バキンッ
また1つ、彼の手の内でフィギュアが崩れ去る。
「・・・あぁ〜ぁ」
白い塊と砂がポロポロとその手から落ちていくのを、
マスターと呼ばれるその男は盛大な溜息で見送った。
「なんでも壊せばいいってものじゃないだろうに」
「なんでも残せばいいってもんでもネェだろうが」
言い返しながら
クレイジーと呼ばれるその男は、自分の手に残った砂塵を払う。
真っ白な粉がうっすらと光を受けて散ってゆくのも、
マスターは確かに見届けた。
卓上に残ったフィギュアはだいぶ少なくなってしまった。
並んでいるのは、ステージを模した物。どれも精巧だが、真っ白だ。
クレイジーはそれらをもう一度舐めるように睨みつけ、まだ壊せるものがないかと探している。
マスターは彼に対して憂鬱そうな息をつき、
そして、白い塊の隣に並べた物へと視線を移した。
こちらは、人物、参戦者を模した物。
ステージの物と違ってちゃんと色までつけてある。
それらも、
数十あるうちのいくつかが、既にクレイジーによって選別され、彼の前に並んでいた。
なぜかこちらは、選ぶのみで、壊されてはいない。
「できるだけ全て残したいと考えるのが、創造者の情だろう?」
「情?そんなもん、お前が持ってたのか」
「まぁ、多少はね」
話半分に聞き流しながら、
クレイジーは自分の前に並んだ物たちの中から、1つをつまみ上げ、
目線まで持ってきて眺める。
「こいつを残してもしょうがねぇだろ」
「君は本当にロイが嫌いなんだね」
「そうじゃねぇ。こいつを『次』に入れる必要はないというだけだ」
「彼はまだ変われるよ」
「こいつはな。だがそれじゃ『ここ』が変わらない」
真面目そのものの顔つきで、紫の眼光をこちらにつきつける。
「世界には常に変化が必要だ」
クレイジーから目を反らすことはできなかった。
こういう時に、彼こそが自分の片割れであり、相反の姿であり、
絶対に切り離せない存在であることを痛感する。
だがそれでも、
『ここ』の統治者は自分だ。
「他に言うことは?」
「本当ならコイツも、だ」
指でつまんだロイのフィギュア、
それで、今度は卓上のマルスのフィギュアをつついた。
コツッと軽い音がして、つつかれたフィギュアが僅かに傾き、そして戻った。
「彼は意外と君の気に入ってると思ってたんだけど」
「あのガキがいれば十分だ。こいつらは要らねぇ」
「だが彼には残ってもらう。これは曲げないよ」
「・・・だったらコイツを変えろ」
言って、
クレイジーが手を伸ばして選び出したのは、リンクのフィギュア。
ロイのを置いて、彼はリンクのそれをつまみあげた。
「・・・彼を抜いたら」
「お前の恐れる変化は起きねぇだろうよ」
マスターの言葉が遮られる。
されるままに、マスターは口を閉ざし、クレイジーの瞳に見入った。
彼の手の内でフィギュアが転がされる。
懸命に衝動を抑えているのくらい知っていた。
だからこそ、何も言わなかったし、目も反らさなかった。
何も変えようとしなかった。
「・・・君は、どう思うの?」
こらえきれず、
マスターが言葉を紡ぐ。
クレイジーに対してではない。
その奥から姿を現した者に。
「マスターからお伺い立ててもらえるとはね」
緑の服、緑の帽子、背負った聖剣。
「そんなに迷うことかな?」
リンクは、ケロッと応えた。
「わかってるとは思うけれど、消されようとしているのは君なんだよ?」
「未来の、ね。今の俺じゃない」
そう言う顔には彼お得意の平坦な笑みだけがあり、
これといった表情が浮んでいない。
「・・・君のそういうところは好きじゃない」
「ゴメンね、マスター。
でも正直な気持ちなんだ」
リンクは言葉調子をまったく変えずに続ける。
「クレイジーハンドの言うこと、間違ってないと思うよ。
『ここ』の未来には変化が必要だ。俺の『後継』、できることなら見てみたいし」
「でも」
「でも?」
リンクのマイペースな口調は、マスターの反論すら許しはしない。
「・・・」
「・・・」
沈黙の中で、
リンクはクレイジーに目を合わせた。
ただそれだけで、
クレイジーの目が少し不機嫌になる。
そして、
バキンッ
手の内の物は固い音と共に砕け、ボロリと落ちる。
それを見届け、リンクは笑う。
「俺、クレイジーのそういうところ好きだよ」
「オレは嫌いだ」
「あっそ」
ますますクレイジーの機嫌は悪くなってゆく。
「マリオも呼んだんでしょ?」
「あぁ、呼んだ」
低い声で返ってくる答え。
「マリオも意見、出してくれるはずだ」
そう言って、リンクは来た方へとつま先を向ける。
「お前の意見は?」
「俺はそれでじゅーぶん」
視線で、卓上に散った緑色の欠片を指し、
2人からの言葉がないのを確かめて、歩み去った。
「・・・」
「・・・」
物憂げな目で卓上を見つめ続けるマスター。
傾いているクレイジーの機嫌は更に傾き続け・・・
バキンッッ!
その掌が、卓上に叩きつけられ、
赤い欠片が宙に舞った。
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