て、
学校行って、帰って、また行って・・・」
「いずれ卒業」
「その時に見える明日って、なんなんだろう」
やっぱり、珍しい顔をしている。
夕暮れ時はリンクでもこんな顔をするのだろうか?
目の当たりにしても、何度見ても、不思議に思ってしまう。
「やっぱり、今と同じような景色なのかな」
明日の先にある新しい明日、
そこに見える景色が、今見ているのと同じであること。
それがいいことなのかそうでないのか、
ロイにはわからなかった。
沈黙の中、風がカーテンを揺らす。
リンクの長い前髪も、共に揺れて、夕日に照らされた。
「わからないよ、そんなの」
ロイの言葉に、2人の目線が下りてくる。
「いくら考えたって、わからない。
わかるはずがない、まだ来てないんだから」
言いながら、立ち上がって、
2人に並んで外を向いた。
「わからないから、見に行くんだ」
夕焼け空はとてもきれいだった。
上のほうはもう夜の闇が落ち始め、地平線に並んだ建物は黒々と影を作っている。
それらの輪郭が燃える様なオレンジ色に輝き、
闇と光の間には、夜とも昼とも言えぬ薄紫色の空が淀んでいる。
ふと横を見ると、
リンクもマルスも笑っていた。
途端、
自分だけ真面目な顔していることに、ちょっとした恥ずかしさを覚える。
「ロイ、君らしいね」
「わ・・・悪い?」
「いや、すごくいい、すっごく」
褒め言葉も歪んで捉え、ばつの悪そうなロイ、
さっきまで違って、いつもと同じ、晴れやかな顔に戻ったリンク、
変わらず涼しげなマルス。
「なぁ、明日、アイス食べに行かないか?」
「アイス?」
「気になる?新しく出来たお店」
「気になる。明日は放課後なんにもないし」
「じゃ行こう。ロイも行くだろ?」
「・・・うん!明日は僕も何もない」
「よし!決まりだ」
リンクが言って、
そして手を伸ばし、開いていた窓を閉めた。
パチンと鍵もちゃんと閉める。
「帰ろ!」
その笑顔に答え、
ロイも置いていた鞄を手に取った。
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