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初めて彼らの姿を目にした時、ルフレは、まるで見えない槍に穿たれたかのような衝撃をその胸に受けた。 「……うーん……」 隣から聞こえてくる呑気な唸り声なんか耳に入ってこない。 鼓動が勝手に荒ぶり、自然と呼気が声となりそうになり、制するのに苦労する。 「なんだったかな……」 頭は真っ白だった。思考の消え去った空白の脳内、その空白を埋めるべく、論理を連ねた文字たちが次々と沸き出てくる。 編み上げられた理論が言葉となって形となって、頭の中の白紙のページを埋めてゆく。 埋め尽くされて、真っ黒に染まって、結局やっぱり、何にも見えてきやしない。何にも見えてこないまま、積み上げられた理論はまた空白へと飲み込まれて消えていく。 「……セ……だったような……」 わかっている。わかってはいるのだ。自分たちはもっと、この新しい世界に目を向けるべきなのだ。 今立っているこの地は、まるで見たことのない奇妙な空間だった。大きな時計がただひたすらに、どこかへ向かって落ちていく。 空にはその時計を取り囲むようにして、不可視の存在たちが飛んでいる。 不気味な気配を纏って空間を漂うその者たちは、姿を現したり消したりを繰り返していて、いるのかいないのかはっきりしない。 浮遊する空間、落ちる地面、取り囲む者ども……どれを取っても、驚くべき世界のはずだ。 けれども、今はそんな者たちのどれもこれもが、ルフレにとっては世界の外であった。 「違った、かな……?」 唯一視界に映るのは、2体の生物の姿だけ。 それはまるで見たことのない者たちの姿だった。人ではない。獣でもない。もちろん屍でもない。では何か。その答えとなる言葉は、ルフレの中からは出てこない。 彼らは明らかに、異形の者であった。 故に、自分とは違うとはっきりと言えた。全然違う。どこにも共通点など在りはしない。彼らと自分は、全く違う存在である。 ルフレの中の理性はきっぱりとそう決めつけていた。 なのに、それなのに、ルフレの中の本能が、もう一つの確かな理性が、ルフレにこう告げるのだ。 あれは、己と同じ者たちだ、と。己と同じ存在だと、頑なに告げている。 「なんだっけ……」 相反する2つの叫びがルフレの意識を揺らし続ける。 彼らは異界の者だ。彼らは自分と同一の存在だ。2つの論理はどちらも根拠に欠けていた。だからどちらも簡単に否定できた。 なのに、その真実性に、疑問を持つことすらできそうにない。 できるのはただ、事実を事実と受け入れること。享受すること。それだけ。それだけしかできない。なのに、それだけのことが、まるでできない。できそうにない。 (彼らは、いったい―――) 「わかったっ!」 横から、やっと明瞭な声が上がる。 「あれだ!あれ、アルセウスっ!」 底抜けに明るくポケモンの名が叫ばれる。ルフレが喉の奥で呻くのにも気付きはせず、隣の彼は興奮のままに繰り返す。 「あの子たち、アルセウスに似てるんだ!」 「シュルク、うるさい」 ルフレが低い声でこぼすと、シュルクはようやく気付いて、はにかんだ笑いを浮かべながら「ごめんごめん」と謝った。 まったく、自分に関係ないことには本当に能天気というか、無頓着というか。 (……まぁ、おかげで囚われすぎずに済んでいるわけだけど) なんともスッキリした顔を見せるシュルクに、ルフレは呆れながらも、つい、表情を緩めた。顔が緩むと、心を縛るものも自ずと緩むように感じられた。 ルフレはそっと一息吐いて、改めて目の前の者たちを見詰める。白銀の体躯に、細い四肢と鋭利な角、そして羽を負った2体の生物。 まるで見たことのないその姿が、ルフレに彼らが異界の者たちであると告げている。 なのに、彼らの存在が、彼らの息差が、ルフレに訴えかける。 彼らは、己と同じ存在だ、と。 (いったい、何者なんだ) 自然と体に力が入る。奥歯がきしんで、きゅっと鳴いた。
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『TIME UP!』 号令が響くと同時に、相手の2人はぴたりと動きを止めて、速やかに基本の立ち姿へと戻った。 ちょうど飛び込んだところだったマリオは、かざしていた拳を開いて、そのまま立ち竦む王子の横の地面を叩く。 纏わせていた炎の残りが空に散るも、王子は目もくれず、静かにまばたきするのみであった。 そのすぐ隣で、リンクも、魔女との間合いを詰めんとしていた足を止めた。 ぐっと剣を握りしめ、殺した勢いの反動を使って一転、後ろへと飛び退く。風がふわりと立つも、魔女は微笑を湛えたまま、静かに目線を正面へ向けるのみであった。 リンクが地に足を付けて、マリオも戻って横へと並ぶ。そうして2人も緩やかに動きを止めた。 どちらも肩で息をして、吐き出す息が声となって重なった。 満身創痍の彼らの視線の先で、相手だった2人がそれぞれにステージから消える。 漆黒の魔女は余裕の笑みと別れの仕種をこちらによこすと、影から出でた蝶の群れに身を包み、たちまち姿を消した。 一方、白銀の王子は虚ろな瞳と表情のない顔のまま、足下に広がった水面へと呑み込まれるように沈んでいった。 蝶が煌めきながら飛び去り、水が音もなく地へと消え失せてしまって、辺りには、2人分の呼気だけが残った。 「お疲れさま、2人とも」 虚空を声が渡る。未だ整わぬ様子の彼らへと向かって、まずは労いの言葉をかけた。 「どうだったかな?」 少し上ずった声で、声の主、マスターハンドが問いかける。 「最後の退場のエフェクトとか、良くないかい?」 「魔女の姉さんはいいけどさ」 荒い息を吐きながら、リンクがしかめっ面で答えを返す。 「もう1人は、やりすぎじゃん?」 「そうかい?」 「ヒトのやることじゃないだろ、アレ」 言いながら、リンクは大きく溜め息のようなものを吐き出して、そしてその場に崩れるように腰を下ろした。手にした剣も、仕舞わずそのまま地へと横たわらせる。 「人間離れ、し過ぎ」 「たしかに、そうかも」 マリオも同じく答えながら、疲れた様子でぺたんと尻を地に付け、足を放った。 「普通の人は水には溶けないよ」 「ふむ……そうか」 マスターハンドは少し残念そうながらも、2人の意見を聞き入れたらしい。 「貴重な助言と受け止めておくことにするよ」 そんな言葉と共に、マリオとリンクの前にはサンドイッチとチーズ、それに1杯のドリンクがサービスされる。協力者へのささやかな返礼品。 マリオとリンクはそれぞれ「ありがとう」「もらっとくよ」と言葉を返して、遠慮なくそれらに手を伸ばした。 食物の旨味が疲れた身体に染み入り、冷えた飲み物が渇いた喉を潤した。 「さて」 と、マスターハンドが話を切り出す。 「ここで君たちに朗報だよ」 揃って食物を頬張るマリオとリンクに、マスターハンドは告げた。 「君たちの『試金石』としての役目は、これで終わりだ」 「終わり?」 告げられて、2人は少なからず驚きを顔に表した。 「それって……」 「……もう誰も増えない、ってこと?」 「その通り。もう新しい参戦者は現れない」 「そっか」 マリオが呟き、視線を落とす。リンクも神妙な面持ちで、黙ってサンドイッチをかじった。 「……嬉しくないかい?」 2人の反応が意外だったのか、マスターハンドは不思議そうにそう聞き返す。 「特にリンク、君はこういうお役目はキライだろう?」 「別に……割り切って楽しませてもらったし、嫌じゃなかった」 「それはよかった」 「新しい仲間が増えるっていうのは、僕たちにとっても嬉しいことだよ、マスター」 「そうか……」 マリオに言われて、マスターハンドが漏らした言葉には、微かに安堵も混じっているらしかった。 「まぁ、終わりなら終わりで、良かったとも思えるけど」 リンクが複雑な想いを素直に晒すと、マスターハンドは軽く笑いながらまた「そうか」と答えた。マリオが一口、ジュースを飲んだ。 「でもさ」 と、リンクがサンドイッチを飲み下してから、こう切り出す。 「終わりっていっても、まだこれからが始まり、なんだろ?あいつらにとっては」 「ふむ……」 マスターハンドはリンクの言葉をよくよく吟味して、 「気になるかい?」 リンクへと問いかける。リンクが答える代わりに息を飲んで、続きを待った。 「君、あぁいうお姉さん好きそうだもんねぇ」 「はぁっ!?」 突然、思いもよらぬことを言われて、リンクは身を竦めてすっとんきょうな声を上げた。 「恐いこと言うなよなっ!!」 本気で狼狽えながら叫ぶリンクの横で、マリオがクスクスと笑った。 普段の適当さと裏腹に、役目にはきちんと真面目な姿勢を見せるリンク、彼のことを、主は主なりに称えているのだとマリオには分かっていた。 「大丈夫大丈夫、心配しなくても君なら彼女も喜んで相手してくれるよ」 「だからイヤだって、絶対」 「彼女はきっと君みたいな者が好みだよ」 「それ、玩具としてだろ?」 「よくわかってるじゃないか」 完全にからかわれてると悟り、リンクは大きな溜め息を吐き出して、ジュースに手を伸ばし、一口啜った。 「そうじゃなくてさ……」 疲れた口調でなおも食らいつくリンクに、マスターハンドは分かってると言わんばかりに言葉を被せた。 「もう1人の方、カムイのことだね」 マスターハンドの声に落ち着いた響きが戻り、リンクも崩した表情を少しは直して、頷いた。 「あいつ、ルフレと同じ匂いがする」 「へぇ、ヒトの姿でも匂いを感じ取れるようになったんだ?」 「茶化すなよ」 いい加減に飽き飽きしたか、リンクが僅かながら声に牙を見せる。マスターハンドはそれを軽い謝罪であしらって、 「君のそういう『嗅覚』については、これでも評価しているつもりだ」 本心からそう伝えた。 「だったらちゃんと話聞けよな」 「悪かったって」 「まぁまぁ」 機嫌を損ねたリンクに対し、あまりにも軽い口調で謝るマスターハンド。 放っておくといっそう険悪になりかねない雰囲気を、マリオは早々になだめて、話を元へと戻させる。 「マスター、僕もリンクと同じことを思ったよ」 マリオは柔らかい口調で、マスターハンドに対してリンクへの同調を示した。 「ルフレの持つ、何者でもあって、何者でもない感じ……それと同じものを、僕も感じた」 マリオの飾らない言葉、それにリンクの真摯な目線、それらを見比べて、マスターハンドもようやく話を落ち着ける。 「君たちの言う通りだ」 調子を落とした主の言葉が、空を渡った。 「カムイは本質的なところで『ルフレと同じ』、そう言える」 信憑性と共に威厳を取り戻したマスターハンドの言葉に、マリオもリンクも、少し心配そうな面持ちを見せた。 「あいつも、悩むのかな」 リンクが小さな声で呟く。 「悩むんじゃないかな」 マリオも重ねた。 「それなんだけど」 マスターハンドが切り出すと、2人は顔を上げ、疑問を抱いた表情で続きを待った。 「僕の決定を伝えるよ」 断然とした物言いに、マリオとリンクが意図を汲み取れぬまま息を呑む。そんな2人にマスターハンドは、己の決意を端的に伝えた。 「カムイは2人にする」 「……」 「……どういうこと?」 リンクが眉をひそめて聞き返す。マスターハンドはできるだけ正直に、そして分かりやすいよう心を砕いて、その問いに答えた。 「ルフレは1人に2つの姿を与えた。けれど、カムイは、2人に別ける」 「……」 それでもいまいち理解が及ばず、リンクは黙りこくってしまう。 「……それって、どういうことになるのかな?」 マリオが代わって更に聞き返すも、マスターハンドから返ってきたのは、 「わからない」 全くとらえどころのない答えだった。 「わからない?」 マリオがおうむ返しにしても、マスターハンドはそれ以上、何も言わなかった。代わりに、 「マリオ、リンク」 まるで謝罪のするように、沈みきった声でマスターハンドは2人の名を呼んだ。 呼ばれた2人は再び主の声に耳を傾ける。 「僕が創ったこの世界で、唯一、僕が操れない物、創れないものがある」 主の口からいきなり飛び出す、否定的な話。 先ほどまでとうって変わった静かな口調で、マリオもリンクも黙って先を待った。 「僕が触れられない、絶対に立ち入れない領域、それは心だ。君たちの、心」 マスターハンドはまるで独白のように、語り始める。 「僕は皆を創った。けれど、そこに宿る心は違う。だから、僕が創った物によって、君たちは悩むこともあるだろうし……」 一度切られた言葉に、微かに感情が混じる。 「苦しめることも、あるかもしれない」 主は、知るはずのない心を己の内に描きながら、あくまでも静かに語った。 「全ての物は僕が改め、僕が磨き、僕が繕う。だけど、君たちの心だけは、君たち自身で維持していかないといけない」 語りながら、マスターハンドは色々なことを確認しているようだった。 色々なことを確かめて、曝け出して、そうして自覚をする。 「……僕には、守れないんだ」 心なき主の心が、軋んだ。 「だから……」 「お願い、なんて言うなよ」 唐突に、リンクの声がマスターハンドを遮った。 主の声が途絶え、リンクもしばし目を細めて奥歯を噛みしめた。マリオはそんな彼をじっと見守った。 「言われなくったって、わかってる。それに……」 リンクは伸ばした背筋とまっすぐな瞳で、主へときっぱり言った。 「俺はもう、あんたの意思に従う覚悟はできてるつもりだ」 言ってしまって、それから、 「まぁ、歯向かう覚悟も同時にしてるけど」 投げやりに、そう付け加えた。 マスターハンドはそれに対して乾いた愛想笑いだけを返した。どうやら何を言えばいいのか迷っているらしいマスターハンドに、今度はマリオが笑顔を手向ける。 「大丈夫だよ、マスター」 マリオもまた、素直なまっすぐな視線で主へと伝えた。 「僕たちはたぶん、あなたが思っているより、この世界のことが好きだよ」 マリオはさらにニッコリと笑って、 「マスターのこともね」 誰よりもシンプルに、誰よりも強い想いを主へと示した。 マスターハンドは言葉を持てず、ただただ視線を2人の参戦者へと注ぐ。 全く違う表情で、全く同じ方向を見据えるマリオとリンク。マスターハンドは、そのどちらに対しても、礼を言うことはしなかった。言うことが、できなかった。 「リンク」 神として持つべき態度を取り戻して、主が呼び掛ける。呼ばれたリンクが微かに身を強ばらせた。 「君は、カムイとベヨネッタ、彼らの始まりの地へ行ってくれ」 「え?」 「マリオ、君は世界を回って、皆に新しい参戦者のことを伝えるんだ」 「皆に?」 「あぁ」 マスターハンドは威厳ある響きを宙に渡らせる。 「彼らについて、伝えるべきは今から伝える。それを踏まえた上で、彼らと世界を繋げて欲しい」 マスターハンドは確たるものを持ちながらも、敢えて2人に命じようとはせず、最後に柔らかな口調でこう言った。 「頼まれてくれるかい?」 聞いたマリオとリンクは、ふと笑みを溢して、 「喜んで」 「オオセノママニ」 それぞれに快諾を示した。
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「アルセウス、そうぞうポケモン」 シュルクが淡々と諳じる。 「何もない宇宙でたまごから産まれて、世界を創ったとされるポケモン。使うわざは『じゅうりょく』」 「いろいろとおかしくないかい?その説明」 「まぁあくまでも、伝説だから」 適当にあしらわれて、ルフレはやれやれと息を吐く。 「そもそも、君のモナドはいつからポケモン図鑑の機能が付いたんだ」 「やだなぁ、そんなの付いてるわけない……」 言いかけて、ふと、シュルクが言葉を飲んだ。 「……付けられたり、するかな?」 真面目な顔で、顎に手をやり考え込む。馬鹿げたことを、ルフレはそう思った。 「付けようにも、基となる図鑑がないじゃないか」 「図鑑のデータなら、スリッピーが持ってるんだ」 「え?……そうなの?」 「文字を表示する機能はあるわけだから……」 「……」 「……」 「シュルク、また今度にしよう」 「そうだね」 危うく本気で考え始めそうになっている己を律し、ルフレは改めて、今の状況を確認することにした。 まずは立っている場所。本当に奇妙な場所だ。 巨大な石板のような物、おそらく『時計台』と呼べる代物、その上に自分達は立たされている。そしてその時計台は、どんどん下へと落ちていっているらしい。 しかし自分に落ちている感覚はない。なので、もしかしたら、周囲の風景がどんどん上がっているだけ、なのかもしれない。 どちらが真だか確かめるすべは恐らくないだろう。 自分の身体感覚に関わらない事象ならば、乱闘にも関係はない、そう考えて良いはずであった。であれば、その事象には意味や理屈は与えられていない。 ここはそういう世界なのだ。 時計台の周囲を飛び交う異形の者たちも、そういうことかもしれない。 ただこちらは生物、変化するもの。乱闘が始まれば、動いてくる可能性はある。注意を払っておくに越したことはなさそうだ。 新たな世界について、あらかた確認すると、ルフレは背後へとも気を向けた。 ルフレ、そしてシュルクの後ろの方、そこにはさらに4人の参戦者が立っている。 3人は知った顔。女神パルテナと従者のピット、それに自然軍のブラックピットだ。 そして最後の1人、並んだ天界の住人たちに相対している者は、ルフレも初めて目にする人物であった。 黒い髪に黒い装束、眼鏡をかけた女性である。 まだきちんとは対面していないので、深くはわからない。 だがそれでも、彼女の高圧的な態度と、放たれる圧倒的な威厳から、その自信に満ち溢れた人柄が伝わってくる。 きっと強い人なのだろう。 そんな彼女が今どうしているかというと、天界の住人、主に女神パルテナと、それはそれは壮絶な舌戦を繰り広げている最中である。 内容までは聞こえてこない。だが雰囲気はひしひしと伝わってくる。双方、とても、とっても楽しそうだ。できれば邪魔をしたくない。 ……ましてや混ざりたくはない。絶対に。 (あっちは放っておこう、とりあえず) 幸い、向こうもこちら側に興味はないらしい。今のところ、自分たちの状況とは切り離しておいて構わないだろう。 となると、やはり一番気にかけるべきは――― 「動かないね、あの子たち」 シュルクが、自分たちの前に立つ生物を見据えて、そんなことを言った。 そこにいるのは2体の生き物。 白銀の身体から伸びる細い四肢で、どちらも力強く石板を踏んで立っている。 頭には大きな角あるばかりで、瞳はない。その為か、まったく表情を読み取ることが出来ない。 「話はできないのかな?」 「どうだろう」 ルフレも彼らを横目で見やって、憶測ながらも確からしいと思える事をシュルクに返す。 「少なくとも、こっちと話す気はなさそうだけど」 彼ら、2体の生き物は、どうやらこちらに全く興味がない様子である。 見えていないと言ってもいいかもしれない。彼らは互いに睨み合っていて、ずっと、じっと、微動だにしようとしない。 「まさか、本当にポケモンだったりしないだろうな……」 「人間だったよね」 「え?」 いきなり言われて、つい、ルフレは変な声を上げた。シュルクへ顔を向けると、彼は何を言っているんだと言わんばかりに目を丸めて見返してくる。 「最初は人だったじゃないか。すぐに、あの姿になっちゃったけど」 そう、だったっけ? ルフレは懸命に記憶をまさぐるが、まるで思い出せない。 どうやら自分は、その存在やら何やらに驚きすぎて、彼らの姿が全く目に入っていなかったらしい。 「どんな人、だった?」 適当にごまかしながら、恐る恐るシュルクに尋ねる。シュルクはそんなルフレの目の色など気にも留めずに、うーんと唸りながら 「ん……と……なんか、白かったような?」 なんとも曖昧な答えを返す。ルフレは、安堵を呆れの色で隠して溜め息を吐いた。 「モナド、図鑑機能の前に、録画機能を付けた方がいいな」 「あ、それ、便利そうだね」 嫌味とも取られかねないルフレの提案を、シュルクは本気で鑑みる。 「でもそうなると記憶領域が必要になる」 「図鑑でもそれは一緒だろう」 「そうだけど」 と、一度は自分で飲み込んでおきながら、シュルクはルフレに一応水を掛ける。 「ていうかルフレ、僕言わなかった?モナドは解体も改造もできたことないって」 「ここではできるかもしれないじゃないか」 「ここでも何度も試してるよ」 「もう諦めてるの?」 「諦めてなんかない」 軽い挑発に、シュルクは素直にむくれて見せた。 「……そうだよね、ここなら多少壊したってどうにかなるか」 「え……」 今度はまたルフレが慌てる番だった。 「いや、そういう考え方は僕もどうかと……」 「無理やりプレート引っこ抜いて、似たような素材で記憶領域持たせられるようなの探して……いやいっそ、情報端末として確立した物を組み込むか……」 ルフレを脇において、シュルクは独り思案し、具体的な構想を練り上げていき、 「うん、なんだかイケそうな気がしてきた」 そう言った顔が、今すぐにでも取り掛かりそうな勢いを表していた。 「本当に壊したらどうするんだ……」 「その時は連帯責任、よろしくね」 「えぇ、ムリ……」 「……何の話してるんだよ、お前ら」 突然、背後から声を掛けられ、ルフレとシュルクは揃って咄嗟に身を縮め込めた。2人はそろりと振り向いて、 「リンク!」 「リンク……?」 現れた人物の名を、それぞれに叫んだ。現れたリンクは応じず、 「あーぁ……あんな姿になっちゃって」 ゆっくりとルフレたちの方へ歩み寄りながら、ルフレたちの奥、白銀の生物たちへ向かい、物憂げな視線を注いだ。 「……」 リンクの瞳に、深い色が見えた気がした。しかしそれも束の間のこと、すぐに 「お前らも」 と、リンクがじろりとこちらを睨む。 「シュルクは呑気すぎ、ルフレは狼狽えすぎ」 名指しできっぱりと言われてしまう。なおも呑気に笑うシュルクの横、ルフレはぐっと息を飲んだ。 「……リンク」 内心の動揺を圧し殺しながら、ルフレは紛らわすように口を動かす。 「どうしてあなたが……」 「リンクッ!」 そんなルフレの言葉を遮るかのように、背後の奥の奥から天使、ピットの声が翔んでくる。 「なんだよピット」 「それはこっちのセリフだッ!」 ちょっとだけめんどくさそうな様子のリンクに、ピットは威勢良く言葉を投げつける。 「お前がいたら、乱闘始まんないじゃんか!!」 それは、ルフレも思ったことだった。彼は、リンクは、『9人目』だ。 「こっちはいつでもあのオバサン吹っ飛ばせる気でいるんだ!」 「まぁまぁ、落ち着きなさい、ピット」 穏やかな声で、猛る臣下をなだめるのは女神パルテナ。 「そう焦ることはありませんよ」 柔らかな口調でそう諭しながら、ゆったりとした仕種で和やかな微笑みをこちら側へと向ける。 「彼だって、何の用もなく私達の邪魔をするわけありません」 女神の声は、あくまでも、女神の女神たる振る舞いを保っていた。なのだが、 「そうでしょう?リンク」 最後にちらりと覗いた、あまりにも鋭い薔薇の棘のような響きに、ルフレは、思わず顔をひきつらせてしまった。 「……どんな口喧嘩したら、あの雰囲気になるんだよ」 同じく引きつった表情でリンクが声を潜めて尋ねてくるも、 「知りません」 「知らない」 ルフレとシュルクは共に答えながら目を背けた。 実際のところ、あちらの話は耳に入ってきていなかったのだから仕方がない。耳に入れようともしなかったのは認めるところだが。 「へっ、俺は何人相手でも構いやしないんだぜ?」 と、知っているはずのルールをまるで無視したことを言うブラックピット。 「あんたも消してやろうか、あのオバサンと一緒に」 「あら、面白いことを言うのね、坊や」 クスクスと笑いながら、新顔の女性が口を挟んだ。 「私も、狩るものが増えるのは歓迎よ?」 口を歪めて笑うその姿は、『魔女』という呼び名が相応しいように思えた。 「ねぇ?」 魔女がリンクに向かって微笑みかける。 うっかり目を合わせてしまったか、リンクはぐっと唸って、反射的に目を反らした。魔女の笑い声が鈴の音のように響いた。 「……あなたのそういう態度が、あの類いの方には好かれるんですよ、リンク」 「うるさい」 どうやら多少の自覚はあるらしい。ルフレの忠告に、リンクは苦々しい顔で短く返すばかりだった。 「でもリンク」 唯一日頃の中庸を保っているシュルクがリンクに問う。 「本当に、何をしに来たの?」 「……特に何も」 リンクもさっと平静を取り戻して、そう素っ気なく答えた。 「俺は伝言しに来ただけだ」 「伝言?」 「いや、伝言でもないか。言いたいこと、言いに来ただけ」 そう言うと、リンクは歩み始める。 彼の表情が変わったのを見て、ルフレもシュルクもその背を黙って見送った。 リンクが向かうのは、現れてからずっと膠着したまま微動だにせず、ただ互いに睨み合い続けている、白銀の生物たち。 リンクは彼らに歩み寄ると、 「ごめんな」 まずはそう、呟いた。 「そうだよな。怖いよな」 誰に向けられたものなのか、届いているのか、わからない。それでもリンクは言葉を紡いだ。 「いきなり呼ばれて、いきなり戦わされる、それだけでも困るだろうに、目の前にもう1人自分が居るなんて……怖い、よな」 (自分が、もう1人……?) ルフレの中に沸く疑問を置いて、リンクの告白が続く。 「だけど、この戦いだけ戦ってくれ。何もわからないまま、戦ってくれ。俺たちが、お前たちを受け入れるために。……迎えるために」 リンクの顔は苦しそうにも見えた。 だがはっきりとした口調に、彼の秘めた、いつもは見せないような確固たる想いがまざまざと現れているように感じた。 「……シュルク」 リンクの声が、一転する。 「はい!?」 いきなり呼ばれ、思わず身を固めてかしこまった返事をするシュルクに、リンクは振り向きもせずに続ける。 「お前が導くんだ」 「え?」 何のことだか、疑問すら表させてもらえないうちに、リンクは次にルフレの名を呼んだ。 ルフレは緊張した声で「はい」と答える。するとリンクは振り向いて、 「この一戦が終わったら、こいつらの話、聞いてやってくれないか」 真っ直ぐな眼差しで、そう言った。ルフレが戸惑いで言葉を返せずにいるうちに、リンクは先を続ける。 「こいつら、お前と同じなんだ」 「……同じ?」 「お前は、1人の中に無数の可能性を持っている。2つの姿も、その可能性の1つ」 淡々と、リンクは固い言葉を紡いでいく。 「こいつらは、無数の可能性からそれぞれ1つの道を選んだ2人。選ぶ前か後かが違うだけで、本質的には、お前と同じ」 言葉に熱が感じられない為か、はたまた未だに自分が混乱から抜け出せていないためか、リンクの言う事が上手く論理として頭に入ってこない。 ただ『同じ』ということだけが、頭の中で反芻される。 ルフレはたまらず聞き返そうと身を乗り出すも、 「聞くなよ?」 リンクに釘を刺されてしまう。 「俺だってわかってないんだから」 きっぱり言われて、ルフレは言葉を飲み込んだ。期待した自分の愚かさを、密かに呪った。 「とりあえず、しばらく不安定だろうってのは確かだ。……マスターも、心配してる」 意外な存在が示唆される。 リンクは「珍しいよな、あのヒトが心配するとか、有り得ないよな」なんて言いながら、最後にこう、あっさりと言った。 「だからよろしく、ルフレ」 「……勝手なことを」 言って、溜め息を吐く。 なんて勝手で、なんて理不尽。 そんなものを押し付けられて、力と共に、気も抜けたように思えた。なんだか軽くなった気がした。 ルフレはふと笑みを浮かべる。そして 「覚悟、しといてください」 リンクに向かい、言葉を吐いた。 「丸投げになんてさせませんから」 リンクはルフレの薄い笑顔を見て、不敵に口元を引き上げた。 「じゃ、俺、帰る」 「えっ!?」 シュルクが声を上げる。 「もう帰るの?」 「帰るよ」 「本当に言いたいこと言っただけじゃない!」 「だからそう言っただろ。あとは頑張れよ」 「え……」 「あら、帰っちゃうの?」 騒ぐシュルクを差し置いて、奥から魔女がリンクへと声をかける。 「私とは遊んでくれないのね」 「今回は」 短めに言葉を切って、リンクは肩越しに魔女へと視線をやった。 「遊ばれるのはイヤだけど」 リンクはふと、覗かせた目を細めて、 「戦いの相手なら、いつでも受けるよ、オバサマ」 わざとらしい口調に、魔女の余裕の笑みが、微かに歪んだ。 それをリンクが見たかどうか、わからない。刹那につむじ風が立ち上がってリンクを包んだ。 リンクは挨拶代わりに軽く手を上げると、森の風を纏ってそこからあっさりと姿を消した。 「リンクっ!」 残った木々の薫りに、シュルクが慌てて呼び掛ける。 「さっき僕に言った『導け』って!?あれどういう意味な……わッ!?」 ムギュ、と変な音がして、シュルクの叫びは遮られた。 「あ、落ちるとこ間違ったも」 ゴメンなんだもー、と、なんとものんびりとした声で、シュルクを踏んづけた者が謝った。 「り、リキ!?」 シュルクが叫ぶのも気に留めず、 「それよりシュルク、アレ使うんだも!」 リキはいきなり、そう言った。 「アレ?」 「アレだも。アレ」 リキは手も羽もパタパタさせながら、つぶらな瞳でシュルクに訴えかける。 「大恐竜に使ったやつだも!」 「……え?アレ?」 「あの子たちにも使うんだも」 「いいの?だってあれは……」 「いいからやるんだも!」 リキが勇ましくシュルクを急き立てる。 全くもって意味がわからない。だが、シュルクは決意したらしい。一歩踏み出した彼の顔は引き締まった表情に変わっていた。 二歩三歩と、前へ出ながら、シュルクがモナドの柄に手を掛ける。モナドを振り下ろし、両手で握って構える。すぅと深く息を吸って、止めた。 一拍置いて、刹那、彼のモナドが淡く光る。 色は、緑。 (……緑?) ルフレの前で、モナドが開かれる。そして 「はぁぁぁッッ!!」 シュルクはモナドを横一閃に振り払い、その力を解き放った。淡い緑色のエーテルの輝きが、波状となって白銀の者達へと迫り、届き、彼らを包む。 「えっ?」 「ええっ?」 驚く声が2人分、響く。 はっきりと聞こえた。男と女、2つの声。 モナドの光が消え去ったとき、そこに生物の姿はなく、代わりに一対の男女が立っていた。 白銀の鎧に白髪、鳶色の瞳。 よく似た2人が、共に驚愕の表情を露にしている。 「な、どうして……!?」 「なんで戻っちゃうの!?」 狼狽える2人に、ルフレも何が何やらわからなかった。シュルクは剣を静かに背に戻し、腕を組んだ。 「ルフレ」 「っ!……クロム!」 名を呼ばれて振り向けば、現れたクロムが、柔らかい表情でルフレへと歩み寄る。 「彼らの武器は剣、それと、竜石だ」 「りゅうせき……」 ルフレは一度諳じて、 「竜石っ!?」 しかとそれを飲み込むと、驚きと共にその言葉を繰り返した。ルフレの張り上げた声に、シュルクも振り向いた。 「え、じゃあ、さっきのあれ、竜だったのか!?」 「そのようだな」 「竜石?」 シュルクがルフレに尋ねる。クロムに促され、ルフレはシュルクに答えた。 「竜石は、竜の力が封じられた石だ」 「それがあれば、さっきの、『竜』になれるの?」 「竜になれる、というより、竜の血を引く者を、在るべき姿に戻す、と言った方が正しい……」 丁寧に答えながらも、ルフレはますます絡まってゆく己の内の疑問をつい、口にする。 「……なんで、モナドで竜化が解けるんだ」 「それはな」 「え?」 答えは意外なところから返ってきた。 「こいつが何も知らないからさ」 声の方を見やれば、今度はダンバンが現れている。 「竜の変身は解くことが出来ないもの、君たちにとってはそれが常識で、ルールだ。だが、俺たちにとってはそうじゃない」 ダンバンはクロムに並んで、足を止めた。 「出来ないってことを知ってる奴より、何にも知らないの奴の方が、出来るかもしれないと思えるし、出来ると信じられる」 「……信じて剣を振るえば、この世界は応えてくれる?」 「そういうことだ」 懸命に紡いだルフレの論理を、ダンバンは口元を引き上げて肯定した。 「特にシュルクは思い込み激しい方なんだも」 「えっ!?そ、そう、かなぁ?」 リキに言われてシュルクが顔を赤らめる。ダンバンが笑って、クロムも微笑んだ。 「そこは、『信じる力が強い』と言ってあげたらいいんじゃないか? なぁ、ダンバン殿」 「はは、そうだな」 クロムがシュルクを擁護すると、ダンバンも朗らかな声を上げた。 「さぁルフレ、乱闘が始まるぞ」 言って、クロムが言葉の調子を鎮める。彼の瞳に微かな憂いが混じった。 「早く彼らを、解放してやってくれ」 クロムの言葉を受けて、ルフレも、白銀の竜の化身たちを見やる。 2人の男女、人の姿になった彼らからは、明白な感情が伝わってくる。 「……何が起こっているんだ」 「……何が起きているというの」 未だ覚めやらぬ眼差しで、2人は呻くように、力ない言葉を吐いている。 「ここは何なの」 「なぜこんなところに」 「どうして私が」 「どうして僕が」 彼らの声は震えていた。 そこには、彼らの苦悩と苦痛が押し込められているようだった。 「剣を取らなければ」 「闘わなければ」 呻きは、いつ叫びになってもおかしくはない、そう感じられた。 「……シュルク」 不安げにシュルクを見上げるリキに、シュルクは沈んだ顔つきで、それでも力強く、うなづいて見せる。 「シュルク、あいつらを」 「えぇ、ダンバンさん」 ダンバンに応えて、シュルクがモナドに手を掛ける。モナドが一気に振り下ろされ、青い光の刃を現した。 「ルフレ」 「うん」 ルフレも、クロムに応える。 「戦うしか、ないんだ」 「そうだな」 ルフレは一度、目を閉じた。 まもなく始まる戦いに向けて、神経を集中させる。血肉と魔力の流れを確かめながら、思いは、相手の2人へと馳せた。 (怖いよな) ハイラルの勇者、この世界を導く者の言葉が脳裏に過る。 (ごめんな) 戦って、ごめん。戦わせて、ごめん。 そうだった。自分たちの世界で、戦いは辛いもので、苦しいもので、避けるべきもの、無くすべきものだった。 この世界は違う。この世界の戦いは違う。けれど、彼らはまだ、元の世界の理に縛られている。戦いを、拒否している。 ルフレは目を開いた。そうしてしかと、彼らを見据えた。 彼らの腕は剣を構えている。整った、整えられた身体に反して、その瞳には虚ろな光が宿っている。揺らぐ視線と震える心で、こちらを見詰めている。 「シュルク」 ルフレが静かに呼びかける。答えはない。ルフレは続けた。 「行くよ」 「うん」 シュルクの金髪が小さく揺れた。 「彼らを、導く」 ルフレは決意を込めて、言葉を放った。 クロムとダンバン、リキの姿が光に消える。同時にマスターハンドの声が響く。始まりの前触れの号令。 シュルクがモナドを握りしめる。パルテナの錫杖が揺れ、ピットが構え、ブラックピットが息を吐く。魔女が笑う。 ルフレは、右の拳を開いた。
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トントントン、と、城の門扉を叩く音に、ピーチ姫は「はーい」と返事をしながら、いそいそと玄関まで出向き、扉を開けた。 「あら、リンク」 そこにあった顔に、ピーチはすこし意外そうな目を向ける。 「あなたがノックするなんて、珍しいじゃない」 言われてリンクは、あははと空笑いを返した。 「マリオ、来てる?」 「いいえ?来てないわよ」 「……まだ、来てない、か」 リンクが一人ごちるので、ピーチは少し不思議そうな顔をする。 「マリオにご用?」 「いや、用ってほどじゃないんだ」 リンクが首を振った。 「もしやること残ってるなら、手伝おうと思っただけ」 「何か、してるのね」 「ちょっとね」 軽く流すような口振りのリンクに、ピーチも深く事情を聴こうとはしなかった。 「それよりピーチ」 「なぁに?」 「大きいパーティー、また開いてくれないか?」 「え?」 いきなり、しかも珍しい人に言われて、ピーチは目を瞬かせる。 「美味しいもの、食べたくなったの?」 「それはいつもそうだけどさ」 リンクもそこは否定せずに続ける。 「また新しい人、来たんだ」 「それは、嬉しいことね」 「最後なんだって。もう、増えないんだって」 「そう……それで」 リンクの来たことの意味を理解して、ピーチは仄かな喜びと寂しさとを孕んだ瞳を、リンクに見せた。 「お願いしていいかな?」 「えぇ。もちろん」 ピーチは満面に笑みを浮かべて、 「楽しみにしてなさいな」 そうリンクに伝えた。リンクは頬を緩めて、笑みをピーチに返す。その表情に、安堵が見えた。 「ありがとう、ピーチ。よろしくね」 そう言って、リンクは踵を返そうとする。 「あら、帰っちゃうの?」 ピーチが少し驚きながら、引き留める。 「疲れてるように見えるわよ?」 「そう?」 「少し休んでいったら?」 「大丈夫だよ」 リンクは言いながら、微笑みを返す。 「もうすぐマリオも帰ってくるだろうし、……邪魔、したくない」 珍しく、本当に珍しく遠慮を示すリンクに、ピーチは言葉を掛ける。 「私、別にあなたのこと、礼儀知らずだとか、そんな風には思っていないのよ?」 だから気にせず邪魔してくれていいと、ピーチは本心から思って、リンクに伝えた。 「変な子だとは思ってるけど」 「いや逆にキツイな、それ」 リンクは苦笑いをしながらも、 「ありがとう、ピーチ」 彼女の気遣いに、礼を返した。 「本当に大丈夫?」 「あぁ」 「これからどうするの?」 「オルディンにでも行って、寝るよ」 「無理、しないのよ?」 心配そうに声を掛けるピーチに、リンクが返す。 「なんかピーチに優しくされるの、変な感じ」 リンクの軽口に、ピーチは唇を尖らせたが、それでもリンクに少しはいつもの調子が戻ってきたように思えて、胸を落ち着けた。 「じゃあ、また」 「えぇ」 リンクが片手で挨拶をし、ピーチも手を振って見送る。 「おやすみなさい、リンク」 去ってゆく背中に、なんとなく、そう声を掛けた。