帰るところなんてないと思っていた。
      
      いろいろなものを失って、居てもたってもいられなくって、旅に出た。
      
      多くのものは機神兵に奪われた。けれど、故郷を捨てたのは自分自身だ。
      
      もう戻れない。
      
      帰ることなんて許されないんじゃないか、そう、どこかで思ってた。
      
      だから『ここ』でも自分には帰る場所なんて用意されていなくて当然だと、
      
      やっぱりどこかで思っていた。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      
      「寝る場所なんて決めてないな」
      
      
      パチリと焚き木の弾ける音と共に、リンクの答えは返ってきた。
      夜の帳に覆われたジャングル。動物たちの営みの音が溶ける夜闇の中、この一角だけ、炎に照らされた木々の影が揺らめいている。
      焚いた火の傍らで、リンクは弓の弦を張り直していた。その顔もまた灯影に揺れている。
      
      
      「なんで?」
      
      
      ぐいと弦を引きながら、素っ気なく聞き返される。蒼い瞳に炎が揺れた。
      
      
      「それが……」
      
      
      こうまっすぐ聞かれては、まっすぐ答える他にない。シュルクは素直に理由を話す。
      
      
      「ガウル平原の草っぱらで寝転がってたら、ダンバンさんに怒られちゃって」
      「怒られたぁ?」
      
      
      意味がわからないと言いたげに、リンクが眉をしかめる。
      
      
      「どこで寝ようがかまわないだろ」
      「いや、そうじゃなくて、もっとマシな寝床探せってことみたい」
      「あぁ……そういうことか」
      「皆はどうしてるのかな、と思ったんだ」
      
      
      弓へと目を戻し、掛けた弦の具合を確かめているリンクに、シュルクは二度目となる問いを投げかけた。
      
      
      「俺は、もともと野宿ばっかだったからな……」
      「そうなの?」
      「家に帰る暇なんてほとんどないし、行く先に宿があるとも限らないからさ」
      「そっか……大変なんだね」
      「べつにそうは思わないけど。村でも山羊の小屋で寝たりしてたし」
      
      
      それこそ大変そうだ、とシュルクには思えるのだが、リンクは本当になんとも思っていないようだ。
      慣れた仕草で弓の手入れを続ける彼の姿に、自然と共に暮らす技をしっかりと持っていることを感じさせられた。
      
      
      「お前はどっかに部屋あったよな?」
      
      
      リンクが炎の向こう側へと目をやった。そこでは、アイクが言葉も持たずに1人で干し肉をかじっている。
      話を振られると、一応、手元から視線を上げて、小さくこくりと頷いた。
      
      
      「もうないかもしれない」
      
      
      口の中の物を呑み込んでから、アイクは低くそう呟いた。
      
      
      「どういうこと?」
      「マルスが気遣って用意してくれた部屋だ。ほとんど……全く使っていない」
      
      
      律儀に言い直して、また一口、肉をかじった。
      
      
      「今頃、ルキナやルフレに譲られているかもな」
      「勝手に用意されて、勝手に譲られるのか」
      
      
      冗談めかしたリンクの言葉に、アイクもふっと笑う。
      
      
      「悪いと思ってはいる」
      
      
      何を?問う間もなく、アイクが続ける。
      
      
      「だが生憎、一所に落ち着ける性分じゃない」
      
      
      マルスに対する謝辞、アイクは大して悪びれた風でもなく、淡々と言った。
      
      
      「アイクさんは、元の世界で、お城とかに住んでいたわけじゃないんですか?」
      「そんな時期がなかったわけでもないが、ほんの短い期間だけだ」
      「え、お前、城住まいしてたのか?」
      
      
      手入れの終わった弓をしまったリンクが、驚いた様子で声を上げる。
      
      
      「似合わない」
      「だからやめた」
      
      
      アイクはそう答えながら、手の空いたらしいリンクに向かって、小ぶりな皮の袋を放る。
      弧を描いて炎を超えるそれを、リンクは利き手でしかと受け取った。
      
      
      「やめて、どうしたんです?」
      
      
      リンクが袋の中身を確かめ、仕舞い込む様子を横目で見やりながら、シュルクはアイクに尋ねた。
      
      
      「元の生活に戻った。それだけだ」
      「傭兵団の団長、なんですよね」
      「あぁ」
      
      
      傭兵と言えば、雇われて戦う人のことだ。雇用主を探して各地を渡り歩く。
      となれば、やはり彼も野営には慣れているということなのだろう。
      
      
      「シュルク、お前、まだこいつにそんな言葉づかいしてんの?」
      「え?」
      
      
      突然言われ、シュルクは首を回らす。
      
      
      「いや……なんか、自然に話してるつもり、なんだけどね」
      
      
      気付かされて弁明をするも、リンクは何やら自身の懐を探りながら、それを聞き流す。
      
      
      「お前もなんか言えよ、アイク」
      
      
      そう言って、今度はリンクがアイクに向かって小瓶を放った。牛乳ビンのようだ。
      再び描かれる放物線。瓶はきれいにアイクの胸元へと収まった。
      会話の合間に交わされるこの遣り取り、彼らなりの物々交換なのだろうか。
      
      
      「俺は別に気にしていない」
      
      
      更にもう1つ、今度は果物、レモンを受け取り確かめると、アイクはこちらへその眼を向けた。
      
      
      「話したいように話せばいい」
      
      
      冷めた瞳に、炎が揺れて影を作っている。
      突き放されているようにも聞こえるが、これが彼なりの心馳せであるとシュルクにも伝わった。
      出会ってすぐに敬語を遠慮したリンクのそれと、型はまったく異なるが、秘める本質は同じもの。
      シュルクにとって、アイクは大きく見える人物だ。年も彼の方が上。
      リンクのおかげで他の人とも随分気を楽に話せていると思うのだが、それでもアイクを前にすると、敬意を示す方が自然に思えてしまう。
      
      
      「いいならいいんだけどさ」
      
      
      レモンと一緒に言葉もしまった様子のアイクに、リンクは言葉を捨てた。
      
      
      「で、どうするんだ?」
      
      
      変わってシュルクへと話を振る。
      
      
      「え、僕も別にこのままでも……」
      「言葉の話じゃなくて、寝床の話」
      
      
      あぁ、そうだった、と思い出す。
      
      
      「寝泊りできる場所、必要なら何か所か当てはある」
      「……ありがとう」
      
      
      気遣いはありがたい。シュルクは素直に礼を言った。
      
      
      「もう少し、自分で考えてみるよ」
      「そうか」
      
      
      シュルクにその気がないことを解し、リンクも強く勧めたりはせず、
      取り出したまた別のビンの蓋を開けて、中の物をつまんで口へ放り込んだ。
      何かはわからない。だがまた妙なものを食しているのは見ずともわかったので、あえて見たりしなかった。
      と、アイクがこちらへ、手の内の物を差し出してくる。
      干し肉だ。こちらは随分まともな食糧。
      炎の奥から黙って突き出された施しに感謝するも、シュルクの身体はそれを欲しはしなかった。
      遠慮がちに口元を上げるだけで、受け取る意思を示さぬシュルク、
      アイクは少々怪訝な表情を浮かべるも、それ以上無理に勧めることはせず、肉を自分の口へと運んだ。
      
      
      「もらっとけばいいのに」
      
      
      いつのまにか剣も盾も下ろしたリンクがこぼす。
      
      
      「食べられる時に食べて、寝られる時に寝る、これ鉄則、だぞ」
      
      
      そう言って、リンクはごろりと背を地につけて寝転がった。
      シュルクは反芻してみる。
      食べられる時に食べる、眠れる時に眠る。
      何よりも幸せな響き。だけれども、自分には、とても難しそうだ。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      
      炎と共に眠りについたリンク、剣を振う相手を探すアイク、
      彼らと別れて、シュルクは世界を流離い始めた。
      
      
      「僕はロボットですから」
      
      
      頭上に広がる青空と同じような顔で、ロックはシュルクの問いに答える。
      
      
      「皆さんと比べると、休息時間は少ないと思います」
      「そっか……そうだよね」
      
      
      村で暮らす動物たちは、ある者は忙しそうに、ある者はのんびりと、それぞれの暮らしを営んでいる。
      それらを傍目に、シュルクは改めてロックの姿を見詰めた。
      青い滑らかなフレーム、自分たちのそれとなんら変わらぬ、いやそれ以上の質感を備えた肌、無駄という言葉を知らせぬフォルム――
      これが人の手で造られた機構だなんて。
      見れば見るほど、ロックの姿はシュルクにとって魅力的に映り、美しいとすら感じられた。
      
      
      「お役に立てなくてごめんなさい」
      「ううん、僕の方こそごめん。未だに君が機械の身体だなんて思えなくて」
      
      
      シュルクは正直に謝った。見惚れるのも自重する。
      
      
      「俺はたっぷり寝てる自信あるな」
      
      
      それを後押しするかのごとく、横からソニックが口を挟んだ。
      
      
      「見習ってくれていいぜ」
      「あ、ありがとう」
      
      
      鼻高々に自慢するハリネズミの先輩に、シュルクはどうにか苦い笑いを返した。
      
      
      「グリーンヒルゾーンも、ウィンディヒルも、昼寝にはもってこいの場所なんだ」
      「家とかあるの?」
      「あるわけないさ。原っぱで大の字に寝るのが一番気持ちいいに決まってる」
      
      
      その意見は、ヘッジホッグとしての物なのか、それともソニック個人の物なのか。
      
      
      「ソニックさんのように気楽にきままに生活できたら、きっともっと楽しいんでしょうね」
      「なんだロック、ここの生活楽しくないのか?」
      「え、いや、そんなことは」
      「だったら楽しいとこ案内してやるよ!」
      「あなたの速さにはついていけないですよ!」
      
      
      ロックが笑いながら困った声を上げる。
      たしかにソニックについて行けば楽しいのだろう。ついて行ければ。
      
      
      「シュルク、お前もどうだ?」
      
      
      シュルクもロックに倣って笑うしかなかった。
      モナドを使えば、速さはなんとかなるかもしれない。
      だがそれよりも、このパワフルな先輩には体力とか気力とかが追いつかなさそうだ。
      軽快にクラクションを鳴らして大きな車がゆっくりと前を過ぎてゆく。
      日は高く、燦々と照っていた。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
       
      
      
      
      
      
      次に出会ったのはファルコンだった。
      キャプテン・ファルコン。伝説のレーサー。
      遮光のメットで素顔を隠す、正体不明のヒーローと聞いている。
      そんな人物が、こんなにきちんと自分の生活圏を確保していて、さらにそれを誰にも秘めていないということに、シュルクは多少驚きを覚えた。
      
      
      「ここでは誰に隠す必要もないからな」
      
      
      曇天が覆うミュートシティの一角に、その家はあった。
      自分の世界では見たことがないような高層の建築物が立ち並ぶ中、この家だけが木の温もりを持っていて、街の景観にそぐっていない。
      まるでここだけ空間が切り取られたかのようだ。
      このちぐはぐな光景は、シュルクの心を波立たせた。
      だがそれでも、中に入って戸を閉めてしまえば、外の喧騒が入ってくることもなく、少しは落ち着いた空間を体感できた。
      
      
      「いつも、ここで寝泊りを?」
      「いいや」
      
      
      ファルコンはあっさりと頭を振る。
      
      
      「俺は、こうしてゆっくりとした時間を過ごしたくなったらここに来るんだ」
      
      
      そう言って、ファルコンは手にしたコーヒーカップを傾けた。
      
      
      「宿泊設備ももちろん整っているが、他人に貸す方が多いかもな」
      
      
      カップから立ち上る香りを愉しむファルコンの話しぶりからも、彼は他者にこの家を開放することに対して全く抵抗を感じていないと知れる。
      
      
      「君も好きに使ってくれてかまわないよ」
      
      
      なんともあっさり、気を使う風も見せずにファルコンは言った。
      
      
      「ここの設備は君なら大抵は使いこなせるんじゃないかと思うが、どうかな」
      「そう……ですね」
      
      
      シュルクは置かれたカップに触れたまま、自身を取り巻く空間を見回す。
      
      
      「僕のいたコロニーで使われていた物と、大きな差はないように見えます」
      
      
      部屋に備えられた家具家電たち、木目調の部屋と絶妙なバランスで共存しているそれらの機器たちは、シュルクの目で見ても、何の役目を担っているか一目でわかるものばかりであった。
      シュルクは気付く。これらの存在こそが、この空間に対する違和感の正体だ。
      異世界の街に存在する、奇妙に身に馴染む部屋、そして機械。
      ファルコンにとってはどちらも愛すべき物。けれど、シュルクがそれらを世界として受け入れるには、まだ時間が掛かる、そう感じた。
      
      
      「でもこの街、F−ZEROのレースが常に行われていますよね」
      
      
      シュルクは自分の抱いている感情の源を巧妙にすり替える。
      
      
      「クラッシュした機体が落ちてきたり、しないんですか?」
      「あぁ、もちろん……」
      
      
      ファルコンがニッと口の両端を引き上げる。
      
      
      「もちろん、落ちてくる」
      「えぇっ!?」
      
      
      まさかの答えに、大げさなほどの声で驚いてしまう。
      するとファルコンはその渋い声で豪快に笑った。
      
      
      「冗談だよ」
      
      
      つられて笑うも、顔がひきつっているのが自分でもわかった。
      本当に冗談なのだろうか。
      窓の外からまた数台分、風を斬るエンジン音が近くをかすめていく。
      空を覆う分厚い雲から落ちてくるのは、もしかしたら雨じゃないのかもしれない。
      考え始めると、本来癒しを想うべきコーヒーの香りすら、まるで煙管のそれかと思えてきた。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
       
      
      
      
      
      
      こちらもまた、謎の多い人物だ。
      
      
      「落ちない夕日、永遠の黄昏」
      
      
      シークはオルディン大橋に立ち、洛陽に向かって言葉を紡ぐ。
      
      
      「物悲しいと思わないか」
      「悲しい?」
      「黄昏時。光の眷族は去りゆく太陽を惜しんで祈り、魔に属するものたちはじき来たる宵闇に胸を踊らせる――」
      
      
      唄うように発される言葉の羅列を、シュルクは上手く解することができなかった。
      彼の言葉は、まるでハープの旋律のようだ。
      独立した音が一つ一つ重なって絡み合って、複雑な調べを創る。易しい音が織りなす難解な音楽。
      聞き惚れるばかりで句を返せずにいると、シークはこちらへ向き、優しく目を細めた。
      大半が布で覆われている彼の顔、覗いた瞳が夕日に照らされて、鉱石のように見えた。
      
      
      「僕に何か用かい?」
      「いや、用ってわけじゃないのだけれど……」
      
      
      すっかりこの人のペースに乗せられているのを感じ、シュルクは頭をかく。
      
      
      「皆が、どこで寝て何を食べているのか、ちょっと気になって聞いてるんだ」
      「なるほど……興味深い、だろうね、それは」
      
      
      思案するように、シークは再び陽に向いた。
      
      
      「僕は風の向くままに過ごしている」
      「風?」
      「幸い、ここは食物に困ることはないし、どこで眠りに就くも自由だ」
      
      
      たしかに、場所を気にせず食に拘らなければ、ここで困ることはないように思えた。
      特に食べる物は、常に何処かに何かはある。何でも良いと割り切ってしまえば充分に満足できる。
      しかし、食べたい時に食べたいものがある、というわけではない。
      
      
      「皆が皆、満足はしていないよね」
      
      
      一部の参戦者たちは、特に食に対する執着が非常に強いと、シュルクは感じていた。
      
      
      「常にお腹空かせてる人も多いような気がする」
      「空腹は心の渇き」
      
      
      シークが再び詩歌を紡ぐ。
      
      
      「そして睡魔は安寧への誘い」
      
      
      流れるような彼の言葉が、シュルクの耳を撫でるように通り過ぎてゆく。
      
      
      「渇望から目を背け、誘いを閑却すれば、やがてそれらは身体を蝕むだろう」
      
      
      そこには深い意味が含まれているだろうに、なかなかうまく汲み取ることができず、もどかしく感じた。
      
      
      「逆、ではないの?」
      
      
      シュルクは、彼の言葉と自分の常識を照らし合わせてみて、抱いた疑問に首をひねった。
      人間、体が資本だ。身体的欲求を満たさなければ身体は壊れる。そして心が壊れる。
      だからこうして、自分は寝食について考えている。
      
      
      「身体ありき、でしょう?」
      
      
      シークはゆっくりと頭を振った。
      
      
      「心と体、それは互いに姿を映し合う。そう、鏡のように」
      
      
      言葉の音色が再び美しく湧き出でる。
      
      
      「向き合った実像と虚像……どちらが先なんだろうね」
      
      
      もちろん、実像だ。
      シュルクの理性が答えを導くも、向けられた赤い瞳に、確信を持って返すことはできなかった。
      大橋を朱く染め上げる夕日は、角度をじっと保ったまま、シュルクとシークを照らし続けた。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      
      
      「これ、食べる?」
      「え……」
      
      
      明るいジャングルの遺跡で出会ったコングたち、片割れのディディーはいきなり、シュルクの前に大きな果実を差し出した。
      咄嗟に受け取ってしまって、返すわけにもいかなくなる。
      
      
      「……もらっていいの?」
      「いいのいいの」
      
      
      赤い帽子のやんちゃな小猿は、軽そうな手をヒラヒラとさせた。
      
      
      「皮剥くの大変そうだし」
      
      
      もらった、いや、押し付けられたのは、メロンである。
      
      
      「おいらたち、そういうのはあんまり食べないもん」
      「バナナもいっぱいあるしね」
      
      
      ドンキーが満足そうに付け加えた。
      シュルクは重く丸くざらついた独特な触感を手の内で持て余しながら、彼らの背後を見やる。
      昇りたての太陽に照らされた遺跡、その扉は開いていて、中では山のように積まれたバナナが、まるで金銀財宝のように、深みある輝きを放っていた。
      
      
      「これ……2人で集めてるの?」
      「そうだよー」
      
      
      浮かんだのが呆れなのか感心なのか、自分でもよくわからない。とにかく、凄いなと思った。
      
      
      「ここが2人の住処ってこと?」
      「違うよ」
      「こっちには家ないもんね」
      
      
      ということは、きちんと別に家がある、ということか。
      家の方もバナナで埋め尽くされているのではないかと思えたが、そもそも、コングたちの家とはどんな環境なのか、まだうまく想像できなかった。
      
      
      「今度遊びに来てよ」
      「そうだよシュルク、今度おいらのギミック改良して!」
      「えぇーそれはズルいよ、ディディー。それより家のロープウェイとか見てもらいたいな」
      「あぁ、最近ガタついてきてるもんねー」
      「僕でよければ、喜んで」
      
      
      誘いを受けると、コングたちは顔を合わせて楽しげに笑った。
      とても興味はあった。彼らの技術にも、そして生活にも。
      
      
      「コングはバナナしか食べないの?」
      「え?」
      
      
      ふと気になって尋ねてみると、2人は少し頭を悩ませる。
      
      
      「食べないわけじゃないけれど……」
      
      
      ディディーは頭を傾け、背後を見やる。そしてこう答えた。
      
      
      「バナナさえあれば、幸せだよ」
      
      
      朝の陽ざしに照らされたその顔は、ジャングルの空気同様、清々しかった。
      少し、羨ましい。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
           
      
      
      
      
      ミアレの街は夜も賑やかだ。
      立ち並んだ街灯、家々の窓、そして町のシンボルタワー、どれもが夜闇の中の星のように、明々と輝いている。
      それらの明りに照らされた街の中を、ポケモンたちは元気いっぱいに駆け回っていた。
      
      ピカチュウは可愛い声を上げながら屋根から屋根へと飛び回る。
      その横をプリンがふわりふわりと宙を舞う。
      リザードンもどっしりとした足取りで2人の後を追い、
      時たまゲッコウガが姿を現し、そしてドロンとまた消える。
      一番後ろから彼らを追うのがルカリオだった。
      追いつきそうになったところで、振り向いたリザードンがその足を止めさせる。
      吹きつけられた猛火が町を刹那に真昼に変える。収まればまた夜の星明りが町に戻る。ルカリオが走る。今度はピカチュウの雷が閃く……
      
      ポケモンたちの気楽な夜の鬼ごっこだった。
      ルカリオに話しかけるわけにもいかず、シュルクは街灯の下で1人、佇むしかなかった。
      
      ふっと隣に現れた静かな気配に気付く。
      ゲッコウガがいた。
      腕組みを解かぬまま、上目づかいでこちらを見やる。
      彼の眼差しは誘いのそれに見えた。だが生憎、混ざれるとも思えず、シュルクはゲッコウガに笑って首を振ることしかできなかった。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      
      
      「大丈夫ですか?」
      「え?」
      
      
      春の陽気に包まれたヨッシーアイランド、
      そこでルキナと顔を合わせるや否や、あどけなさの残る表情で顔を覗き込まれ、シュルクは少し戸惑ってしまった。
      
      
      「な、何が?」
      「顔色があまり良くないように見えます」
      
      
      言われてみて、たしかに自分は少し疲れているかもしれないと、渋々認める。
      
      
      「ちゃんと休んでますか?食べてますか?」
      「大丈夫だよ、ルキナ」
      
      
      そうだ、これくらい。少し休めば問題ないはずだ。
      シュルクは道端の芝生にひとまず腰を落ち着けた。初夏の陽射しがシュルクを包む。
      無意識に地につけた手のひらを、草が柔らかく撫でた。
      
      
      「そんなんじゃ戦えませんよ?」
      
      
      ルキナに溜め息まじりに言われてしまう。たしかに、剣を振るえる気分ではない。
      
      
      「そうですよー?」
      
      
      と、奥からも声を掛けられる。ヨッシーだ。
      
      
      「お腹が空いたらなんとかかんとかって言いますし」
      「腹が減っては戦はできぬ?」
      「それですそれ」
      
      
      言いながら、また1つリンゴを丸呑みにする。
      ヨッシーは木陰に座ってひたすらリンゴを食べていた。
      傍らにはリンゴの山。ドンキーたちの倉庫のバナナと同じくらいあるように見える。
      
      
      「……全部食べるの?」
      「シュルクさんも食べますかぁ?」
      
      
      ヨッシーは話ながらも食べる手を止めない。シュルクは乾いた笑みで遠慮をした。
      
      
      「ルキナも、それ全部?」 
      「まさか!」
      
      
      笑ってこちらは否定をする。
      ルキナも、大きなかごいっぱいに果実を持っていた。
      リンゴの他に桃やオレンジといった様々な果実が盛られている。
      
      
      「マルス様やルフレさんに分けるんですよ」
      
      
      そういえば、マルスがルキナたちに部屋を用意しているかもしれないと、アイクが言っていたのを思い出す。
      
      
      「ルキナは、部屋を持っているの?」
      「え?」
      
      
      いきなり聞かれたからか、ルキナは少し戸惑ったようだが、すぐに持っていると教えてくれた。
      
      
      「マルス様が勧めてくださったんです。私と、ルフレさんに」
      「一緒に住んでるんだね」
      「どう……でしょう」
      
      
      ルキナは呻って上目で空を仰ぐ。
      
      
      「居る時間が違う所為か、あまり共に生活している感じはないですね」
      「そうなんだ……」
      「たまには一緒に食卓を囲んだり、できたらいいなと思うのですが」
      
      
      言いながら、かごの果物に目を落とした。その瞳が少し寂しげにシュルクには映る。
      
      
      「でも、ルフレさんやお父様に甘えるわけにもいきませんし……」
      「いいんじゃないですかぁ?」
      
      
      ヨッシーが変わらぬペースで食べ続けながら、口を挟む。
      
      
      「ルキナさん、せっかくお父さんがいるんですから、たまには甘えてもいいと思うんですけどねー」
      
      
      膨れた腹に手をやりながら、のんびりとした口調で優しい言葉を投げかける。
      
      
      「ありがとうございます、ヨッシーさん」
      
      
      その幸せそうな表情は、ルキナの柔らかい微笑みを引き出した。
      
      
      「シュルクはどうなんですか?」
      「え?」
      「ダンバンさんやリキさんと一緒なんでしょう?」
      
      
      自分の住処ことか、と気付くのに時間が掛かる。
      そういえば、それを考えるために皆の暮らしぶりを見て回ってたんだっけ。
      
      
      「ダンバンさんもリキも、居たり居なかったりだから」
      「そうなんですか?」
      「リキはほら、他の人のアシストにも行ってるし」
      
      
      手伝ってるのかジャマしているのかよくわからないけれど、とにかく彼には別の役目がある。
      そしてダンバンも、常にシュルクに付き添うほど過保護な人物ではない。
      
      
      「てっきりお父様のように付きっきりなのかと」
      
      
      今だって、いったいどこで何をしているのだろう?
      こんなに天気がいいことだし、散歩でもしているかもしれない。リキは踊っているかもしれない。
      
      
      「お父様は心配し過ぎな気もするのですが」
      
      
      天気がいい。
      眩い陽光、照らされた大輪の花たちが視界に入り、夏が来たと知る。
      ここは季節が移る場所。時の流れが目まぐるしい。
      
      
      「でもそれも仕方ないですよね、こんな世界にあんなルフレさんじゃ」
      
      
      光が暖かい。
      暑い。
      焼かれるよう。
      ―――なんだか急に眠気が襲ってきた。
      瞼が重い。
      目を開けて、いられない。
      
      
      「私もルフレさんはちょっと心配……っ!?」
      
      
      意識はそこで途切れた。ルキナが名を呼ぶ声だけが、かろうじて耳に残って、反響した。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      声が聴きたくなった。
      
      幼馴染の声が。
      
      元気な2人。明るくって、賑やかで、たまにちょっとうるさいかな。
      
      でもその声は常に自分の背中を支えてくれる。穏やかなコロニーの街並みに、2人の笑顔はいつも眩しく光っていた。
      
      たぶん、もうあそこに帰ることはできないんだと思う。
      
      思っていても、やっぱり、帰りたいという願いは心から消し去ることができなかった。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      
      
      「…………っていうかさ……」
      
      
      うっすらと、誰かの会話が耳に入ってくるのがわかった。
      
      
      「センサイ?って感じだよな」
      「まぁ、それだけ『ここ』も進化してるってことだよ」
      「そうなのか?」
      「僕らが来た時は時間も季節もあったもんじゃなかったけど、誰も気にしなかったな」
      
      
      マリオの声だった。もう1人は、リンクのようだ。
      
      
      「君だって、前のリンクと比べれば、ずいぶん繊細に思えるよ」
      「俺が?」
      
      
      怪訝な声でリンクが聞き返す。
      
      
      「ってか、あのヒトが強過ぎなんだろ」
      「それもあるかも」
      
      
      マリオが笑った。いったい何の話なのか、シュルクにはさっぱりわからない。
      
      
      「でも、君に似てると思うよ、シュルク」
      「……どこがぁ?」
      「どこが、って言われると、困るんだけどね」
      「髪の色くらいじゃん?」
      「それはあんまり似てないかなー」
      
      
      自分が?リンクと?
      それはないなとシュルクも思った。
      リンクみたいに強くはなれそうにない。
      ―――いい加減、盗み聞きなんかせずに起きた方が良さそうだ。
      シュルクはベッドに横たえられた体を起こそうとした。刹那、鈍い痛みが頭を走る。思わず呻いてしまう。
      
      
      「お、起きたか」
      
      
      リンクの声がこちらへと向く。
      薄ら目を開ける。
      リンクは腕を組んで、白い壁に背を預け立っていた。
      
      
      「大丈夫かい?」
      
      
      マリオは白衣を纏っていた。声を掛けながら、椅子に座ったままでこちらへと寄る。
      車輪か、背もたれか、椅子の金具がキィと音を上げた。
      
      
      「ここ……」
      「医務室だよ。サーキットにあるんだ」
      
      
      サーキット、マリオたちがカートで走るレース場のことだ。
      きちんと目を開けると、ドクター姿のマリオの顔と真白い天井が目に入ってきた。
      
      
      「どこか痛む?」
      「頭が、少し」
      「そうだろうね」
      
      
      当然、と言われたようにも聞こえた。
      
      
      「シュルク、なんで倒れたかわかるかい?」
      「……わかりません」
      「たぶんね、時差ボケみたいなものだよ」
      「時差……?」
      「時間の流れに体と心が付いていけなくなっっちゃたんだ」
      
      
      まだ頭がぼんやりしているせいか、上手く理解ができなかった。
      マリオはシュルクから離れると、傍に据えられた机に向かい、何かを書き出す。
      
      
      「もしかして、元々、身体に気を使う性格じゃないんじゃない?」
      「……はい」
      
      
      白い背中に、全て見通されているようだった。
      マリオの言うとおり、研究に没頭して寝るのも食べるのも忘れてしまったりなどは、以前からよくある。
      
      
      「しばらくは、自分の身体のサイクルを意識して過ごした方がいい」
      
      
      マリオは紙を書き終えると、ファイルに綴じ、ガラガラと机の引き出しを開け、そこにしまった。
      
      
      「乱闘禁止とかは言わないけれど、でもまずは自分の体と相談してから。いいね?」
      「わかりました」
      
      
      素直な返事に、マリオも満足げな表情で肯いて、椅子からひょいと降り、そして白衣を脱ぎ始める。
      きちんとお礼を言わなくては、そう思って改めて身を起こそうとするも、マリオに手で制されてしまった。
      
      
      「また何かあったら、ちゃんと誰かに言うんだよ」
      「はい。……ありがとうございます」
      「うん、じゃ、あとよろしくね」
      
      
      最後の一言はリンクへと向けられ、リンクは小さく肯いてそれを受けた。
      脱いだ白衣を腕に掛けると、挨拶代わりに「お大事に」と残し、マリオは部屋を出て行った。
      パタリと扉が閉まった。
      
      
      「……だから言っただろ?」
      
      
      外の足音が消えたのを見計らい、リンクが声を発する。
      
      
      「食べられる時に食べて、寝られる時に寝ろって」
      
      
      そうだったっけ、と、思い返す。もしかしたら、自分はとても大切な助言を聞き落したのかもしれない。
      
      
      「ごめん……」
      
      
      それしか言えなかった。リンクが大きくため息を吐いた。
      
      
      「ヨッシーにお礼言っとけよ」
      
      
      言いながら、リンクは壁から背を離してこちらへと歩み寄る。
      
      
      「運んでくれた?」
      「そうだよ。あとあれ、ルキナからだって、ヨッシーが置いてった」
      
      
      目で指され、そちらを見やる。机の上に、桃が2つ、置かれていた。
      真白い無機質な部屋に、その紅色が鮮やかに映えていた。おそらく彼女がかごに持っていたものだ。
      
      
      「迷惑、かけちゃた」
      「そう思うなら、しっかり休むんだな」
      
      
      リンクはマリオの座っていた椅子に、背もたれを両腕で抱えるようにして座る。椅子が軋んだ。
      
      
      「寝るとこ見つけた?」
      「いや……」
      
      
      結局、まだ何の当ても見つけられていない状態だ。休めと言われても、どうしていいのか、正直わからない。
      今までどうしていたのかすら、忘れてしまったように思える。
      
      
      「ダメだよね。こんなんじゃ」
      
      
      天井に向かって虚ろな言葉を吐く。
      
      
      「1人でちゃんとできるようにならないと、ダメだよね」
      「1人で?」
      
      
      リンクに言葉を拾われ、シュルクはそちらを向く。
      
      
      「そう、1人で……君みたいに」
      「俺みたいに?」
      
      
      リンクはあからさまに眉をひそめ、そして息を吐いた。
      
      
      「お前、なんか勘違いしてないか?」
      「え?」
      
      
      思わぬことを言われ、言葉を失う。リンクは続けた。
      
      
      「俺だって、1人でなんでもやってるわけじゃないよ?」
      「……でも」
      「まぁ、お前よりは、自分でやっちゃうこと多いかもしれないけどさぁ」
      
      
      リンクは左の手で眉間をかいた。
      
      
      「でも、ミドナも居てくれるからな。……手伝ってはくれないんだけど」
      
      
      腕と、そして頭を、重そうに椅子の背に預ける。
      
      
      「他にもいろんな人の世話になってる。
        城下に行けば酒場のおかみさんがご飯出してくれるし、雪山に行ったら雪男の奥さんがスープ分けてくれる」
      
      
      あのスープ、美味いんだよな、と、リンクは懐かしそうに目を細めた。椅子がキシリと鳴いた。
      
      
      「ここでだってそうだよ?ピットに果物もらったり、フォックスに寝床借りたり、ピーチもたまにご飯作ってくれる」
      
      
      そうして、蒼の瞳がこちらを捉える。
      
      
      「お前もさ、もっと頼っていいんじゃないの?」
      「頼る?」
      「せっかくダンバンもリキもいてくれるんだからさ」
      
      
      なんだか聞き覚えがある台詞。ヨッシーがルキナに言っていたことと、同じだ。
      
      
      「家族、みたいなもんなんだろ?」
      「家族……」
      
      
      あの2人が、家族?
      ―――考えたこともなかった。
      
      
      「違うのか?」
      
      
      リンクに返す答えは、ついに見つけることができなかった。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
           
      
      
      
      
      
      あれから、しばらく休ませてもらったものの、落ち着かなくて、結局リンクに勧められるがまま、ガウル平原に戻ってくることになった。
      平原は既に太陽が地平に落ち、まもなく夜がやってくるところだった。
      夕刻の衣を纏った涼やかな風が、草木を揺らし、シュルクを撫ぜて抜けていく。
      シュルクはモナドを背から降ろして、草原の真ん中で、座り込んだ。
      そのまま頭の後ろで手を組み、背中を倒す。
      眼前に夕焼けと宵闇がない交ぜになった空が広がった。すぐに陽の光は途絶え、夜がやってくるだろう。
      今日はあいつは来るだろうか。
      黒いフェイス、機神兵。
      こんな気持ちで、あいつを前にして、自分は戦えるのだろうか。……なんと、言われるだろうか。
      
      
      (心配されたりして)
      
      
      それは困る。すごく困るな、と思った。
      
      
      「またこんなところで寝てるのか」
      「っ!」
      
      
      頭上から降ってきた声に、シュルクは跳ね起きる。
      
      
      「ダンバンさんっ!?」
      「そんなに驚かなくったっていいだろう」
      
      
      ダンバンはシュルクの反応を笑い飛ばす。
      彼の表情、そして未だ沈み切っていない太陽の存在に、シュルクはひとまず安堵を覚えた。
      
      
      「ちゃんとマリオ殿に診てもらったか」
      「あ……はい」
      
      
      やはり、自分が倒れたこと、ダンバンの耳にも入っているようだ。
      
      
      「すいません……」
      「ヨッシーに担がれたお前の姿、なかなか見ものだったぞ」
      「えッ!?」
      
      
      知られたどころか見られていたとは、シュルクが思わず声にすると、ダンバンは口端を上げた。
      
      
      「お嬢さん1人で、お前とモナドを乗せられるわけないだろう?」
      「あ……」
      
      
      それもそうだ。気付いて、情けなくなる。誰に何度言っても、謝る言葉が足りそうにない。
      
      
      「ッ!もしかしてダンバンさん、モナドを……」
      「おっと、それ以上は言うんじゃねぇぞ」
      
      
      ダンバンがその眼光でシュルクの言葉を遮った。
      
      
      「今は自分の心配をしろ」
      
      
      笑ったまま睨まれて、シュルクは言われたとおり言葉を引っ込めた。たしかに、人の心配をできるような立場にない。
      大人しく黙り込むシュルクに、ダンバンは、すっと表情を和らげ、
      
      
      「ついてこい」
      
      
      と、歩き出す。
      
      
      「え?」
      
      
      突然のことに、慌てて腰を上げ、モナドを持ってその後を追った。
      
      
      「ついてこいって、何処へ?」
      
      
      モナドを背負い直しながら、シュルクはダンバンに尋ねた。
      
      
      「お前、人の世界ばっか見て回ってて、ここの探索全然してないんじゃないか?」
      
      
      ダンバンに言われて、自分を省みる。
      
      
      「一応、初めに一通り見回ったはずなんですけど……」
      「俺も初めは見つけきらなかった。もしかしたら、後から現れたのかもな」
      「現れた?」
      「ほら、あれだ」
      
      
      徐々に増える細い木々の間を通って歩んでいくと、それが姿を現した。
      
      
      「湖?」
      「見覚え、あるだろう?」
      
      
      見覚えは、あった。
      平原の片隅の小さな湖。切り立った崖に囲まれた、天然の隠れ家。
      
      
      「脱出艇キャンプ?」
      
      
      湖のほとりの洞窟に、明かりが灯されている。
      そこは自分の故郷の他に唯一残ったホムスの集落、コロニー6の人々が機神兵の襲撃を受け、一時的に避難していた場所だった。
      非常に簡易ではあるが、生活のできる設備。
      まさか、あるとは思っていなかった。
      
      
      「シュルク!ダンバン!おかえりもっ!」
      
      
      洞窟からリキが出てきて2人を迎える。
      
      
      「お魚いっぱい捕れたもー」
      「さすが、勇者殿は頼りになるねぇ」
      
      
      軽口でも褒められて、リキは嬉しそうにクルクル回った。
      
      
      「そっちはどうなんだも?」
      「ちゃんと採ってきたぜ、野菜」
      「うむ!偉いんだも!それでこそ勇者のオトモなんだも!」
      「魚と野菜のミルク煮とかなら、うまそうだ」
      「ダンバン、作れるのかも?」
      「ん……わからん」
      
      
      そうだよな、とシュルクも隣で苦笑する。ダンバンもシュルク同様、それほど食にこだわる人ではない。
      リキは食べるのが大好きだが、作る方はどうだろうか?
      
      
      「まぁやってみればどうにかなるだろ」
      「なる……かなぁ?」
      
      
      自分も料理にはまったく自信がないだけに、不安は拭いきれなかった。
      でも、だからといって、調理しないわけにもいかない。
      
      
      「シュルク、今日はちゃんと食べろよ?……味は期待できそうにないが」
      「なんでも食べさせていただきます」
      
      
      覚悟を決めてそう告げると、ダンバンは笑みを返し、リキの方へと歩いて行く。
      ダンバンの背中、そして楽しげなリキの顔。
      
      
      (家族、か)
      
      
      リンクに言われたことを思い出す。
      
      
      (ダンバンさんがお父さん、リキがお母さん……いや、逆、かな?)
      
      
      考えてしまって、思わず顔が綻んだ。
      
      
      「そうだ!僕も果物もらったんですよ!」
      
      
      ごまかしながら、シュルクも2人の後に続いた。
      
      
      「果物!リキ、大好きだもー」
      「メロンと桃……ダンバンさんには甘いかもしれないけど」
      「いいや、せっかくだ、少しいただくとしよう」
      
      
      キャンプの入り口をくぐると、温まった空気と柔らかな明りがシュルクを包んだ。
      既に夜は平原を覆っていたが、シュルクはなんとも思うことなく、目の前に並んだ食材たちの対処方法について、頭を巡らせた。
      
      
      
      
      
      
      
      



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