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それはルフレにとって、まさに青天の霹靂であった。 ルキナのその言葉を耳にして、 「え?」 シュルクは思わずそんな声を上げ、そして 「えええぇっ!!」 それを大きく上回る声で、ルフレは叫んだ。叫びは頭上の空と、目の前の邪気の欠片もないルキナの顔、双方に吸い込まれるようにして消えていった。 「……ルキナ?」 頭を抱えたくなるところをどうにか堪えて、ルフレはルキナに頼む。 「もう一度言って」 「あ、はい」 ルキナは特に何の気も見せず、さらりと再びその言葉を口にした。 「マニキュア、が、してみたいです」 ルフレとシュルク、どちらにとってもあまり聞き慣れぬ『マニキュア』という語、ルキナもまた、言い慣れぬ物であるようだった。 「マニキュアって、あれだよね、女の子が爪にするやつ」 シュルクが確かめるように口にすると、ルキナは「はい」と確かな頷きを返した。未だ驚きで喉が支えているルフレを差し置き、 「なんで?」 シュルクはいつも通りの軽い口で、ルキナに尋ねる。ルキナも、なんともない、いつも通りの調子でシュルクに答えた。 「ピーチ姫やロゼッタ姫がなさっていたので」 なんとも簡素な答え、それが、ルフレを益々混乱させる。 なんでそうなる? なにがあった? 何か、あった……? 思考はまるで纏まらず、勝手に明後日の方へ飛んでいきそうで、それを押し留め、正しい順序で正しい言葉を紡がんとするのに、ルフレは必死だった。 「シュルク」 だが、そんなルフレに話の流れは目も向けない。ルキナはシュルクに呼びかけると、こう続けた。 「マニキュア、作れませんか?」 「えぇ……」 どうしてそうなる。意味が分からなさすぎる。シュルクも少しは思っただろう。思ってくれ。しかし、このシュルクである。 「えと……」 至極真面目で疑いという語句の頭文字も知らないような顔のルキナに対し、少しは口ごもりつつも、彼女の問いに真正面から答えた。 「まず成分とかが分からないと、なんとも言えない、かな」 「成分?」 首を傾げるルキナに、シュルクの滑らかな口が、緩やかに、走り出す。 「何で出来てるのかってこと。あれって確か、液体だよね」 「そう……なんですか?」 「爪に塗って乾かすんだったはず。……ということは、素材に必要なのは揮発性……それに着色料か……」 シュルクの順応性はいつもルフレの思考の斜め上を征く。こうなっては、もう留まることはない。 「色素を溶かして……乾くと定着する……となると……」 「……できる、でしょうか?」 「……素材次第、かな」 空論も程々に(案外、論理より実践を好むタイプなのである、彼は)シュルクはルキナに笑みを見せると、 「いろいろ探してみよっか」 これまた軽い調子でルキナを誘う。ルキナもルキナだ。 「はい!」 と、軽やかに柔やかに、同道の返事をした。 「……って、普通に手伝ってもらう感じになってしまいました」 「いいよ。僕もだんだん興味沸いてきた。特に用事もないし」 それはそれは楽しそうに笑い合って、じゃあどうするかという相談へと入っていく。それはルフレの耳にはもう届いてこない。 ルフレの頭は、纏まるということを知らない疑問たちで一杯だった。飽和状態だった。解が入り込む余地がない。 いったい、なんなんだ。なんで作る話になる? マニキュアっていうのはそういうものなのか? いやいや違う、問題はそこじゃない。問題の糸口、それは……どこ、なんだ? 「ルフレ?」 と、シュルクに呼ばれて我に返る。たぶん、目の焦点がまだ合ってない。 「ルフレさん?」 ルキナがちょっとだけ、怪訝な顔をした。聖痕の宿る瞳から、僅かに覗いた不安げな色。見てしまって、ルフレは 「あ、いや」 咄嗟に、取り繕ってしまう。 「なんでもないよ」 胸の内と一緒に自分の空虚さをひた隠し、ルフレはルキナに優しく微笑む。ルキナの表情が変わることはなかった。 「そう言えば、ルフレ」 と、シュルクが思い出したように言った。 「さっき、なんかやることあるって言ってたよね」 「え……あ、うん、そうそう」 そう……だっけ? 混乱した頭は、ちょっと前の些細な会話が思い出せない。 「僕、ルキナと行ってくるね」 「あぁ……いってらっしゃい」 どこに? その疑問もルフレの中でつっかえたまま。遂に出てくることはなかった。和やかに去っていく2つの笑顔。ルフレはただただ手を振って見送ることしかできない。 「……」 語る者もいなくなって、残された沈黙の空間に一人立ったルフレは、頭の中が、徐々に白くなっていくのを感じた。
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「って! どういうことなんだ!?」 ようやっとその言葉が出てきたのは、ピーチ姫のお茶会の席、そこで仕方なく自ら語った後のことだった。 (ちなみに、シュルクに言われた己の『やること』については、結局思い出せなかった。大したことではなかったらしい、と、まるごと棚に上げた) 「もう僕には、何が何だか……」 テーブルに突っ伏したいところ、ルフレはどうにか頬杖をつく留め、代わりにわしゃりと自身の銀の短髪を掴む。 「まぁまぁ、落ち着きなさいな」 茶会の主であるピーチが笑いかけ、脇から静々と寄ったロゼッタが、ルフレのカップにお茶のおかわりを注いでくれた。 ルフレが音にならぬ声で礼を言うと、ロゼッタは会釈でそれに応えた。 「まぁ、ルキナも年頃だからな」 ルフレの隣の席で、足を組んだクロムが一人で勝手に頷く。 「何でもやってみれば良い」 呑気な口調で言いながら、自身の手元でカップを傾けた。ルフレはこっそり息を吐いた。 「作る方に向くのは、さすがだけれど」 クロムの奥ではマルスが、お行儀良く椅子に腰掛け、上品に笑みを溢しながら茶を嗜んでいる。 「身を飾ることに興味を持つのは、女性なら当然、でしょう?」 「そうね」 マルスに求められ、ピーチは素直に同意を示す。 「誰だって通る道よね、普通の女の子なら」 「普通の、女の子」 ルフレはそう反芻して、 「……普通の女の子?」 釈然としない様子で、更に繰り返した。 「ルキナが、普通の、女の子……」 どうにも上手く呑み込めないらしいルフレに、 「普通、だろう」 背後からも声が掛かる。 声を詰まらせて振り向けば、そこは茶会の卓から離れた壁際、その床の上に座したアイクが、また一口、大口を開けてケーキをかじった。 彼の膝の上ではピカチュウが心地よさそうに昼寝を続けている。 アイクは甘い香りの黄金色を咀嚼し、飲みこんで、 「ルキナは、そこいらのより余程、『普通の女の子』に見える」 低い声でルフレに言った。 「ちょっとアイク! そこいらのってなぁに? もしかして私たちのこと?」 ピーチが頬を膨らませると、アイクは静かに目を細めて、答える代わりにケーキの残りを口に頬張った。 (彼の潔白のために伝えておくが、アイクは好んで床で食しているわけではない。後から来たルフレとクロムのため、ピカチュウと共に席を譲ってくれたのである) 「そう、なのかなぁ……」 思いも寄らずアイクにまで諭されてしまい、ルフレは頭にやった手で髪を弄った。 「それにしても、唐突、に思えるんだけれど」 ルフレがそうぼやくと、クロムも共に低く唸った。心当たりはなさそうである。他の皆からも、特に何も反応はない。 「……何か、あったのか?」 呟くルフレ、彼の嗅覚を、香ばしい茶の香りが優しくくすぐった。
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一方、その頃、 「え、と……?」 ルフレと別れたシュルクとルキナは、森と水の香り、そしてじっとりとした湿気に包まれていた。 コングたちの住まうコンゴジャングル、その大滝の流れ落ちる淵にて、2人は、彼らと出会った。 「よ、シュルク」 シュルクが疑問を呈する前に、リンクが挨拶代わりにその名を呼んだ。 「どうかしたか?」 「どうかしたかって……」 言い淀むシュルクの前に、一人、更にもう一人と、彼らは現れる。 リュウとロイだった。2人とも、シュルクに気付くとそれぞれに軽い挨拶をよこした。シュルクはそれらに応えながら、今一度、目の前の『非日常』を見据える。 「どうしたの? そんな恰好で……」 問われて、リンクは「あぁ、これ?」と、己の身体を見渡した。 リンクはいつもの衣服を一切身につけていなかった。唯一、生成りのズボンのみを履いている。ブーツも脱いでいて、裸足だ。 陽に晒された白い上半身、帽子に覆われていない金髪、すらりと伸びた耳に揺れるピアス……どれも、濡れていた。節々に珠となった雫が、陽光を浴びて煌めいていた。 後から現れた2人、リュウの方はいつもの道着姿、濡れていることを除けば普段通り。 だがロイは、ほぼほぼリンクと同様の姿であった。曝された肉体、リンクやリュウに比べれば細身だが、普段の衣服に隠されていないその姿は、随分逞しく見えた。 その彼の肌にも、艶やかに水が伝っている。どうやら皆、背後の滝壺の中から出てきたらしい。 リュウが顔に流れ落ちる水を太い二の腕で拭い去り、その後ろで、ロイがしかと開いた五指で赤い髪を掻き散らし、水を跳ねさせた。 「……まさか」 シュルクは恐る恐る、リンクに尋ねた 「ここで泳いでたの?」 「んなわけないだろ」 「あぁ、違うのか」 リンクのぶっきらぼうな返答に、シュルクはひとまずは安堵をする。さすがにこの滝壺、泳ぐなんて恐ろしすぎる。 しかし水に浸かってはいたらしい。それにリンクは少し、機嫌が悪い、いや、疲れている様子である。 「修行、だってよ」 「修行?」 「滝行、だ」 リンクに並んで、リュウが言い添えた。 「滝に打たれ、精神を統一する」 「へぇ……」 「君もやってみるかい?」 「……いやぁ」 微かに好奇心をくすぐられるも、轟々と激しい音を立てる滝を見ると、安易な返事はできなかった。 「気持ちがいいぞ」 リンクとは違い、リュウは朗らかに白い歯を見せた。続いて、ロイも笑顔を見せる。 「初めはどうなることかと思ったけれど、終わってみると、スッキリしますね」 疲れを撥ね返すような笑みで語るロイだが、 「いや、俺はもう、いいや……」 こちらは疲れしかないといった表情で、リンクがげんなりと吐き出した。 2人の感想、それはどちらも同等に自分に降り掛かってきそうで、シュルクは益々リュウへの返事に困ってしまった。 「……あれ? ルキナ?」 話を反らす、つもりではなかったが、シュルクはルキナが傍に居ないことに気付き、キョロキョロと辺りを見回す。 彼女はすぐに見つかった。 近くの木、その陰で、皆に背を向け、手で顔を覆っている。 「……どうしたの?」 「い、いえっ!」 ルキナは慌てた様子で、上擦った声をあげた。 「あ、あ、あの、その、わ、わたし……」 シュルクがきょとんと首を傾げ、リンクもリュウも理解を示さない中、ロイだけが、一人、苦い笑いを浮かべた。 「ルキナー?」 察することなく、シュルクが呼ぶ。すると、ルキナはそれを撥ね除けるように、こう叫んだ。 「わ、私っ! み、み、見てませんからっ!!」 鈍感なシュルクにも、なんとなくルキナの主張は分かった、だがそれでもなお、意味がわからないといった風に、シュルクはリンクたちへと目を戻す。 彼らの出で立ちを一通り眺めて、 「別に、普通じゃないかな?」 心の底からそう言った。ロイが変な引きつった笑いを浮かべ、 「いやぁ……普通、ではない、かな」 と、ルキナに唯一、同情を手向けた。
「マニキュア?」 シュルクの発した単語を、リンクは椀の汁物を一口啜ってから、疑問符を付けて投げ返した。 「……って、何?」 言われ、シュルクは半分期待外れ、半分予想通りといった面持ちで、愛想笑いを浮かべた。 あれから一時の後、皆は、小さな焚き火を囲って地に座り、食事を共にしていた。 リュウが用意してくれたのは温かい味噌汁、それに握り飯だ。修行で冷えた体を温める為に準備していたものだそうだが、 シュルク、それにルキナも、皆の厚意に甘え、同じ物を戴いていた。 「なんか、女の子が爪に塗るやつ、なんだけど」 シュルクが握り飯をかじりながらリンクに話す。実はシュルクも、何と聞かれてこれ以上に言えることがない。 「もしかして、ピーチ姫とかがしてるやつかな?」 と、胡座をかいて握り飯を手にしたロイが言う。シュルクと、隣のルキナ、揃って米を頬張りながら、ロイに肯定の頷きを返した。 ロイ、それにリンク、2人とも、上着だけは羽織っていた。 鎧や籠手、マントと帽子はまだまとめて畳まれ、近くの木の根元に放られている。しかし上着を着るだけで、随分まともな恰好に見えた。 ルキナの方も落ち着きを取り戻しており、今は勧められた食事の美味しさに夢中のようであった。 「あれを、作る……のか?」 一足早く、空になった椀と箸を足下に置きながら、リュウが目線を宙にやった。 「あれって、リュウさん、知ってるんですか?」 「あぁ」 「え? では、あなたもなさるのですか? マニキュア」 目を丸めたルキナに、リュウは笑いながら否定を示した。 「化粧の一種だ。するのは、主に女性だけだ」 「もしかして、リュウさんの世界には普通にあるもの?」 「あぁ。わりと一般的なものだな」 「だったら、成分とか、わかりますか?」 「本気で作ろうとしてるんだな……」 信じられない、と言いたげながらも、シュルクのいつもどおりの真摯な眼差しに、リュウは少しばかり申し訳なさそうな様子で話し出す。 「あれを作るのは難しいと思うぞ」 「え? ……どうして?」 「あの薬剤は、現代の技術による化学薬品、とでも言えば良いか……」 「化学薬品」 「俺も詳しいわけではないが、特殊な材料と器材が要るのは間違いない。この世界で作り出そうというのは、いくら君でも難しいだろう」 「そう、ですか……」 リュウにきっぱりと言われ、シュルクはうなだれて、膝の上に力なく置いた右手、その上の白い握り飯に目を落とした。 隣でルキナは、シュルクに似たような面持ちで俯きつつ、小さく口を開いて手の握り飯をかじり、咀嚼した。 「でもなんで?」 「へ?」 唐突に、リンクがルキナへと尋ねる。ルキナはぱっと顔を上げ、中途半端に口を開いた。 「え……と、その」 「珍しいし、いきなり、じゃん?」 容赦なくルキナに向く、青い眼差し。 まっすぐで透き通るようなその視線には、興味好奇もなければ、疑心や不信などもない。在るのはただただ純粋な疑問、それだけであった。 「あ、あの……」 リンクにその気は全くない。けれど、彼の真っ直ぐすぎる眼差しに、ルキナは、勝手に、一方的に気圧されてしまって、 「お、おかしい、でしょうか?」 堪らず、言葉を吐き出す。他の皆が、小さく首を傾げてルキナを見やった。視線に囲まれ、ルキナは、まるで懺悔のように、もう一度、呟く。 「私がこんなこと……やはり、おかしいのでしょうか……」 小さく小さく肩をすぼめたルキナの、弱々しい告白。された皆が、互いに顔を合わせ、めいめいに、躊躇いを表した。
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「殿方、では?」 「とのがた……」 ロゼッタの口から飛び出す言葉に、ルフレしばし理解に苦しみ、 「殿方ァ!?」 理解して更に、驚愕を表した。同じ物にか、それともルフレの声にか、クロムも驚いて咽に茶を詰まらせそうになり、顔をしかめて咳き込んだ。 「って、そんな……飛躍しすぎじゃ」 「あら、そうかしら?」 平然とした顔で佇むロゼッタから次いで、ピーチが微笑みながら言い添えた。 「あり得ない話じゃないと、私も思うけれど」 つんと鼻を上に向け、ピーチは優雅にカップを傾ける。楽しげな彼女の姿に、マルスもつい笑い声をもらした。 「平和な時間、男性の目、それに貴女がたのような淑女の存在……」 視線もやらない、悪狸のようなマルスの言い回しを、ピーチも素知らぬ顔で受け流す。マルスはそのまま先を続けた。 「身を繕おうという気が起きるのも、当然かもしれないね、『普通の』女の子なら」 「普通の、女の子……」 またもルフレの耳を揺さぶるその言葉が、気味が悪い程、ルフレの心も揺すった。 隣でクロムが、唸りながらも落ち着いた様子を取り戻し、茶を飲みなおしている。それを横目に、ルフレもできるだけ心を静めて考えようとした。 ルキナは、普通の女の子、なのだろうか? 女の子、はいい。僕とは違う。あの子は確かに『女の子』だ。でも、『普通』、か? というか、普通って、なんだろう。 そもそも、そもそもだ、ルキナが万が一『普通の女の子』だとして、だとしても…… 「……」 自分に、その気持ちは汲み取れるだろうか。汲み取って、やれるだろうか――― 「誰なのかしらね」 渦巻くルフレの胸中なんて放ったまま、ピーチがそんなことを口にする。 「リンクもアイクも、顔は悪くないし、面倒見は良いものねぇ」 「ロイだって負けてませんよ」 マルスが紅茶の香りを嗜みながら、ピーチに言い添える。 「歳も近そうですし」 「でもルキナって、年上とか、甘えられる人の方が良さそう」 「あぁ、確かに。実は誰よりも平穏を求めている子ですよね、本当は」 「やっぱりシュルクなのかしら」 「さぁ、どうでしょう。時期的に、クラウドかも」 まるで明後日の方を見ながらカップに口を付けるマルスだが、 「あら、貴方だって」 ピーチはそんな彼にも水を向ける。 「他人事ではないんじゃなくて?」 「僕ですか?」 一応、ピーチに目線は投げ返すも、マルスは真剣に取り合う気など見せなかった。 「それはないでしょう。僕は彼女の祖となる者ですよ」 「でも今ここでは、貴方もあの子も同等、同年代の男女よ」 言われてしまって、一考せざるを得ず、マルスは静かに目を伏せ、紛らわしにまた一口、紅茶を含んだ。ピーチがカップを置き、カタリと食器が音を立てた。 「……ルフレ様は?」 「……え?」 沈黙を縫うように、ロゼッタがルフレへ言葉を掛ける。唐突に名を出され、ルフレはきょとんとした顔でロゼッタを見やった。ロゼッタは涼しい顔で続ける。 「ルフレ様は、違うのですか?」 違う?何が? 「そうね。やっぱり、一番近しいのは貴方だと思うのだけど」 ピーチが、それまでの、まるで猫が珠を転がすかのような語り種から一転、落ち着いた眼差しを持ってルフレを見た。 「たしかに、そうですね」 マルスも同じく、視線を向ける。 「……」 皆の視線、その意味が、上手く呑み込めなかった。これは、なんだ? 何の話? ……自分が、ルキナの……? 「そんなわけないじゃないですか」 その言葉は、当然のように己の口から出てきた。そうして自覚する。 「そんなわけ……ない」 ルフレは重く、堅く、そう繰り返した。
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「おかしくなんかないよ」 ロイは最初にはっきりとそう言った。 「普通だと思う」 「そう、でしょうか」 「そうだよ」 恐縮しきりのルキナに、ロイは柔らかい眼で言い、「幼馴染みの子もそういうの、好きだし」と言い足した。 それでもなお、まるで罪悪感に身を埋もれさせているかのように押し黙るルキナに、ロイはあくまで笑みを絶やさず、彼女に諭した。 「興味あることには、何でも触れてみたほうがいいと思う」 「触れる?」 「ほら、この世界って、平和で、基本、何も考える必要なくって……なんというか、休憩場所、みたいなところだから」 言って、ロイは少しばかり目を泳がせた。 「……って、こう言っちゃうと、馬鹿にしてるのかって言う人もいるだろうけど」 「まぁ、でも……そうかもな」 ロイの言葉を、リンクが汲んだ。 「あんたもルキナも、国では立場ってもんがあるだろうし」 「うん。それに行軍中は、いつどこで、誰の命が消えてもおかしくないから」 重いことを、さらりと言ってのけるロイ。だがその口調、それに表情、どちらもけっして軽々しいものではなかった。 「……大変だよな、あんたら」 リンクが呟くと、ロイは色々なものをごまかすように、はにかんだ笑いを浮かべた。 「だからさ」 ロイはルキナに目を戻し、 「今のうちに、いろいろやってみたいって思うの、おかしくないと思うよ」 改めて、ロイはルキナに柔和な笑みを贈った。彼の論に、誰も異論は持たないようで、それはルキナも同じらしいようであった。 しかし、それでもなお、彼女の顔から憂いは消えない。 「だったら、なぜ……」 ルキナが溢した言葉に、皆が耳を傾けた。 「……」 「ルキナ?」 シュルクが促して、ルキナはやっと、それを口にする。 「なぜ、ルフレさんは……その……」 「ルフレ?」 突然飛び出て来たその名前に、リンクが顔をしかめる。あぁ、と、シュルクがルキナに代わって膝を打った。 「そういえばルフレ、なんか変だったよね、マニキュアの話した時」 「はい……なんだか今更、気になってしまって……」 ルキナは言って、力なく俯いてしまう。 「あいつの挙動不審はいつものことじゃん」 リンクが冷めた目で水を差す。シュルクが渇いた笑いを浮かべた。 「リンク、ルフレをなんだと思ってる?」 「奇人」 「……僕は?」 「変人」 「やっぱり」 平然と言われて、シュルクは半ば諦めながらもがくりと肩を落とし、ロイはロイで苦い笑いを2人に向けた。 「なぁ」 と、リュウがそんな彼らに問い掛ける。 「ルフレは、ルキナとどういった関係なんだ?」 その端的で分かり易すぎる疑問に、一瞬、皆の言葉が固まった。焚き火がパチリと弾けた。 「あ、いや」 なにやら気まずさを感じたか、 「ルフレってのが、どういう人物なのかいまいち、わからなくて、な」 と、言い直した。 「そっか、リュウ、あんた、知らないんだな」 静かに息を吐きながら、リンクが言った。リュウが怪訝な顔をした。 「ルフレって、記憶がないんだったよね?」 ロイが確かめるように言うも、リンクは簡単には頷けず、シュルクもまた、首を捻った。 「記憶は、あらかた戻ってるらしいんだけど」 シュルクが上手く言いあぐねているうちに、リンクが後を継いだ。 「あいつは記憶を失って、取り戻した。でも、『この世界のアイツ』は、大事なものを失っている」 「……それは?」 「『ルフレ』とは、どういう人物だったのか……それが欠けたままなんだ」 「……どういうことだ?」 いまいち理解が及ばないリュウに、リンクは更に言葉を連ねた。 「あいつは、自分の出自や経歴について思い出してるし、クロムやルキナのこともちゃんと覚えてる。 なのに、忘れてるんだ。自分がいったい、『誰』だったのかってことを」 「……男なのか、女なのかも含めて?」 「あぁ」 ロイが言い、リンクはそれに低い返事を返した。リンクの淡々とした、義務的にも聞こえる説明に、リュウは言葉を無くしてしまったようだった。 「まぁ、とにかく」 リンクはさっと声色を変えると、手に持った椀を仰ぐように傾けて、その中身を平らげ、 「ルフレが誰なのか、誰もわかってないし、ルキナにとって誰だったのかもわからない」 リンクは手の甲で口元を拭きながら、そう言った。リュウは頭を抱えながらも、1つ、ルキナに問いを向けた。 「……君も覚えていない、ということなのか?」 「はい……」 ルキナはうつむき加減に答えた。 「私も、お父様も、ルフレさんのこと、ところどころ忘れてしまっているようなんです」 「すまんな」 と、リュウはルキナに心を添わせるよう、共に視線を落とす。 「知らずとは言え、辛い話を」 「い、いえ、リュウさん、……いいんです」 ルキナは慌てて首を振り、そして哀しげな微笑を浮かべた。 「私は、いいんです。どうでも」 「しかし」 「辛くなんかないです、本当に。私は、ルフレさんがルフレさんで居てくれれば、それでいいんです。ただ……」 ルキナは一度、言葉を切った。だが誰にも止めてなどもらえず、先を続ける。 「ルフレさんは、そうじゃ、ないと思うから……きっとまだ、悩んでると思うから……」 「……心配かけたくないんだね?」 ロイに言われ、ルキナは躊躇いがちに頷いた。 沈んだ空気に、森の囁きと炎の揺らめきが、陰のように注いだ。風が凪いだ。滝の音だけが残った。 「それ……」 と、シュルクが声をもらす。 「一緒、なんじゃない?」 「え?」 ルキナが顔を上げ、シュルクの目をまじまじと見つめる。シュルクはもう一度、はっきりと言った。 「それ、ルフレも一緒だと思うよ」 刹那に立った風、炎が舞って、火の粉を飛ばした。
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「僕なわけがありません」 穏やかな空気の部屋に響く凜とした声で、ルフレはもう一度、きっぱりと言った。 「なぜですか?」 ロゼッタの投げかける純粋な問いに、ルフレは惑いのない口調で告げる。 「僕は未だ、『何者でもない者』です。そんな者が、誰かの特別になど、なれるわけがありません」 毅然とした声は、静けさに溶けて、部屋を包んだ。卓上に置かれた茶器から上る香りで再び部屋が満ちる頃になって、やっとマルスが、深い息を吐いた。 「君はまだ、そんなことを言っているんだね」 呆れているようにも、感心しているようにも、その声は聞こえた。 「ルフレ」 再びカップを持ち上げたマルスに代わって、クロムが言う。 「お前が言うのも、わかる」 彼は伏し目がちにそう言って、それから、 「だが俺は何度でも言うぞ」 クロムはその姿に覇気を戻す。顔こそ前を見据えているが、その言葉は紛うことなく、隣に座す彼の友へと向けられていた。 「ルフレ、お前は、お前だ。他の何者でもない」 「……クロム」 ルフレは惹き付けられるように、クロムに顔を向けた。名を呼ぶほか、何を言うこともできなかった。 「もっと気楽になさいよ、ルフレ」 余りにも堅いクロムの信頼と、それを以てしても崩れきれぬルフレの鬱屈、見かねたピーチが溜息のような声を上げる。 「肩の力抜きなさいな」 「……そんなつもりでは、ないのですけれど」 「あなたはどうしたいの?」 「え?」 ふとピーチに尋ねられ、ルフレは思わず声を上げてしまう。 向けられた彼女の目、ルフレがまじまじと見返すと、ピーチは微笑みを浮かべ、やんわりと答えを求めた。 ロゼッタ、マルス、それにクロムの視線が、部屋の暖かい空気と共に、ルフレを包んだ。 「……僕はただ」 始めは押し出されるように、声にしてしまって、残りは観念したようにすんなりと、ルフレは言った。 「助けになってやりたい、それだけ、です」 言ってしまって、ルフレは大きく溜息を吐くと、重たそうな頭を終に卓上に付けた。トンと固い音がした。 「でも、やっぱりわからない……」 「何が?」 ロゼッタにお茶を足してもらいながら、ピーチがルフレに聞き返す。ルフレは姿勢を正すことも諦めて、ピーチに返す。 「あの子が何を求めているのか、わかりません」 「マニキュアでしょう?」 当然のように言われても、ルフレはやっぱり簡単には呑み込めない。 「なんで突然、マニキュアなんだろう」 「考えてわからないなら、聞くしかない」 「簡単に言わないでください……」 軽い口で言うマルスに、ルフレも軽く文句をつけるが、マルスは聞く耳持たず、ケーキの最後の一欠片に口をつけた。 全くの他人事といった風情の英雄王、末裔の聖王代理も同じように軽くて柔らかい表情で笑い、言った。 「まぁ、ルキナのことだ。大した理由でもな……」 「クロム」 ルフレは釘を刺すような声色で、クロムの言葉を遮る。 「なんで君はそう達観してられるんだ」 割と不機嫌そうに言ったはずだったのに、クロムの涼しい顔は変わらない。クロムは余裕とも諦めとも思える様子で、ルフレに答えた。 「考えても仕方がないだろう」 「ちょっとは考えろよ」 「そう言われてもなぁ……考えたところで、分かる気がしない」 「君の娘だろ!?」 「まだ1年だぞ、父親になって」 聞いたピーチがクスリと笑った。 「あなた、15年後も同じこと言いそう」 「同感」 ピーチにマルスが追随した。 「男親なんて、そんなものかもしれませんね」 「そうよ!」 と、いきなりピーチが声を上げる。 「おんなじ女の子なら、わかるんじゃない?」 「え?」 ピーチは明らかにルフレに向かって言った。 ルフレは姫の、曇りのない、自信に満ち満ちたその笑顔の意味が読み取れず、狼狽える。 だがピーチはルフレの惑いなど気にもかけず、うふふと笑い声を上げた。ピッと人差し指を立てると、まるで魔法をかけるかのようにくるりと回し、 「え……ひ、姫……何を……?」 逃げることも隠れることも出来ずにいるルフレを指差し、こう、唱えた。 「女の子になぁれ♪」 瞬間、そこには、さも当然のように、それまでももちろんそうであったかのように、女性の軍師が座していた。 マルスとロゼッタが小さく感嘆の声を漏らす。クロムは黙ってケーキを食べている。 そして当のルフレは 「……」 目を見開いて、ただただ自分の両手のひらを眺めることしかできなかった。ピーチがにこにこと笑いながら、ルフレに問う。 「わかった?」 「……」 問われたルフレは咄嗟に息もできず、しばらくしてからやっと 「……わかりません……」 そう、小さく小さく呟いた。言葉と一緒に力も抜けていき、ルフレはへなへなと、再び卓上に身を沈める。 微笑む皆の視界の端で、ピカチュウの耳がピクリと動く。 目を覚ましたピカチュウは、自分を膝に乗せたまま眠りこけているアイクの顔と、壁に立て掛けられたラグネル、その下のケーキの皿とを、一応は見比べ、 そしてサッとアイクの膝から降りるや、皿の上の最後の1個を取ってかじって、満面の笑みで頬張った。
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「ルフレもさ」 森の木漏れ日に照った顔で、シュルクはまっすぐルキナに向いて言った。 「ルキナと一緒、だと思うよ」 「一緒? ですか?」 「うん」 シュルクは一度、深く頷いて、続ける。 「ルフレも、自分のことなんかより、ルキナのこと、心配したいと思う」 「心配、したい……?」 「……って言うと、なんか変だけど」 一転、言葉が濁り、シュルクは目を泳がせて髪をいじった。巧い言い回しが思いつかないらしいシュルクを、ロイが継ぐ。 「一緒に考えたいんだよ、きっと」 ロイは手にした椀の中身を軽く回しながら、穏やかに言った。 「ルキナがルフレの目線で考えたいのと同じように、ルフレも、ルキナの目線で考えたい……そういうこと、じゃないかな」 「私の、目線」 ルキナはロイの言葉を噛みしめるように繰り返した。 「なのに、分かんない」 シュルクが息を吐きながら、空に向かって言った。 「分かんなくって、いつも困っちゃうんだ、ルフレは」 「不器用だよな、あいつ」 シュルクのぼやきに、リンクが上乗せする。 「頭良いくせに」 リンクは吐き捨てるように言って、手にした小枝で焚き火をつつく。 シュルクが空笑いをして、ロイが苦笑いをした。リュウにまで笑われ、ルキナは慌てて身を乗り出す。 「る、ルフレさんは、不器用なんかじゃないです!」 「へぇ?」 「優しいだけです!」 「ルキナは?」 リンクに突然返されて、ルキナは言葉に詰まる。いたずらっこく細められたリンクの瞳、ルキナは負けじと 「わ、わたし、私は……っ」 言い返そうとしたのだが、 「不器用、以前に、不自由ね」 ルキナの反抗はむなしく、遮られる。それは断絶するように、ガラリと場の空気をも変えた。 唐突に降り注いだ第三者の声、それも、誰もがあんまり会いたいとは思わない者の声に、全員、咄嗟に竦めた身を解きながら、その方を見上げた。 現れた女性、ベヨネッタは、いつの間にかリュウの横に立っていた。 白い握り飯をぱくりと食べ、美味しそうに微笑む。(どうやら、リュウの手元から奪われたものらしい) 皆の凍りついた視線を受けてもまるで気にせず、ベヨネッタは食べ終わった指先に口づけしながら、ルキナに言った。 「自分で自分を縛るのはおやめなさいな、
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お姫様 」 そう言って、ルキナに向かう。響かぬはずの靴音で皆の耳を振るわせながら、ベヨネッタはルキナの傍らへ寄り、足を止め、そして、 「強くなれないわよ」 と、ルキナに前へ、何かを差し出した。 「? これは……」 ルキナが見つめるうちに、それはルキナの手のひらにやってくる。 優しく、静かに置かれたのは、小さな瓶であった。ルキナが見たことのない程に小さな小瓶。中身は黒い。これもルキナが見たことないほど黒く、また、艶やかであった。 「マニキュアか」 リュウが声を漏らす。ルキナがいっそう目を丸め、ベヨネッタは目を細める。 「使い方はお父様 か、騎士 にでも聞きなさい」 言って、口端を引き上げ、 「……司祭 と言った方が、お似合いかしらね」 そう付け加えた。 「……戴いて、いいのですか?」 「えぇ。あげるわ」 魔女ににっこりと微笑まれ、ルキナは驚きを引っ込められないまま、「ありがとうございます」と、丁重に礼を言う。 ベヨネッタは充分に満足したらしかった。……元々、何を求めているのかなど、誰にも理解できそうにないが。 「さて」 と、ベヨネッタがその他大勢を見回す。 「ヒマそうな坊やたち」 呼ばれた男子たちは揃ってぴくりと肩を跳ね上げた。ベヨネッタは彼らの反応を、まるで飴玉を舐めるように眺めて言った。 「もちろん、お相手してくださるわよね?」 「い、いや……」 ロイが笑うも、笑顔が引きつっている。ロイ、それにリンクが共に、自身の恰好に目を彷徨わせる。 「あ、あの、僕たち、ほら」 「俺たち全然支度できてない……」 「ルキナ!」 察したシュルクが、わざとらしく底抜けに明るい声を上げた。 「マニキュア手に入ったし! 使い方、聞きに行こっ!」 「え、えと……は、はい!」 「あ! てめッ!! シュルク……っ!!」 リンクの抗議もどこ吹く風、シュルクは素早く立ち上がると、ルキナの腕を引いて逃げ出す。 ルキナも逆らわず、手にまだ食べ終わっていない握り飯を持ったまま「あ、あの、ごちそうさまでした!!」と礼の挨拶だけ残して去って行く。 「ちょッ、逃げ……」 「あら、いいのよ」 追おうとするリンクを縫い止めるように、ベヨネッタの声が掛かった。 「私はかまわないわ。相手がどんな姿だろうと」 いつにも増した妖艶な声色に、リュウもだが、特にリンクとロイが身を凍らせた。魔女は彼らに、それはそれは嬉しそうに止めを刺す。 「例え、全部脱いでたとしてもね」 「よくないッッ!!!」 「こっちが良くないですッ!!」 2人は叫び、もはやなり振り構わず大慌てで支度にかかる。 リンクは持っていた小枝を放り投げ、ロイは残っていた汁物を掻き込み(でも椀を置いて律儀に手を合わせ)、 各々飛ぶように、脱ぎ捨ててあった服と装備を取りに行った。 リュウは諦めの息を吐くと、まだ僅かに残っている味噌汁を、ベヨネッタに勧めた。![]()
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ジャングルを離れ、一息ついて、 「これが……マニキュア」 ルキナは歩きながら手を開き、握り締めていた小瓶を見つめた。シュルクも共に歩きながら「そうだね」と言って、頬をかいた。 「なんか、想像してたのとちょっと違うけど」 「そうなんですか?」 「うん。……色とか」 主な違和感を隠さず伝えるも、ルキナは、そこは特に気にしていないらしかった。 「使い方、お父様か誰かに聞くようにと言われましたけど」 「ルフレに聞いてみたら?」 「え?」 至極普通にシュルクは言ったつもりだったのだが、ルキナにきょとんとした顔を返されてしまう。 「ルフレさんに、ですか?」 「ルフレさんに、だよ」 まだわからないのか、とシュルクは呆れてしまった。 「ベヨネッタさんにも言われたでしょ?」 「え? 言って、ました??」 「
騎士 に聞きなさいって言ってたじゃないか」 「 ……ルフレさんは、ソシアルナイトじゃありませんよ?」 「そうじゃなくって……」 もうさっさと連れてった方が早いんじゃないか、そう思った矢先、 「ルキナっ」 その人が、2人の前に姿を現す。現れ、こちらへ駆け寄って来るルフレは、何やら両腕に抱え込んでいるようだった。 「ルフレさん……」 「ルキナ、これ」 ルフレは上がった呼吸が整うのもまたず、腕に抱いたものをルキナに差し出した。その煌めきに、ルキナが目を見開き、シュルクが感嘆の声を上げた。 「これ全部、マニキュア?」 ルフレが持ってきたのは、大量の小瓶だった。 大体同じような形をした瓶に、様々な色が詰められ、光っている。ピンクやオレンジの系統色が多いようだが、青や紫、金に銀、それに白、透明もあった。 「どうしたの? こんなに」 「ピーチ姫、それにロゼッタ姫に借りてきた」 ルフレは、はぁと息を吐いてルキナに言った。 「好きなの、使っていいって」 「あ、ありがとうございます」 驚きから抜け出せないのか、固い声で礼を言うルキナだが、彼女にルフレは、 「でもその前に」 と、伏せていた目を開き、ルキナにまっすぐに向き直った。ルキナが息を呑んだ。 「教えて」 正面から相対して、ルフレは最も簡単で単純な問いを、ようやっと口にした。 「なんで、マニキュアをしたくなったの?」 ルキナは少し、躊躇った様子を見せた。けれどすぐに 「それは……」 ルキナも素直に、胸の内を打ち明ける。 「強そうだな、と思って」 『……はい?』 あまりにも予想外の応えに、ルフレとシュルクは、開いた口が塞がらなくなった。だがルキナはそれどころでなく、ただ恥ずかしそうに頬を赤らめる。 「姫たちが爪にしてらっしゃるのを見て、なんだか、キラキラしてて、硬そうで、強そうだなって……」 言いながら、ルフレたちの呆れ顔には気付いたようで、 「あ、で、でもやっぱりおかしいですよね」 慌てて言い訳をする。 「剣士が爪に塗り物をしても、あんまり、変わんない、ですよね、きっと」 「ルキナ」 ルフレは堪えきれず、盛大なため息を吐く。 「それ、なんか違う」 「え? 何が、ですか?」 「なにがって……その……シュルクッ! 笑ってないで説明してやって!!」 腹を抱えて軽快に笑いころげるシュルクに向かって、ルフレが叫んだ。