「あれ?」
リンクは、あたりを見回す。
・・・見回すまでもなく自分のいるところはわかった。
夢の泉。
見慣れたステージだ。
しかし、違う。
そこには、ある1人の人物が立っていた。
薄い、ほぼ白に近い、灰色の髪。
鮮やかな紫色の瞳。
白に濃い紫のラインの入った衣服。
・・・それは普段、終点以外で見ることのない姿。
「マスター?」
リンクがその名を呼ぶ。
「おつかれ、リンク」
彼は口元に笑みを浮かべた。
「まずは乱闘での勝利を労ってあげよう」
「・・・ありがと」
リンクは素直に礼の言葉を口にする。
その目はまだ、乱闘時の緊張感を保ったまま。
・・・なんとなく理解したようだ。
マスターが現れた意味を。
「もう一試合してもらうことになった」
「もしかして、新しい参戦者?」
「そのとおり」
話が早いね、とマスターがうなずく。
「君の相手に相応しい者だと思うよ」
「どういうこと?」
「見ればわかるさ」
現れたのは、剣士。
青い髪の青年。
虚ろな瞳は、今だ、どこを見据えていいかわかっていない様子。
「剣・・・」
「さぁ、リンク。
彼を目覚めさせるのは君だよ」
言って、
マスターハンドは笑みを浮かべた。
「・・・・・・・・・こ・・・・・・は・・・?」
現れた剣士が、低く呟く。
「だいじょぶか?」
リンクはまだ慣れぬ彼を気遣いながら、
背中の剣を抜いた。
乱闘は、すぐに始まる。
何もわからない新しい仲間も、
はじめだけは、
マスターによって植えつけられた闘争心を火種とし、
選ばれた参戦者と戦い、
そして
身をもって『ここ』を知る。
それはマスターハンドによって仕切られる絶対の掟。
戦いは嫌だとか、
理由なき争いなどありえない、なんて
言ってはいられない。
なぜなら『ここ』は『戦うところ』だから。
リンクもそれを受け入れ、躊躇いはとうに捨てていた。
考える必要はない。
彼に勝てれば彼は仲間となる。
それは悪いことではないのだ。
「・・・」
リンクは剣を構え、相手の剣士を見据えた。
だが、剣士は動こうとしない。
「・・・・・・な・・・ぜ」
「?」
剣士が絞り出すように疑問の言葉を口にする。
「・・・どう・・・・・・・・・して・・・?」
闘志を持った相手を目の前にしても、
剣を取ることすらせず、ただただ疑問を漂わせる。
いまだ、
その目は虚ろで。
「マスター・・・?」
なにかがオカシイ。
思ったリンクが、主の名を呼ぶ。
呼ばれた彼は
「・・・へぇ、はじめてだよ」
リンクの言葉など気にすることなく、
「こんなにも、強くて、脆い生き物」
目を細めた。
「争いを拒み平和を求むのは悪くない。むしろ讃え育むべき心だ。
だけど、・・・」
「・・・・・・イヤ・・・だ」
「僕の前では要らない」
「マスターッ!!」
剣が、抜かれた。
次の瞬間
キンッ
高く剣の音が響く。
(!早ッ・・・)
辛うじて受け止めるも、その速さに驚かされる。
剣を抜いてなかったら間に合わなかったかもしれない。
「・・・」
剣士は、身を引こうとしなかった。
剣と剣が交わり、押し合う。
その重みから伝わってくるのは、
今までにリンクが触れたことのない感情。
「なぜ僕は戦っている?」
剣士がつぶやく。
「なぜ僕は剣を握っている?」
ほんの少し目線をあげると
剣士と目が合った。
その表情は、闘いに挑む者のそれとは思えない。
「どうして」
カタカタと微かに剣が鳴る。
「どうして僕は、
君に剣を向けているんだ?」
その目に浮かび上がる光の正体、
闘いを恐れる心。
そして、恐れるあまり人に剣を向ける、自分自身への恐怖。
・・・聞こえる、小さな小さな囁き。
(お願い・・・・・・僕を・・・)
「・・・させない」
リンクが呻く。
「させるかぁッッ!!!」
叫びとともに
リンクは、その左手の聖剣で全てを薙ぎ払った。
「見事だ、リンク。
やっぱり君でよかったよ」
乱闘が終わり、マスターは賛辞の言葉を勝者へと贈る。
勝者、リンクは
再びステージへと戻され、
倒れたまま起き上がらぬ剣士の横、
膝をついている。
「他の者ではこうはいかなかったかもしれない。
彼はなかなか優秀な参戦者だね。今後が楽しみだ」
言いながら、彼らに眼差しを送っている。
「それで?」
言葉を切って
ちらと、自分の胸元を見る。
剣の切っ先が、そこにはあった。
「何が言いたいのかな?」
あくまでも、冷たく、
その剣の持ち主・・・リンクに問いかける。
「マスター」
その顔は
真っ直ぐにマスターハンドを見据えている。
「アンタはたしかに俺達の主だよ」
剣先は揺らぐことなく
彼の方を指し示している。
「『ここ』ではマスターが俺達を護ってくれる。
だけど・・・」
その言動、表情、瞳に宿る光、それら全てに迷いは見えない。
リンクは
あくまでも、静かに
言った。
「・・・心までは護れない」
マスターハンドも
冷たい視線は変えず、
だが、何も言わない。
「たとえマスターでも、
皆を傷付けるのであれば、俺は、許さない」
リンクは剣先を向けたまま、
マスターの返答を待った。
「・・・悪かったよ」
吐きだすように、言葉にする。
「僕は、君達を買い被りすぎているようだね。
これからはもう少し柔らかになることにするよ」
横柄な態度はけっして変えることはなかった。
変えることができなかった。
「・・・これで?」
「充分だ」
「よかった」
リンクの答えに、小さく息をつく。
そして彼に背を向け・・・
「後は任せたよ」
マスターの姿が場から消える。
向けていた剣先が、ゆっくりと地を示す。
全身から力が抜け、そのまま腰を落とし
やがて、
剣もカランと落ちた。
「・・・」
消えた主の背中を、しばらく眺めていた。
・・・あの人に、人を傷つける意志などないと
わかっているはずなのに・・・
それなのに、
剣を向けずにはいられなかった。
そうするほか、どうしていいかわからなくて。
ふと気付けば
剣士が目を開けている。
先程までと違い、思いのほかしっかりした眼差しで、
彼もまた虚空をただただ眺めていた。
「だいじょぶか?」
2度目となる言葉をかける。
その声に、剣士は少し、目線を動かし
そして小さくうなずいた。
「ここは?」
「夢の泉。夢が、湧き出るところ」
「・・・よく、わからない」
「わからなくていいよ・・・」
言いながら
リンクは背を丸め、重そうに頭をもたげ、項垂れる。
額が軽く剣士の胸上に触れる。
「まだ、なんにもわからなくていい。
だから・・・」
だんだん声からも力が抜けていき
「今は、眠って」
最後はまるで囁くように、言う。
「・・・ありがとう」
「・・・礼なんて言うな」
「どうして?」
「守れなかった・・・
・・・・・・キミを、戦わせた」
「でも僕をすくいあげてくれた」
「何もできなかった」
「充分、でしょ?」
無意識に閉じかけていた目を開き、
リンクは剣士と目を合わす。
彼はうっすらと、悪戯っぽい表情を浮かべていた。
「聞いてたんだ」
「うっすらとだけど」
そんな様子に、やっと、少しだけ気が安らぐ。
「・・・あのヒトに、悪気はないんだ」
「うん」
「ただ、わからないだけ」
「・・・」
しばし、剣士は目を閉じて
「信じるほか、ないか」
考えてもわからないことを悟り、
諦めて呟く。
「ちゃんと教えるよ。
そのうち、少しずつ。
でもほんとに・・・今は・・・」
また少し、声を落として
「無理、するな」
リンクが言う。
心配してくれている、その想いに剣士は微笑んで応えた。
「ありがとう。
でも、大丈夫」
今一度、その瞳を伏せ、
そして
再び開かれると、そこに現れた眼差しがリンクを射抜く。
不安の色は変わっていない。
だが、さっきまでとは違う。
それは果てし無くまっすぐで、折られることのない想い。
「僕は知らなきゃならない。
・・・そうだろ?」
言葉と視線に浮かぶ、彼の決意。
それを受けて、
リンクは、自分の中にも未だ残る不安を振り払った。
「まだ、名前聞いてない」
「・・・マルス」
「俺はリンク」
すっと、リンクは立ち上がる。
地に横たわる剣もしかと手に取り、
軽く振って、鞘に収めた。
「本当に休まなくても平気?」
「あぁ」
「それじゃ」
左手を、剣士へと差し出す。
「行こう」
「どこへ?」
「まずは適当にまわろう。皆にも会える」
「皆?」
「いろんなのがいるよ」
「それは、楽しみ、でいいのかな」
「もちろん」
初めて、笑顔を見せたリンクに
マルスも軽く微笑んで、
差し延べられたその手を取った。
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