しばらくの間、自分の呼気にだけ耳を澄ませていた。
鼓動は少し早い。共に呼吸も早く、そして深くなっている。
喉を伝って音となるが、リンクはそんな身体を諌めようとはしなかった。
意識はむしろすっきり整ってている。
ならば身体は放っておいてもじきに元のリズムを取り戻すだろう。
リンクは閉じていた目を少し開けてみた。
崖っぷちからはみ出た頭のおかげで、外へと向かって無限の広がりを見せる空を仰ぎ見る形になる。
今日も素晴らしい天気だ。快晴だ。
ごりごりとした岩肌の感触は後頭部を刺激することで大地の重鎮さが健在であることをアピールしており、
颯爽と吹く風は投げ出された右腕と帽子で遊びながらもその寛容さをホールドしていた。
何もかもが、これまでと変わらない。
そのはずなのに、
何かが変わっていた。自分の中でも、外でも。
何かが、始まろうとしているのだ。
「やっぱり、未知の相手は手強いね」
リンクの横から、
ひょっこりとマルスが頭をのぞかせた。
軽い言葉とは裏腹に、彼の左手はしかと大地を握りしめている。
「ずるいよな」
「なにが?」
「未来が見えるとか、仲間がいるとか」
「羨ましい?」
マルスの問いは、崖下から覗き混むような視線のせいもあって、とても悪戯っぽく聞こえた。
「ん…」
リンクがその問いを吟味している間に、
マルスは右手と共に剣を地へ戻し、ひょいと崖をよじ登った。
リンクもいい加減、身体を起こすことにする。
もう呼吸は落ち着いていた。
「仲間は羨ましい…かも」
「いたことがないから?」
「まぁね」
聞きようによっては棘にも聞こえるマルスの言葉だが、
それは紛れもない事実だし、マルスに何の気もないことは明らかだったので、
リンクも別段なんとも思わなかった。
彼が意思を持って出す刺はもっと鋭い。
立ち上がったマルス、身を起こしたリンク、それぞれの視線の先に、彼らの乱闘相手とその仲間がいる。
新しい参戦者、シュルク。
赤い柄に青い光の刃が宿る不思議な剣を使う、聡明な見掛けの青年だ。
彼は今、どこからともなく現れた二人の仲間と賑やかに会話している。
和やかな空気にのって、喜び、そして解放感が伝わってくる。
「まだ終わってないというのに、のんきなもので」
マルスは今度こそ棘をちらつかせて見せた。
リンクもその切っ先を折ろうとはしないが、それでも、まぁ、シュルクの様子は当然と思えた。
初めて切り札が決まったら、誰だって喜ぶ。
しかも彼にはそれを分かち合う仲間がいる。
「来たばっかりなんだし、しかたない」
「それもそうか」
「今からきっちり教えてやるさ、『ここ』のルール」
「お?珍しく、やる気だね」
「珍しいは余計だろ」
「じゃぁ久々に?」
漂々とした言葉、伴った静かな目を見れば、マルスもその気なのがよくわかった。
リンクは言葉を返す変わりにフッと笑った。
「マルス」
「ん?」
「仲間は羨ましいけどさ」
「うん」
「未来が見えるってのは、そうでもないと思うんだ」
「そう、かもね」
相槌に促されるようにして、リンクもついに立ち上がる
左手の甲は地につけたままに腰を浮かせ、ゆるりと身体の軸を直し、
そうしてようやく、重そうに、気だるそうに、左手の剣を持ち上げる。
聖剣の切っ先がステージの肌をなぞってからりと鳴いた。
「僕は、見られるならばぜひ見てみたいけれど」
リンクは頭をもたげると、
一払い、その重みを薙ぎ払うように、剣に風を切らせた。
キンとした音が辺りに高らかに響いた。
「未来なんて、見えなくても変えてみせる」
リンクの瞳に再び宿った光を認め、
マルスも、まずは軽く髪を直し、そうしてヒュッと右手の剣を構えなおした。
2人から放たれた鋭い気、
それに気づいたシュルクがこちらを振り返る。
「シュルク、頑張るんだも!」
「負けんじゃねぇぞ」
仲間の言葉に、シュルクは笑みで返して、再び剣に光を宿す。
視線が交わる。
互いの態勢が整ったのを見取ると、
3人は、一斉に地を蹴った。
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