夜が更けていく。
外を眺めながら、そんな当たり前なことを思い出していた。
ここはいつでも夜だ。
常識ではありえない、そんなことを現実に噛みしめていた。
フォーサイド。
不思議な建物が、不思議な月明かりに照らされている、大きな町。
マルスはそんな風にこの町のことを思っていた。
彼が今いる場所はフォーサイドのとあるビルの一室。
大きな窓があって、大きな月がよく見える。
煌びやかな明りが町の各所から漏れているが、やはり月が一番だ。
誰がどこにいても同じように見てくれているのが月であり、
様々な色の灯がそれぞれに誇張し合うこの町でも、
大きくて丸いその月は、煌々とした明りを放ち、この街の全てを統べていた。
まるで夜の女王のように。。
『ここ』で月が見える場所はあまりない。
……というか、フォーサイドだけかもしれない。
ガチャリ
ドアの開く音。
マルスはすでに、微かに聞こえた足音を頼りにそちらへと振り向いている。
「あ、いた」
そんあ声と共に、部屋に1つしかない扉が開いた。
自然とマルスの顔から微笑が漏れる。
「いなかったらどうしてた?」
聞いてみると
「どうもしないよ」
そう受け流して、リンクは扉を閉めた。
カチャリ
と、鍵の音が部屋に響き、暗闇に染み渡る。
「その時は1人で寝るだけさ」
コト、コト、と、彼のブーツが部屋の床にくぐもった音を立てる。
「マルスこそ」
リンクは話しながら、室内にあつらえられたベッドの脇へ行って、背負った剣と盾を下ろす。
「俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
降ろされた武具は、カチャ、とその重みに準じた音を一度立てたきり、深い眠りについた様になった。
「そのままずっと月を見てた?」
リンクは軽くなった身を伸ばしながら、こちらを向く。
まっすぐな、その視線。
彼の弓矢のようだ。
「そうかもね」
クスッと笑って見せながら、マルスもベッドの方へと向かう。
小さな部屋だ。窓から寝床まで、そう距離はない。
この部屋には余計なものがなかった。
扉、浴室、ベッド、簡易な明り、そして窓。
―――充分だった。
「寝なくてもよかったんだ」
もうリンクはなんの装備も身に着けていない。
その状態で、じっとこちらを見据えている。
いつもそうだ。
彼は、こちらの動向にすべてを合わせてくれるのだ。
まるで―――まるで王家に仕える騎士のように。
ベッドにたどり着いたマルスは、リンクに背を向けるようにドサッと腰を下ろした。
「寝なきゃダメだよ?」
言いながらリンクもベッドへと腰を下ろす。
ブーツへ手をかけ、脱ぎ始めた。
「体に悪い」
「体?」
嘲笑を露わにするマルス。
「そんなもの、『ここ』にあるのかい?」
本気で尋ねてみた……つもりだった。
「あるよ」
と、
途端に肩を引き寄せられ、仰向けに倒れる。
「『ここ』に」
リンクの顔が真上にあった。
暗い部屋のなか、
彼の白い肌が際立って映った。
綺麗なのに健康的な肌、長くすらっと伸びた耳、こちらを射る透き通った青い視線……
全てが真夜中の灯に照らされている。
この奇妙な街の、妖艶な光に。
「体は心と共にある」
声まで照らされているようだ。
「俺はそう思うけど?」
全てを照らす、フォーサイドの夜の灯。
怪しく、艶やか、そして魅力的だ。
「そうだね……」
全てをこの街の所為にしたかった。
「心が全てを統べる」
でも、そうじゃない。
はっきりと自覚していた。
この光は街明りじゃない。全てを照らしているのは、月の光。
手を伸ばす。
肩にかけられた腕と自分の腕が交差する。
今度は、こちらから引き寄せてやる。
彼の体を。
彼の口を。
彼の唇を。
「『ここ』も、同じ、そうだろ?」
離れた唇に、リンクは指先を当てて、
そして、彼は帽子を取り払った。
「同じ?」
左の五指をその輝く金髪へと充てる。
自分の髪を一撫でするや否や、
右の手がこちらの腰へと充てられ、強く引き寄せる。
「俺の世界に『君』はいない」
その絶対的な力に、
マルスは全てを委ねた。
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