リンクがとある星の森林へ来てみると、そこには先客がいるようだった。
      
      
      
      「シュルク」
      
      
      呼びかけると、彼は素早くこちらを振り向いた。
      腰こそ浮かせはしなかったが、咄嗟に背中の剣に手をかけたところを見ると、
      まだ、『ここ』という環境に対する緊張が解けていないのが、よく伝わってきた。
      
      
      「乱闘する気はないよ」
      
      
      リンクは特に気にする素振も見せず、自分のペースのままでシュルクへと歩み寄る。
      
      
      「……シュルクがしたいなら、もちろん構わないけど」
      
      
      そう付け加えると、シュルクの顔は少し和らいだ。
      肩の力も抜けたようなので、リンクは遠慮することもなくその隣へと腰を下ろした。
      
      
      「リンクさんも休憩ですか?」
      「まぁそんなとこ」
      
      
      言いながらシュルクも元のように座りなおす。
      2人の前には豊かな緑が広がり、しばしの間、大自然の奏でる音が2人を包んだ。
      今日もここの生物たちは元気そうだ。迷惑なことに。
      
      
      「『ここ』には慣れた?」
      
      
      リンクが尋ねると、シュルクは少し思案して、
      
      
      「たぶんまだ、だと思います」
      
      
      と、冷静に答えを返してくる。
      
      
      「まだわからないことばかりだし…それに、僕は乱闘に向いていないような気がするんです」
      「戦うの、苦手か?」
      「そうですね」
      
      
      目線を落として、短く答える。
      
      
      「甘いでしょうか?」
      「いや、そんなことない。
       皆が皆、戦いが好きなわけじゃないし…それに姫とかもいるしね」
      
      
      リンクはゼルダ姫やピーチ姫の事を思い浮かべた。
      もともと戦うような人たちじゃない。けれど、2人とも、とても強い。
      
      
      「すぐに慣れるよ、きっと」
      「そうでしょうか?」
      「どの人たちも悩みながら戦えるほど弱くない……ていうか、強いよ、みんな」
      「悩んでる暇ももらえない?」
      「そうそう」
      
      
      つい、ふと笑ってしまう。
      
      
      「みんな忙しないからさ、待ってくれないんだ」
      
      
      リンクの笑みにつられて、シュルクも軽く笑った。
      
      
      「シュルク」
      「はい?」
      「なんでそんな丁寧なの?」
      「え…」
      
      
      自分ではなんとも思っていなかったのだろう。
      シュルクが言葉を詰まらせる。
      
      
      「え、と……」
      「いいよ、俺なんかに畏まらなくったって」
      「……先輩ってことになるんじゃ?」
      「大して先輩じゃない。たぶん年も同じか、俺が下だろうし」
      「でもここのこと、よく知ってるんですよね?」
      
      
      言われて、今度はリンクが言葉に詰まる。
      そして目の前の原生林をまじまじと眺めた。
      
      
      「……未だにこの森の生物のこともよくわかってない」
      「そうなんですか?」
      「どいつもこいつも、近づかない方がいいことだけは確かなんだけど」
      
      
      シュルクも森を眺めるが、リンクとはまるで目つきが違う。
      
      
      「すごく興味深いところじゃないですか。探索してみたいな」
      「げ!?本気?俺、絶対付き合わないぞ」
      「あはは、じゃあ誰なら付き合ってくれるか教えてください」
      
      
      シュルクは冗談で言っているわけでもなさそうだが、
      どちらにせよ、彼がやっと本当に笑ったようなので、リンクは少し安堵した。
      
      
      「疲れてるのかと思ったけれど、大丈夫そうだな」
      「え?僕、そんな風に見えました?」
      「見えたよ」
      
      
      きっぱりと言われて、シュルクは頭をかいた。
      
      
      「やっぱり、まだ慣れないんだろうな…」
      「そういえば」
      
      
      リンクは、ふと聞いてみることにした。
      ずっと気になっていたことだ。
      
      
      「シュルクって未来が見えるんだろ?」
      「未来視のことですね」
      「それって、いっつも見えてるの?」
      「いえ、そういうわけじゃなくて、危険が迫っている時に見えるみたいです」
      「危険?」
      「自分や、仲間の危機に繋がる未来が『視える』んです」
      
      
      リンクは想像してみた。
      迫る危険が見える。見えてしまう。知ってしまう―――
      
      
      「……疲れそう、だな、それ」
      「?体力の消耗などは特に感じないけれど」
      「いや、そうじゃなくてさ……」
      
      シュルクはなんとも思っていない風に見えるが、
      でも実際、その力の所為でいろいろと苦労しているであろうことは、想像がついた。
      
      
      「……」
      「……」
      
      
      リンクはここまで踏み込んでおきながら、二の句を告げることができなかった。
      代わりにシュルクが、ふぅと息を吐く。
      
      
      「それでもこのモナドを手放すわけにはいきませんから」
      
      
      落としていた目線を上げてみると、シュルクはしっかりと前を向いていた。
      
      
      「悩んでる暇、ないんですよね?」
      
      
      こちらに向けられた瞳には、僅かながら茶目っけが現れていて、
      彼に真面目という印象を抱いていたリンクにとって新鮮な表情に見えた。
      もう、心配やら遠慮やらといった余計なものは捨ててしまって良さそうだ。
      
      「モナドなしでやってみる?」
      「え?」
      
      突然の言葉に、シュルクは目を丸くする。
      
      
      「剣なしで手合せ、してみる?」
      「え、っと……」
      「軽くだよ。ちょっとした気晴らし程度にさ」
      
      
      目で誘うとシュルクも断る理由が見つけられなかったようで、
      やってみます、と頷いた。
      リンクはさっそく立ち上がって、袈裟がけにしているベルトを外し始める。
      
      
      「たまにアイクに付き合ってもらうんだけど、あいつ体格良すぎなんだよな」
      
      
      慣れた手つきで装具を取り除いてゆく。
      剣も盾も、その他の道具すべてがリンクの足下に放られて、すぐに山となった。
      そうして仕上げに帽子を取り去る。
      露になった彼の髪は、森林の沼地が返す光とも相まって、まるで金属のように鈍くも柔らかな色を見せた。
      
      
      「どうかした?」
      「いや、帽子外したところ、初めて見たから……」
      
      
      手際の良さ、持ち物の多さ、そして初めて目にした色に見入っていたシュルクが、
      慌てて立ち上がって、足下にモナドを置いた。
      何か物足りなさを感じたのか、自分の服装を確かめてみて、
      胸元のファスナーを下ろしてベストを脱ぎ、モナドに重ねた。
      
      
      「俺も服脱いじゃおうかな」
      「もう充分軽くなったように見えるよ」
      「この服も窮屈だよ。丈夫なのはありがたいんだけどな」
      
      
      まぁいっか、と呟いて、リンクは膝に手をついて曲げ伸ばしする。
      シュルクも右腕を左手で抱えて軽く伸ばす。
      
      
      「じゃ、始めるよ」
      「え!?」
      
      
      一方的に宣言して、腰を落としたかと思うと、
      リンクは素早くシュルクの懐に飛び込んだ。
      風を切るように振われたリンクの右拳を、シュルクはその左腕で止める。
      交わった拳を通して両者の目線も交わると、どちらの口元も引き上げられる。
      次はシュルクが打つ番だ。
      沼地の隅ではチャッピーが大きなあくびをひとつ、のんきな鳴き声が辺りに響いた。
      
      
      
      
      



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