「屋上っていう場所は素晴らしい所だと思わないか?
校内でありながら校外であり、
それでいて校内から出ることは出来ないんだ」
「・・・さぁ、どうだろ。
僕からでも君みたいな暇な人間の生態が観察できるっていう利点は
認めるけどね」
屋上の素晴らしさを語りながら、
高き空を見上げるマルス。
真昼の太陽と共に、彼の話し相手もその目に映る。
「常に空を眺めている君にはわからないか」
そいつは、
屋上に設けられたフェンスの上に腰掛けていた。
身にまとった白い衣と、背中の純白の翼が
日の光を受けて輝く。
「空なんて教室の窓からでも見られるじゃないか。
天井がいやなら校庭だっていい」
「校庭出たら帰るよ、そのまま」
「帰れば?」
「それじゃあ授業に出られない」
「・・・もうよくわかんないよ」
天使・・・ピットが肩をすくめる。
マルスの前では、よくこの仕草を見せる。
「ま、ここからだって、
帰ろうと思えばいくらでも帰れるんだけどね」
「?」
一瞬、言葉の意味がわからず、
マルスに目をやる。
マルスは
じっと、下を見詰めている。
遥か下の下
校庭の、地面。
軽く、ため息をつく。
「・・・それは、逃げるって言うんだ」
「同じことさ、帰る場所が違うだけで」
「じゃー帰ればいーじゃないか。僕は止めないよ」
「だいじょーぶ。止められなくても止まるから、自分で」
どうして毎度毎度、
こいつは意味のない問答をさせるのか。
おかげでこっちはいつも、
無駄に心配して、無駄に疲れる。
「・・・ホント、意味わかんないよ」
ピットはもうひとつため息をついた。
「手段も意思も揃ってるのに、なんで実行しないのさ?」
「常識だからだよ、それが」
「常識ぃ〜?
天使と会話してる時点で、そんな物捨ててるでしょ?」
「天使に常識を語られたくない」
「天使ほど常識に縛られている生き物はいない」
「人間と会話してる天使に常識があると?」
「あ、同じこと言うなっ!」
「あはは」
人の気も知らずに
マルスは笑い声をあげる。
「もう一つあるよ」
「は?」
「屋上のいいところ」
言って、
遠くの景色に目をやる。
屋上から見える、一番大きな、
ビルに付いたデジタル表示の時計。
「そろそろかな?」
「マルスッ!またここか!」
マルスの予想通り、
いい勢いで屋上へと顔を出す、1人の生徒。
・・・階段を上ってきた割に
息一つ切らしていない。
「リ・・・リンク、僕もう、ムリ・・・」
その後ろからもう1人、
こちらは憔悴しきった様子で、屋上の入り口に手をつく。
「屋上って来るだけで疲れるんだよな」
「そうは・・・見えないけど?」
「なんだよロイ、そんなんじゃ勝てないぞ、体育祭」
いつもいつも、
飽きもせず階段を駆け上ってはこんな掛け合いをしている元気な2人。
「お迎えが来たね」
ピットも2人に目をやった。
リンクもロイも、
遥か頭上にいる彼には気付かない。
マルスがいつもの笑みを浮かべる。
「僕の昼休みはこれでおしまい」
「楽しそうに見えるよ、顔」
「気のせいさ」
「あっそ」
マルスは腰を上げ、
2人のいる階段のほうへと歩き出す。
何も言わずに見送るピット。
「マルス、誰と話してた?」
「誰とも話してなんかないよ。
それよりリンク、
体育祭が近いって事は、仕事あるんじゃないの?」
「そうだリンクっ!委員会!」
「・・・せっかく忘れてたのに」
「なんだ、サボりかい?」
「えぇっ!授業はともかく委員会サボったらマズイんじゃ・・・」
「だーいじょーぶ。今日はないはずだから」
「・・・ほんとに?」
「うん。たぶん」
「たぶんって」
「・・・怒られるのは君だからいいけど、
運営が滞ると迷惑するのは全校生徒だからね」
「わかってるよ」
話しながら階段を下りて行く3人の背中。
「ほんと、素晴らしい所だよ、屋上」
ピットは軽いため息と共に呟いて、
その身を再び空へと躍らせた。

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