暗い。
      それが第一印象だった。
      新しく現れた世界のことである。今、アイクたちが立っているのは、見たことのない世界。新しい世界。
      暗くて重苦しい空が、閉塞感を与える。それと同時に、境界のない空間は広大さも感じさせる。
      まるで、世界の全てがこの地に凝縮されているかのようだった。
      実際、非常に濃度の高いエネルギーのようなものの存在を、アイクもその身に感じ取っていた。
      いつから自分がそんなものを感じられるようになったかなんて、わからない。それともこの地に在る力がそれほどまでに強いということなのか。
      他の皆もアイクと同じものを感じ取っているらしかった。
      今ここにいる全員の目は、ある物に釘付けとなっている。この強い力を持った地の中で、ひときわ強い輝きを放っている物。
      それは赤い宝玉だった。美しい小さな球体。強い力を秘めたそれは、不思議な力を纏ってふわりと宙に浮かんでいた。
      アイクも、他の誰も、あれがなんなのかわかってはいない様子だ。
      しかし確かに言えることが1つ。これから始まる乱闘は、あの宝玉が勝負の鍵を握っている。
      なぜそう思うのか、理屈はなかった。だが、誰もがそれを確信していた。
      まもなく闘いは始まる。
      集まった者たちは闘いに備え、各々に闘志を高めていった。
      
      1人目、ドンキーコング、高ぶる鼓動を隠さず、みなぎるものを全身から溢れさせている。
      
      2人目、メタナイト、彼は静かに佇むのみ。仮面の下にある表情は、なんとなく想像がついた。
      
      3人目、パックマン、彼は相変わらず、何を考えているのかわからない。
      
      4人目、ソニック、彼は楽しみで仕方がないらしい。自慢の毛を逆立てて、不敵な笑みを浮かべている。
      とりあえず一番乗りを目指しているのは明白だ。
      
      5人目、リザードン、こちらも同様で、時折炎を弾けさせながら、身体に力を貯めている。
      
      6人目、ロックマン、落ち着いている様子だった。緊張、しているのかもしれない。
      
      そして、7人目……
      
      
      「マテリアが、浮いている」
      
      
      その男は、独り言でそう呟いた。逆立った金髪と、底の見えない眩さの碧眼が印象的な、非常に端整な顔立ちの男だ。
      体つきはそこまで大きくない、だが細身というわけでもなく、その無駄のなさは、隙のなさも感じさせた。
      背には剣を負っている。大きくて武骨な剣だ。その威力も当然大きいのだろう。
      だが、それよりも今はやはり、宝玉が気になる。皆の視線を集めるそれは、男のすぐ目の前にあった。
      新しい地の、新しい者、その前に示された、新しい力。
      誰もが固唾を飲んで始まりを待つ中で、男はこちらのことになど構いやせず、ゆっくりと、宝玉へと手を伸ばす。
      男の指がそれに触れると、刹那、赤き光が放たれ、世界を包んだ。
      途端にアイクは炎の気配に晒される。熱いわけじゃない。燃やされるとも思わない。ただ、業火の存在を確かに感じた。
      何かが、世界に現れた。咄嗟に細めた目を見開くけば、その姿を見つけることができた。
      人にも似た体躯の獣だ。
      巨大な体に隆々とした肉体、頭には長くうねった角を持っていて、炎のように燃える赤きたてがみが、ごうごうと空に向かって揺れている。
      
      「イフリート」
      
      再び男の独り言が耳を掠める。アイクが目を戻すと、男は表情のない顔のままで『イフリート』のことを眺めていた。
      やがて、男が静かにアイクたちへ振り向く。こちら側、7人の時待ち人たちの姿にゆるりと目を走らせて、一言。
      
      「変わったところだな」
      
      そう、呟いた。
      その声、その視線、アイクは受けて、思った。
      暗いな、と。
      
      一拍置いて、男が背中の剣を揺らす。瞬時に涼やかな闘気が彼と空を包む。皆の息が吐き出される。手指に力が篭る。イフリートが呻く。
      男が、新たなる参戦者が剣を抜いた。そして……
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
            
      
      
      
      そして、今に至る。
      
      「なんでお前が連れて歩いてんの?」
      
      リンクはその男ではなく、アイクに向かって、訝しげな目線を浴びせた。
      
      「いや」
      
      アイクは温度のない言葉を返す。
      
      「ただの、成り行きだ」
      
      端的な返事に、リンクは「ふーん?」と全く納得してない顔で、アイクと、アイクが『連れて歩いている』その男の顔を見比べた。
      その男、クラウドからは特に何の反応もない。静かな人物だ。
      アイクは改めてクラウドのことを眺めた。
      武器の大きさと武骨さは、彼の繰る剣技の激しさによく合っている。だが彼自身は、非常に落ち着いた人物らしい。
      闘いの外ではよりいっそう、その静寂さを強く感じられた。
      冷静なやつならここにもけっこういる。冷酷なのも何人かいる。けれど、ここまで温度を感じさせない者は珍しいように思った。
      
      「珍しいな」
      
      と、リンクが、アイクに向かって言う。
      
      「お前が誰かの世話してるなんてさ」
      
      世話をしている、そんなつもりは毛頭もなかった。たぶん、クラウドだって思ってない。……思われてたら、困る。
      彼と交わした言葉は未だ数えるほどの少なさだ。一応、名前のやり取りと、乱闘のルールの話くらいは軽くしたが、
      それほど多くは語っていないし、彼も多くを尋ねてこなかった。
      ここまで共に歩いてきたのも、乱闘が終わった後にたまたま目が合ったから、その程度の理由しかない。
      そう考えてみると、自分でも、どうして共に歩いているのかよくわからない。
      
      「似合わないんじゃん?そういうの」
      
      リンクに言われても、文句は出てこなかった。
      
      「そうかなぁ?」
      
      と、関係ないところから横槍が入る。シュルクだ。
      
      「アイク、傭兵団の団長なんですよね?新入隊員の相手は慣れてるんでしょう?」
      
      それはそうかもしれない、なんて、自分で思う。確かに名前を聞き出した時のやりとりが『面接』らしかった。
      
      「そうですよ」
      
      さらにもう一人、ルキナが声を上げる。
      
      「アイクさんは意外と優しくて、面倒見が良い方ですよ」
      
      ルキナは至極穏やかな微笑みで、リンクに言った。なぜだろうか、全然誉め言葉に聞こえない。
      けれどもこの笑顔に反論するのもまた非常に億劫である。
      リンクと顔を合わせる。無表情で互いに視線を交わし、確信する。
      こいつの意見が一番まともだ、今回に限っては。
      
      「まぁいいや」
      
      リンクは頭をかきながら、溜め息と一緒にいろいろ投げ捨て、やっとクラウドに言葉を向ける。
      
      「俺、名前言ったっけ?」
      「……いや」
      
      アイクの横で、クラウドは言葉少なに答えた。
      
      「俺はリンク。よろしくな」
      「……クラウド・ストライフだ」
      
      よろしく、とクラウドは小さく付け加えた。どちらも特にそれ以上の動作は見せなかった。
      
      「僕はシュルク。よろしくお願いします、クラウドさん」
      「ルキナと申します。お会いできて、光栄です」
      
      続けて挨拶をするシュルクとルキナに、クラウドは軽い会釈だけを返した。明るい2人と暗い彼が、対照的に見えた。
      
      「他に誰が行ったんだ?」
      
      リンクの問い、すぐに『迎え』のこととわかった。アイクは先のクラウドとの乱闘を思いだす。
      
      「ドンキー、リザードン、メタナイト、ソニック、ロックに、パックマン」
      
      乱闘に居た者の名を連ねてあげる。リンクが諳じ、シュルクとルキナも宙に思い描き、
      
      「……怪獣怪人大集合、だな」
      
      ぽつりと呟やかれた、リンクの言葉。シュルクとルキナも、頷きこそしないものの、否定する風も見せなかった。
      まったく、失礼なやつらだ。とりあえずメタナイトに謝れ。
      
      「でもクラウドさんがアイクに声をかけるのも、わかる気がしますね」
      
      シュルクがひとりごちる。まぁ、確かに、もし逆に自分がと思ってみると、あのメンバーであれば、自分も同じ人選をするような気がする。
      
      「こんなところにいきなり来て、適当にやってって言われても、普通は困るだろうし」
      
      困るのだろうか?そんな風に考えたことはなかった。
      
      「……ま、それもそうか」
      
      リンクも、何を思い直したか、シュルクに同調を示す。
      
      「ここって……」
      
      先の言葉を探しながら、リンクがゆっくり、動く。
      
      「何かと、アブナイもんな」
      
      一拍遅れてルキナも気付き、シュルクも気付く。ほぼ同時にアイクは、片手を上げた。後ろのクラウドに送る、簡単で一方的な合図。
      伝わるかもわからない、だがそれ以上の時間はなかった。
      
      
      風を切る音と煌めきの舞う音を散らしながら、それは現れる。
      刹那、息を合わせたように、皆が一斉に、それぞれの後方へと飛び退いた。
      空いた中央の空間、そこに、星が落ちる。
      ドンッ、という典型的な衝撃音が響き、フワッ、とこれまた典型的な白煙が巻き上がって、たちまち視界が薄靄に覆われた。
      アイクは、まず真っ先にリンクの気配を確認する。彼がこちらへ踏み込んではいないことを確かめて、それからクラウドを見やった。
      声一つ上げずに飛び退いた彼は、変わらず静かな様子だった。
      けれど、煙ごしにうっすら覗くその目の表情や、気の向け方から察するに、少しは戸惑っているらしい。
      アイクは、彼の戸惑いと同じだけ安堵を覚えた。
      煙が晴れる。
      既にシュルクのモナドは開かれていた。光の色は、緑。力は脚に宿っている。
      ルキナは剣を手に、来る攻撃に備えて構えている。
      そして、リンクは、既に道具を手にしていた。彼の選択はクローショットだ。狙いは……
      
      「くっ!?」
      
      シュルクが跳ぶのと、リンクが鉤を放つのが、ほぼ同時だった。放たれた鎖の先で、狙われたルキナが思わず息を詰める。
      終わった、この時点でアイクはそう判じた。
      掴まれたルキナは抵抗する術も持てず、リンクの腕へと引き寄せられる。
      見合う間も持たず、リンクは捕らえたルキナを、そいつの方へと放った。
      そいつ……カービィの、遠慮も疑いも何にもなく、ただただ大きくめいっぱいに開かれた、口の前へ。
      
      カービィが獲物を呑む音、能力を得る音、それらにシュルクがリンクの後ろへと降り立つ軽い足音が重なった。
      リンクが狙ってきたら背後を取って斬り返すつもりだったのだろう。けれどもその必要はもうないようだった。
      あっという間に呑まれて出されて、ルキナは心底がっかりした様子で膝をついた。対して
      
      「ルキナ、ありがとー」
      
      無事に日課を終えたカービィは、嬉しそうに仮面を陽にかざして、くるくると回った。
      
      「まったく……慣れてないヤツがいる前で、やめろよな、カービィ」
      
      リンクのいちゃもんにも、カービィが首をかしげる。
      いったい何がいけないのか、と言いたげなカービィの横、駆け寄ったシュルクと助け起こされたルキナが共に苦笑いを浮かべた。
      まったく、防戦に入るこいつらが普通だろうに、リンクはどうして他人を巻き込もうとするのやら。
      だが、こちら2人を端から対象外とした礼儀正しさは認めてやろう。
      
      「こんな感じだからさ、あんたも気を付けろよ」
      
      リンクはしれっと、クラウドに言った。あんな意味も脈絡もない攻防戦、何に気を付けろというのか。
      クラウドの方も、分かったのやら、分からないのやら、とにかく彼はリンクの言を受けて、小さく首を縦に動かした。
      
      「なぁアイク」
      「なんだ?」
      「もう少し、案内してやれよ、クラウドのこと」
      
      手にした道具を背に負い直しながら、リンクが言った。
      
      「見た感じ、だけどさ」
      
      リンクの視線がクラウドに向く。
      口調はこれまでと変わらないのに、その視線は、やけに鋭くクラウドを射た。リンクが時折見せる、奥深い直情の眼差し。
      
      「何にもわかんないままで好き勝手戦えるほど、単純な人間じゃなさそうだ、あんたは」
      
      クラウドが少し、圧された。
      リンクの言うことは、間違ってはいないようにアイクにも思えた。アイクがクラウドへ目を送ると、彼も見返してくる。
      どうやら彼も、案内されることに異論はないらしい。2人は言葉を持たずして同意をした。
      
      「それは構わんが」
      
      と、アイクはリンクへ目を戻す。
      
      「俺1人で、か?」
      
      ついさっき、『似合わない』と言われたところである。
      どうせ案内するならば、もう少し言葉が巧い者に付き合ってもらった方がいいように思えるが……
      
      「すいません」
      
      シュルクが謝る。
      
      「一緒に行きたいところなんだけど、まだ素材、集めきれてなくて」
      
      また何か作っている最中、ということか。
      
      「私も」
      
      続いてルキナが、申し訳なさそうな声を出す。
      
      「お父様と、約束が」
      
      そうか、また何か壊しにいく予定か。
      
      「……お前は?」
      
      カービィを跳ばして、リンクに水を向ける。するとリンクは、あっけらかんとした声で、
      
      「寝る」
      
      言い放った。そうか。寝るか。
      
      「今のうち、聞きたいことあるんなら、聞いとく」
      
      リンクは本当に眠たそうな眼で、クラウドに言った。クラウドは少しだけ顎を引くと、
      
      「ひとつだけ」
      
      襟に隠した口で呟く。シュルクが、ルキナが、カービィが、一様に顔を上げる。皆の視線の真ん中で、クラウドは静かに続けた。
      
      「ここが、変わった場所なのはよくわかった」
      
      温度のない声で言葉が紡がれる。
      
      「でも、わからない」
      
      伏し目がちに虚空を見つめながら、クラウドはこう、誰にともなく尋ねた。
      
      「俺はここで、何のために戦うべきなんだ」
      
      静かな言葉が、空に消えた。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      「あんまり、深く考えたことありませんでした」
      
      ルキナの言葉は、迷いに満ちていた。
      
      「そうですよね、人に剣を向けるのに、理由がいらないはず、ないんですよね」
      
      彼女の声が沈みがちになった。
      
      「ここでの戦い、理由はいくらでも見つけられると思うんです。自分のためとか、誰かを守るためとか、ただ勝ちたいから、とか」
      
      簡単な言葉が羅列された。どれも間違いではなかった。けれど、ルキナはまったく、納得できていないようだった。
      
      「どれが私にとって、皆にとって、本当の理由、なんでしょう」
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「ここが、俺達のいた世界、に、一番近い世界だ」
      「一番、近い」
      「城と戦場、俺やさっきのルキナはこういう世界から来た、ということだ」
      
      戦火の渦中の城壁の上、クラウドは目を落として、アイクたちの生きる戦場を眺めた。
      クラウドが何も言わないので、アイクも並んでその景色を見下ろす。
      荒れた大地と猛る炎に、命の息吹が渦巻いているこの世界。
      ルキナもこんなところで戦っていたのだろうか。こんなところで、父親と、仲間と、自分自身の未来のために、戦っていたのだろうか。
      そう言えば、リンクとシュルクは『戦争』というものに縁がないという。
      ここに来ても、城ばかり見ていて、外のこの光景など、見ることはない。
      (もしかしたら、本当に見えていないんじゃないか、そんなことすら思う)
      彼、クラウドの目には、どう映っているのだろうか。
      アイクは顔を上げて、クラウドを見やった。
      クラウドは、いつのまにか空を見上げていた。彼のじっと見つめる先には、鼠色の曇天広がっている。
      ……この空は、曇り空なのだろうか?それとも、戦火の煙が空に漂って青空を隠しているだけなのだろうか?
      今更浮かんだ疑問も、クラウドに語る機会は特に得られなかった。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      「ルキナ、笑ってよ!」
      
      カービィの言葉は、この世界と同じように、明るくて、わかりやすくて、何より平和だった。
      
      「楽しいんだよ」
      
      カービィの表情から、その言葉に一欠片の偽りも混じっていないことが、よくわかった。
      
      「みんなと一緒に『戦う』の、すっごく楽しいよ。みんなも、楽しいの。だから、いっぱい『戦う』の」
      
      ルキナの肩の上で、外した仮面を両手で抱えて、カービィは太陽のような笑顔でこう言った。
      
      「おいしいものもいっぱい食べられるしね!」
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「ここが、カービィのいた世界だ」
      「……平和そうだ」
      「そうだな」
      
      今日も明るい空の下で一人佇むウィスピーウッズに、アイクは目配せをする。
      
      「だが、平和なだけの世界じゃない」
      
      たまたま機嫌が良かったのだろう。ウィスピーウッズは、たわわな枝をぶるると揺らして、リンゴを2つ、落としてくれた。
      邪魔さえしなければ、気の良い木だ。
      
      「あいつ、カービィも、ただ能天気なだけのヤツじゃない」
      
      アイクはウィスピーウッズに軽い感謝を表情で送り、リンゴを拾い上げると、硬さを確認してからクラウドに1つ渡す。
      
      「カービィは、この世界で戦っているのか」
      
      クラウドは受け取ったリンゴを手の内で回しながら、そう尋ねた。アイクはリンゴをかじってから頷く。
      
      「あいつにとっては、何ともないことなのかもしれない」
      「何ともない?」
      
      クラウドが視線を上げた。アイクはリンゴを咀嚼して、飲み込んで、
      
      「全部おんなじことなんだろう」
      
      欠けたリンゴを眺めながら、こう続ける。
      
      「あいつは手を抜かない。戦うこと、食べること、寝ること、遊ぶこと……」
      
      そう、全部おんなじだ、あいつにとっては。アイクはリンゴの艶やかな赤色を見つめながら、言った。
      
      「加減というものを知らない」
      「……はた迷惑、だな」
      
      クラウドの口から、ポツリと呟かれる。アイクが目をやると、クラウドはやっぱり無表情のまま、リンゴをかじった。
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      「あはは、カービィらしいね」
      
      シュルクの言葉は、爽やかだった。乾いている、とも言えた。
      
      「僕も、カービィと同じなのかもしれない」
      
      カービィとルキナに向けていた笑みを、アイクとクラウドの前では少し沈ませた。
      
      「ここでの戦い、僕にとっては、研究と同じなんだと思う。戦いのこと、皆のこと、この世界のこと……ちゃんと知るには、僕も戦うしかない」
      
      シュルクの手に微かな力が入り、背中でモナドが揺れた。
      
      「戦う理由があるとすれば、『知りたいから』なんだと思うな、僕の場合は」
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「広いな」
      
      クラウドの第一声がそれだった。たしかに、ここは広い。いつ見ても。
      
      「ここが、ガウル平原。シュルクはこの世界から来ている」
      「……あれは?」
      
      言われて、クラウドの目線を追う。
      
      「あぁ、あれは『機神』というらしい」
      「『キシン』」
      「こっちが、俺達が立っているのが『巨神』だそうだ」
      
      それ以上、特に言えることは見つからなかった。クラウドの方も、それ以上聞くことが見つからなかったのか、特に続きは求めてこなかった。
      平原を穏やかな風が駆けて行く。風はアイクの髪を撫で、また同じようにクラウドの髪を揺らした。淡い金色が、空に柔らかい光を返した。
      
      「夜が来るのか」
      
      クラウドが聞いてくる。言われてアイクは空を見上げた。陽はまだ明るい、だが傾きかけている。
      
      「あぁ」
      
      アイクはクラウドに答える。
      
      「ここは夜になると、でかいのが現れる」
      「でかいの」
      「黒い顔つきと呼ばれる、機神兵だ」
      
      再び出てきた『機神』の言葉に、クラウドは世界の奥に佇む神を見やった。あれとあいつの関連性、実はアイクもよく知らない。
      アイクはとりあえず伝えるべきを口にする。
      
      「とにかくでかくて気が荒い。それに、よく喋る。初めのうちは気を付けた方がいい」
      「……慣れたら?」
      「好きなだけ殴ってかまわない、とシュルクは言っていた」
      
      シュルクの名に、その顔を思い出したか、クラウドは意外そうに眉を上げた。アイクはふと口元を緩めて、
      
      「あいつは、見た目通りの優男なんかじゃないぞ」
      
      そう伝えた。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
        
      
      
      
      「ここは?」
      
      今度はアイクが尋ねる番だった。
      
      「魔晄で栄える都市、ミッドガル」
      「魔晄?」
      「あそこにあるのが、魔晄炉だ」
      
      クラウドの指す方を見る。大きな建造物がいくつか並んでいるのが見えた。
      アイクにはどれがそうなのか、どれもそうなのか、いまいち区別はつかなかった。クラウドは構わず続ける。
      
      「あれで吸い上げるエネルギーが魔晄。それを使って、この街は発展した」
      「吸い上げる……どこから?」
      「……星から」
      
      星から?疑問に思って、アイクは空を見上げた。空は都市の放つ光に照らされていて、星はひとつも見えなかった。
      
      「リンク、っていったな」
      
      クラウドに言われてアイクは顔を彼に戻した。それがどうしたと目で返す。
      
      「この世界には、戦いしかないと言っていた」
      
      クラウドは視線を遠くへやった。
      
      「ここでの戦いに意味なんかないし、理由も必要ない。そう、言っていた」
      
      そんなことを言っていただろうか。そこまで乱暴な物言いでもなかったはずだが。まぁ、あいつも口が立つ方ではない。
      
      「本当に、そうなのか?」
      
      初めて聞く、彼のはっきりとした問い。アイクもはっきりと答えた。
      
      「あいつの言うことは間違っていない」
      
      リンクの言い分はこの世界の真実ではあった。アイクもそれはわかっていた。
      
      「だが、それだけじゃないのも、たしかだ」
      
      この世界が戦いありきの世界であることは、きっと、誰もが受け入れている事実である。
      けれども、その事実に対して未だ悩んだり、足掻いたりしている者たちがいて、それもまた、間違ったことなんかじゃないと思う。
      
      「あいつは慣れてしまっているだけだ」
      「慣れている?」
      「理不尽を受け入れることに、あいつは慣れている」
      
      リンクはここでも、運命とか、理とかいったものの全てを受け入れている。だからまっすぐに事実を彼に伝えた。
      ……本当は、誰よりも解放を望んでいるくせに。
      誰よりも、理由を求めているくせに。
      クラウドはしばし黙して、
      
      「そんな風には、見えないな」
      
      そう呟いた。
      アイクは思わずふと笑いを漏らした。
      だがすぐに、アイクはその笑みを沈める。
      
      「ここが、新しい戦いの地か」
      
      低く重みのある声が、アイクとクラウドへ届いた。2人がそちらへ顔を向ける。現れたその男は、暗い目線を返してきた。
      
      「そして貴様が、新しい参戦者、か」
      
      やってきたのはガノンドロフだった。そしてもう1人、共に現れたのは白き体躯のポケモン、ミュウツー。
      
      「ほぅ……」
      
      ミュウツーが、何やら興味深そうに、細めた目でクラウドを眺める。
      クラウドが反射的に睨み返すも、ミュウツーはむしろ愉悦する。スッと姿を消すと、驚く間も与えず、クラウドの正面へと降り立った。
      じっと目の前の顔を見詰める。クラウドの両の青い瞳をまじまじと覗き込み、そして、こう言った。
      
      「……人形の目だな」
      
      クラウドが、僅かに表情を変えた。
      
      「なるほど……傀儡向きか」
      
      ガノンドロフもにやりと気味の悪い笑みを浮かべる。アイクには何の話だか、さっぱりわからない。ガノンドロフが独りで悦に入る。
      
      「使役されたポケモンの恨み、人間を使役することで晴らすか、ミュウツーよ」
      
      言われて、ミュウツーも薄ら笑いを浮かべた。
      
      「なかなか面白いことを言うな」
      
      笑みで歪んだ紫色の瞳は、クラウドの青い瞳をしかと捕まえている。
      
      「それも、悪くない」
      
      ミュウツーの口元が引き上がり、クラウドが静かに奥歯を噛んだ。
      アイクには、いったい何のことなのやら想像もできない。
      ただ、
      
      ギンッ
      
      無性に腹が立った。
      なので、一歩ミュウツーの前へ出て行って、そいつとクラウドとの間の地面に、思いっきり、ラグネルを突き立ててやった。
      遠慮など必要あるまい。ミュウツーが喉の奥から滲むような笑い声を出した。
      
      「ずいぶん不服そうだな、アイク」
      「復讐なら勝手にやれ」
      
      アイクは腕を組んで、眼下のミュウツーを睨みつける。
      
      「だが、俺の前でやるな」
      「勝手はオマエの方であろう」
      
      ミュウツーは笑い混じりにそう返すと、再び音もなく姿を消す。一瞬で離れた所に移動をして、
      
      「ワタシの復讐、いつどこで成すも、ワタシの自由だ」
      
      呪いのような言葉と共に、殺気に似た闘気を放ち、その両手に力を貯めた。
      アイクは剣を地から抜き、黙って構える。それからガノンドロフに目を向けた。
      
      「あんたはどうする」
      
      低く問いかけると、そいつもまた暗い目で笑った。
      
      「貴様らの不様な姿、見ているだけでは物足りん」
      
      ガノンドロフは右の拳を眼前まで持ち上げ、グッと力を込める。彼の持つ聖痕が淡く光って、たちまち吹き出した闇に呑みこまれた。
      
      「相手をしてやろう」
      
      ガノンドロフの口元から歯が覗いた。アイクの剣を握る指にも力がこもった。
      相手2人を睨みながら、アイクはクラウドへと気をやる。
      彼はどうするか。まだ、無理に乱闘させるつもりはない。待たせておくか、先に行かせるか……
      
      「アイク」
      
      アイクが言葉を選ぶ前に、クラウドが名を呼んだ。目を向ければ、彼はまた感情の見えない顔を、真っ直ぐ前へと向けている。
      
      「あんたは、なんで戦ってるんだ?」
      
      聞かれて、アイクも剣を手に、前を向いたままで答えた。
      
      「俺は、戦いが好きなんだと思う」
      
      アイクは正直に答えた。
      戦いが与える緊張感、高揚感、そういったものは、無条件にアイクの内の物を猛らせる。
      その感覚に、アイクは自分が好意を持っていると、自覚していた。
      
      「他にも理由はいろいろ付けられる。だが、今の俺に相応しいと思える理由はそれだけだ」
      
      好きだから戦う。戦いたいから戦う。なんとも単純でわかりやすい。単純すぎて、否定しようがなかった。否定、したくても。
      
      「俺はそれだけで、終わりたくはない」
      
      そんな下らない理由のみでこの剣を握っているなんて、納得はできなかった。
      それが事実であっても、いや、事実だからこそ、抗うべきだと思っている。
      
      「戦う理由を求めて、戦うのか」
      
      クラウドに言われる。その言葉は、今の己にはとてもしっくりときた。
      
      「おかしいと思うか?」
      「いや……」
      
      クラウドは言いながら、背中へ手を回した。
      負った大剣の柄に手を掛け、一気に前へと降り下ろす。重い鋼に、風が唸った。
      彼が刹那に放った闘志、ミュウツーが瞼を持ち上げ、ガノンドロフが鼻を鳴らした。
      
      「……まとも、だと思う」
      
      そいつらの挙動などに気も掛けず、
      
      「あんたはまともだ、アイク。少なくとも、奴らよりは」
      
      クラウドはアイクにそう返した。アイクはふと笑って、尋ねてみる。
      
      「あいつらにも聞いてみるか?」
      
      クラウドは、自分の剣先でなおもこちらを嘲笑い続けている奴らを見据えると、
      
      「興味ないね」
      
      そう言って、自分の顔にも笑いを浮かべた。
      もう、心配など無用のようだ。
      
      「アイク」
      「ん?」
      「マテリア……赤い珠は、出たら確保した方がいい」
      
      赤い珠、そう聞いて、初めの乱闘で見たものを思い出す。使うと獣が現れた、あの宝玉のことか。
      だが、ミュウツーが「ほぅ」と目を細める。どうやら読まれてしまったらしい。
      
      「マテリア、これのことか」
      
      気づけばそこにミュウツーの姿はなく、ガノンドロフのずっと後方で、赤い光を握っていた。
      クラウドは小さく舌打ちをするのみで、動きはしなかった。もう手遅れ、なのだろう。
      宝玉が光り、力が解放される。獣が現れた。前に見たのとは違う、鋼色の獣。
      6枚の細い翼と長く伸びる尾、身体全体を覆う鱗、その姿は、まさに竜のそれ。
      
      「バハムート……零式か」
      「クラウド、あれは何なんだ?」
      「最強の幻獣。無属性、防御は効かない」
      
      それっきり、口をつぐむ。他に言うことは特になさそうだ。
      
      「強いのはわかった」
      
      アイクはにやりと笑う。相手が強ければ強いほど、状況が悪ければ悪いほど、アイクの心は沸いた。この性分、やはり治せそうにはない。
      
      「ガノンドロフは力が全て、ミュウツーは妙な術を使う、どっちも強いぞ」
      「わかった」
      
      短い答えと共に、クラウドの剣が鳴いた。
      バハムートが動く。空高く舞い上がって、その姿をくらませる。それを合図に、四者は四様に、地を蹴り、戦いへと身を踊らせた。
      
      
      
      
      



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