07これは賭け
ロイは、いつも以上に真剣に、素振りに取り組んでいるようだった。
その様子を傍目で見ながら、
マルスは、本のページをめくる。
読んでいるのは一般的な小説。
賭け事に興ずる、一人の男の話だ。
はじまりは、一枚のコイン。
道端で拾った貨幣、
いい機会だからとやったこともないルーレットに
そのたった一枚を賭ける。
これまで、賭け事などとは縁もなく、
仕事でも遊びでも、真面目一本に生きてきた男。
そんな生き方に飽きていた。
生きることそのものに飽きていた。
しかし、今までの生き方から外れる勇気もなく、
外れた道に希望も見出せない。
この賭けだって、
どうせ負けるだろうし、最初で最後の賭けだろうと思った。
だが結果は、見事的中。
たった一枚が、何倍にもなって返ってきた。
そうして始まる男の新たなる人生。
その金を元手に、
男は人生の全てをルーレットに託した。
「ロイ」
「はい?」
「賭け事は好きかい?」
「え・・・わかりません、やったこと、ないですから」
「そうだよね」
マルスも、拾った。
ロイという、一枚のコインを。
・・・ちょっと失礼か。
(僕じゃなくて、マスターの拾い子だしね)
マリオ、リンク、カービィ、フォックス・・・
彼ら歴戦の勇者に並んで『ここ』に呼ばれたからには、
マスターハンドに見込まれるだけの素質を秘めているのは確かだ。
そして、
その『素質』に見合うだけの、運命も。
男の人生は変った。
持てる全ての時間を、賭けに勝つためにつぎ込んだ。
賭けに勝って、金を手に入れ、
さらに大きな賭けへと手を出してゆく。
次第に賭けの『種類』も変わってゆき、
金ではなく、命までもをルーレットに委ねてゆく・・・
『賭け』とは、面白いものだ。
勝っても負けても、
必ず何かを手に入れ、何かを失う。
『ロイ』に託した、マルスの賭け。
いったい僕は、
何を手にいれ、何を失うのだろうか。
「だいじょうぶ・・・
彼なら、だいじょうぶ」
「え?・・・なにか、言いました??」
「何も言ってないよ。素振り、あと何回やるのかな?」
「えと・・・え・・・あれ?」
「どうかした?」
「何回やりましたっけ、僕?」
「やった回数じゃなくて、あと何回やるか、でしょ?
はい、手を止めないよ」
「は、はい!すいませんっ!」

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