「いいよな」
神殿の上から舞い降りて来たピットに向け、リンクが言葉を漏らす。
「は?」
地に降り立ったピットは、
唐突なリンクの言葉に眉をひそめた。
「何が?」
「空を飛べるってことが」
言いながら、
リンクは手に持っていた剣を鞘に収める。
「・・・大して飛べない」
「そんなことないだろ?」
「あるよ、おおいに」
ピットも、神弓をしまう。
つい先程まで2人は組み手をしていた。
半分遊びで、半分本気で。
リンクは手持ちの道具、そして剣を使いわけ、
ピットは自身の羽根を活かして、それらをかわす。
どちらも、勝負になるだけの熟練度と、
まだまだ磨く余地のある技術を持っていて、
お互いに意義ある手合わせができた。
「背中に羽があるってだけで、十分羨ましい」
「リンクにわかるもんか」
「ピットにだってわからないさ」
「わかるよ。所詮、ないものねだりだろ?」
「まぁ、そうなんだけど。
・・・でも人間なら誰しも、
鳥を眺めて飛んでみたいと思うもんだよ」
「欲深いよね、ホント」
「かもね」
二人がそんな話をしているところ・・・
「マーナッ!」
『!』
聞こえた声に振り向くと
そこに、1匹のポケモンが、いた。
「うわ、コイツ・・・」
「お、珍しいじゃん!名前忘れたけど」
水色の小さな体に、黄色いまつげのような模様、
そして頭には2本の長い触手。
珍しくて、かわいらしいそのポケモン。
・・・だが、
「あれ?なんか・・・」
リンクが気付いた。
「・・・怒ってる?」
思ったもつかの間、
「マァーーナッ!」
なんだか宙に浮くような感覚に襲われ、
一瞬、意識が飛ぶ。
そして目を開けた次の瞬間、
景色は変わっていた。
ほんの少しだけ。
だが、全く違う景色。
リンクの視界に、リンクの姿が映り、
ピットの視界にはピットが映る。
『・・・』
「マナッ!」
唖然と佇む二人をそのままに、
そのポケモンは微かな光塵を残して、消えてしまった。
「やられた」
ピットは、『自分』の手、足を眺める。
腕には篭手、足はブーツ。
それらは確かにリンクの物でありながら、
自分の動かすべき物であった。
「ハートスワップ、か・・・。
ピット、いつの間にモンスターボールなんか取った?」
リンクも自身の姿を確認しながら、ピットに問う。
「リンクだろ?」
「え?」
二人は顔を見合わせる。
「・・・
じゃあ、アイツどこから・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・
・・・
・・・ま、」
「いっか」
「そのうち戻るんだし」
あっさりとしたものだ。
リンクは、改めて自分の手足を見て、
そして
背中の軽く羽根を羽ばたかせる。
「・・・」
「な、なんだよ、
ボクの顔で変な笑いするなよな」
「ピット」
「なに?」
「ちょっと、借りるね」
「・・・え」
ピットが『借りる』の意味を捉え、抗議する前に、
リンクは崖っぷちに走り寄る。
「うっわ、体軽ーぃ」
「ちょっと待ッ・・・」
「だいじょーぶ、ほどほどにしとくから」
肩越しにピットへと視線を送る。
翼からのぞく、楽しそうな顔。
リンクはそのまま
まるで身を投げるように、空へと飛び出した。
「リンクッ!」
ピットはとっさに一歩踏み出すが、
間に合うとも思えず、
それ以上動かなかった。
「・・・もう」
かわりにため息を一つ。
静かになった天界に1人残されたピット。
「重いんだけど」
自分に託されたリンクの体、そして・・・
「コイツ、物持ちすぎだ」
背負った剣と盾。
それだけでも十分だが、さらに色々なものを持っているはずだ。
普段自分が持っているものとは、比べ物にならない重み。
「・・・」
自分がいかに恵まれていたか。
こんな風に知るとは思ってもいなかったわけで。
「・・・
バクダンとか、捨てたら怒るよな・・・さすがに」
今ならまだ、投げたら当たるかな?
ふとそんな考えが頭をよぎった。
「甘かった・・・」
何度目だろうか。
リンクは、またも空中にいた。
始めはただ翼という道具に浮かれ、使うだけで面白いものだったが、
思ったほど天使の翼という物は自由じゃなくて。
それでも
身体はすぐに馴染み、
空を舞って地に降り立つ、一連の動作はすぐに身についた。
しかしそうなると、ただ滑空するのも飽きる。
「イカロスの翼の使い方くらい聞けばよかったな」
目下に見えてくる地面。
「・・・お、誰かいる」
近づくにつれ、
それがアイクであることがわかる。
(・・・)
ふと思う。
ちょっとくらいならからかってもいいかな、と。
自分がピットの体を借りているなんて、
言わなければわからないことだ。
徐々に近付く、地面、そしてアイク。
「アイクーっ!」
空からかかる声。
アイクはすぐに気付き、振り向いた。
「ピット・・・・・・!」
「うわっ・・・と」
調子に乗って、
着地地点を計り損ねたリンク。
危うく、アイクにぶつかりそうになるも、
なんとか羽を羽ばたかせ、
その一歩手前で踏み止まった。
「ゴメンっ!」
「・・・大丈夫か?」
「う、うん、平気・・・」
答えながら、リンクはこっそり確かめる。
怪我なんてしたらピットに何を言われるかわからない。
(・・・大丈夫・・・か)
特に問題なさそうだ。
一息ついて、アイクの顔を見る。
相変わらずの仏頂面・・・
だが、
なんだか少し、心配されているように見える。
いつも自分に向けられるのとは、ちょっと違う、その視線。
(・・・そうだよな、ピット、なんだよな)
「飛ぶ練習でもしてたのか?」
「ま、まぁ・・・そんなとこ」
「・・・あまり無茶はしない方がいい」
「わ、わかってるよ、それくらい」
自分でも声が上擦っているとわかる。
アイクの目が、
なんだか不思議そうにこちらを見ているような気がする。
(な、なんだ!?この違和感・・・)
ちょっとピットの振りを交えているだけで、
いつもと同じように話をしているつもりなのに
アイクの視線がいつもと全く違う。
もちろんアイクはそんな意識していないだろうが。
「・・・どうした?」
「な、なんでもないっ!」
「?・・・もしかして怪我でもしたか?」
「それはダイジョブだから!ホントに!」
「ならいいんだが・・・」
なんか、話題、なにかないか。
リンクが切り出そうとした・・・
その時
「マナッ!」
「・・・え!?」
つい先程聞いた鳴き声。
それと同じものを再び耳にする。
「またッ!?」
「?」
ついつい上がる声、アイクが疑問を投げかけようとするも、
遅かった。
(なんで・・・っ!?)
再び飛ぶ意識。
気付けば
またも、心と体が入れ替わっている。
視界に映るピットの姿。
それまで持っていたはずの剣を無意識に探しているようだ。
もちろんのこと、
リンクの手にはしっかりと大剣ラグネルが握られている。
「アイクッ!!ピット!!」
「!」
そこへ、
駈けてくる2人の影。
1つはポケモントレーナー、
そしてもう1つはゼニガメ。
・・・2人ともだいぶ慌てた様子だ。
アイクとピットの姿を見つけ、
「マナフィを・・・」
トレーナーが声をあげようとするも
「マナ!」
マナフィは、
またも光塵を散らして去ってしまった。
「駄目か・・・」
追っていたマナフィが消えてしまい、
息を切らしながら、2人のもとへ歩み寄るポケモントレーナー。
ゼニガメも疲れきった様子で後に続く。
「なにか、あったのか?」
ピットの姿のアイクが尋ねる。
ポケモントレーナーとゼニガメは、
二人の前まで来てようやく足を止め、
肩で息を整えながら、
お互い、顔を見合わせた。
「それが・・・」
「あ〜〜〜ヤダっ!」
ピットが歩きながら声を上げる。
「重い!疲れる!飛びたい!!」
いったい何度言っただろう。
1人で文句を言いながら、
ピットは、リンクの重たい装備を抱え、
早くこの状態が戻らないかと思っていた。
「こいつゼッタイ他にも武器隠してるぞ。
そうじゃなきゃこんな重くなるはずない!
そうだ、今度試しに持ち物ぜーんぶ並べさせて・・・
・・・あれ?」
ふと、足を止めた。
「なんだろう?」
数歩近づいてみる。
道端の一本の木。
その木陰にポケモンがいた。
リザードンと、フシギソウ。
2匹そろって木の根元を見ているようなのだが・・・
「・・・トレーナーが、いない?」
いつもなら彼らには必ず付き添っているはずの
ポケモントレーナーの姿がない。
「・・・」
何かがおかしい気がした。
「ねぇ!どうしたの!」
声をかけると、2匹はこちらに気づいたようだ。
ピットが駆け寄る。その背中で剣と盾が音をたてる。
・・・と、
フシギソウがピットに向かい、自分のツルを口にやる仕草を見せた。
「・・・静かに?」
「ソゥ・・・」
フシギソウが、木の根っこへと目を戻す。
言われたとおり音を立てないように
ピットはそっと彼らの見ているものをのぞきこんだ。
「・・・フォックス?」
そこにはフォックスが、
木の幹を背もたれにして寝ていた。
・・・寝かされていた。
「どうかしたの?フォックス」
「・・・」
「・・・」
説明する言葉を持たぬ2匹は、
ただ、眠り続ける彼を見守っていた。
「・・・・・・ピットじゃなかったのか・・・」
「ごめんアイク」
ピットに向かって謝る、アイクの姿のリンク。
「べつに何を考えていたわけでもないんだけど」
「いや・・・それは構わないが・・・」
アイクは、一同を見やった。
「いったい何がどうなっているんだ?」
リンクが自分の姿で、
自分はピットの姿。
そして
「・・・フォックスなんだな?」
「ああ・・・」
アイクの言葉を肯定する、ポケモントレーナー。
彼の話によると、
ポケモントレーナーとその3匹の仲間、
彼らとフォックスが立ち話をしているところ、
突然マナフィが現われたらしい。
やはり、不機嫌な様子で唐突にハートスワップを放ち、
いなくなってしまおうというところを追いかけて来たようだ。
「でもフォックスの体はどこに?」
「それが・・・ゼニガメに行ったみたいなんだ」
「・・・じゃ、もしかして、このゼニガメが?」
「そうなんだ」
「ゼニィ〜」
苦笑いを浮かべるゼニガメ。
どうやら、彼がポケモントレーナーであるらしい。
言われてみれば、
確かにその表情やら仕草やらは、
ポケモンよりは人間のそれに近いように思えた。
・・・言われてみれば。
「・・・大変だな、それは」
アイクの言葉に頷くゼニガメ。
「あ、でも、
意外に面白いんじゃない?」
軽く響く、アイクの声、リンクの言葉。
「ポケモンの視点、そう体験できないよ。
いつもゼニガメ達が何見てるか、わかるかも」
「・・・ゼニィ」
なるほど、と思わず息を漏らす。
「・・・ポジティブ・シンキング、だな」
「なんのことだ?」
「前向き思考ってことさ」
アイクの疑問にフォックスが付け足す。
「動かないことには始まらないか」
あごに手をやり、頭を働かせ始めるフォックス。
「・・・とりあえず、マナフィを確保しないと・・・」
「捕まえてどうする?」
と、アイク。
「どうしてあいつが、こんな事をしているのか。
それが解らないことには事態は収まらないんじゃないか?」
彼のもっともな意見、
4人は揃って言葉を失くした。
「・・・あいつはボールに戻せるのか?」
フォックスの問いに、ゼニガメが残念そうに首を振る。
「他になにか・・・」
「・・・ゼニ」
と、フォックスに言葉の代わりに視線を送る。
何か言いたげな視線。
「・・・何か、方法が?」
「ゼニィ・・・」
「・・・策がないのは誰も同じことだ。
探してみてくれるか?」
「・・・ゼニッ!」
笑ってうなずくゼニガメ、彼を見て、フォックスも笑った。
そして
「えー・・・と、」
少しだけ悩んで視線を泳がせ、
「リンク」
アイクの姿のリンクに呼びかける。
「ん?」
「彼と一緒に、とりあえずマナフィを探してくれ」
「わかった」
指示を受け、ゼニガメと頷き合う。
さらにフォックスは
ピットの姿のアイクへ顔を向けた。
「アイクは俺と来てくれるか?」
「わかった」
「2人はなにを?」
「グレートフォックスに戻って、あいつの居場所を特定する。
4人でただ闇雲に探すよりはいいだろう。
他にも、何かわかったら知らせる」
「りょーかい!」
リンクは答えて、
「じゃ、行こっか」
ゼニガメを連れ、歩き出すリンク。
・・・だが、
ふと立ち止まる。
「・・・どうした?」
「これ・・・」
と、
アイクに目をやり、
左手に握った大剣をあげる。
「持ってなきゃダメ?」
「どうするつもりだ」
「いや・・・なんか・・・ジャマだな、とか」
「・・・」
「・・・」
ヘラッと笑ったアイクの顔を、ピットが無言でにらむ。
・・・どうしても上目使いになってしまうが、
その厳しさはたしかにアイクの視線だった。
「なにが起こってるっていうんだ・・・」
ピットは重い体を引きずりながら
各地を見て回っていた。
「みんな・・・バラバラじゃないか」
いつも以上に、色々な光景に出会った。
ワリオの姿のディディーは、楽しそうにバイクを乗り回していた。
「遊べるうちに遊んじゃおーっ!」
デデデの姿のソニックは、ハンマーに興味を持ったようだ。
「Wow!いーマシン使ってるじゃねぇか、おもしれー」
スネークの姿のルカリオは、なんだか妙に落ち着いて見えた。
「・・・・・・なぜ、箱なんだ・・・」
ネスとリュカは、入れ替わってもなお、二人並んで座っていた。
「そのうち戻るし・・・あんま変わりないような」
「・・・リンクなのか?」
「ピットだよ」
聞かれて素直に答える。
いるのは、キャプテン・オリマーの姿の、メタナイト。
「どうなっているのだ?」
「何が?」
「あのポケモンは何を考えている?」
「・・・遊びまわってるだけさ、きっと」
「それだけならいいんだが・・・」
「なんだよ、気になることでもあるの?」
「・・・なぜ、元に戻らん?」
「・・・」
皆がマナフィの技を受けてから、
もうとっくに、数回乱闘が終わってもいいだけの時が経っていた。
「なんでてめぇがいるんだよ」
「だって〜」
「ああぁーっ!気色悪ぃ!!」
グレートフォックスの艦内に響く、いかにも不機嫌そうな声。
それはたしかに
フォックス達がこれから入らんとしている1室からであった。
「?」
アイクは少し耳を疑った。
聞こえてくる声は、
どちらも明らかに女性のものだ。
「・・・嫌な予感がする・・・」
すでに頭を抱えているフォックス。
「ここなのだろう?」
「・・・あぁ」
大きく溜め息をつき、
そして意を決して、フォックスは扉の前へと進み出た。
機械音と共に、部屋の扉が開く。
「なんでてめぇはそう平気な顔してられんだ」
「平気なわけないじゃないか。
これでも困っているんだよ?だから君達の所に来たわけで」
「うそつけッ!!!」
「本当さ。
ただ、慌てふためく意味は見いだせないから平常心を保っているだけさ」
解りきっていたことだが、
室内にいたのは姫二人。
テーブルについて、一人お茶を嗜むピーチ姫は、
それは優雅な面持ちで、
少しだけ邪魔な長い金髪を指に絡めてみたりしている。
対するゼルダ姫はというと・・・
足を組み、背もたれに片手を掛ける形で、
椅子にもたれ掛かっている。
「アァ?」
部屋に入って来た、ピットとポケモントレーナーの姿を捕らえ、
「・・・てめぇらはなんの用だ?
フォックスならいねぇぞ」
細くて華奢な姫の姿、
口から発せられる高く凛とした声、
だが
その姿勢や言葉にはまったく『姫』の面影なし。
「・・・リンクが見たら、泣くぞ・・・・・・ファルコ」
「まったくだね」
「あんたはピーチ姫本人に怒られそうだ、マルス『先輩』」
「なんだか可愛いらしい集まりね」
「見た目だけはね」
トレーを片手に部屋へと入って来たクリスタル。
彼女の言葉に、マルスがピーチの声で一言返す。
「残念ながら中身はいい歳の男どもばかり」
言って、部屋の奥を見やる。
そこにはスリッピー、
そしてポケモントレーナーの姿のフォックスが、
なにやら小さなモニターを覗き込んでいる。
「あら、意外に似合ってると思うわよ」
言いながら、クリスタルは
マルスの横に腕を組んで佇むアイクの前へカップを差し出した。
思ってもいなかったもてなしに、アイクが顔を上げる。
クリスタルと、目が合った。
「座ったら?」
「・・・あ、ありがとう」
アイクがカップを受け取ると、
彼女は微笑んで、
トレーの上のもう一つのカップをフォックスへと運ぶ。
・・・
ラグズだって、普段はベオクに近い外見をしている。
だが
彼等は確かに狐だ。
さらに、彼女は毛並みが青い。透き通るように青い。
たしかに狐だというのに、
アイクの目から見ても、彼女は美人だと思った。
「どうかしたかい?」
「・・・いや」
マルスは言葉を返さなかったが
その笑みには、全て見透かされているような気がした。
「座らないの?」
「・・・」
再度勧められられるも、
やはり座ろうとしないアイク。
「・・・羽根をどうしていいか、わからない」
「・・・それは僕にもなんとも言えないな」
アイクは受け取ったカップに口をつけた。
「マルス」
と、
2人のほうへと顔を向けるフォックス。
手にはクリスタルの淹れたお茶のカップ。
「お前、マスターのところ行ったか?」
「行ったよ、もちろん」
マルスのしれっとした答えに、
やっぱりな、と息をつく。
「・・・何か、言ってたか?」
「必要な処置は既に取ったから、あとは自力でどうにかしろと」
「処置?いったいなにを?」
「技の効力の延長さ」
言って、お茶をすするマルス。
「ハートスワップによる僕等の状態異常、
いつもどおり短時間で元に戻っても、
マナフィがいる限り、また掛けられる可能性が高い。
そうなると、
精神の入れ替えが何度も繰り返されることになる。
連続される精神交換、
それに耐えられるほど僕等の精神というのは強くないらしいよ、
マスターが言うには」
マルスの話に、小さくうなずき、先を促すフォックス。
隣のアイクがまだいまいち理解しきっていないのを横目に、
マルスは先を続けた。
「だから、
一時的に状態異常の回復という事象をなくす。
そうすれば・・・」
「・・・事象の発生は半分になる」
「そういうこと」
フォックスの言葉を肯定するマルス。
「あの人らしい予防策だな」
「け、めんどくせぇ・・・」
部屋の奥から聞こえるぼやき。
「あのヤロウが全部リセットしちまえばいいだけの話じゃねぇか」
長椅子に陣取ったファルコが
自分の、白くて細い指先を持て余しながら言う。
「たしかに・・・」
「でもそれは、『ここ』の本義に反する選択。
そうでしょ?」
「・・・かもな」
フォックスはマルスに答えながら、手元のカップの中を見やった。
「フォックス!みんなの位置出たよ〜!」
と、スリッピーの声が上がる。
フォックスはカップを置き、彼の横から再びモニターを覗き込んだ。
「なんかゴチャゴチャで解析に手間取っちゃったよ」
「どれが誰だか、さっぱりだな」
「みんな入れ代わっちゃってるからね〜。
これがマナフィだよ」
「行ってみるか・・・」
「もう一人、気になる反応があるんだけど」
「どれだ?」
「これ。
カービィだと思うんだけど・・・
いつもと違うコピー能力を持っているみたいなんだ」
「・・・」
画面を眺めて、少し考え込むフォックス。
「カービィか・・・」
「フォックス、その腕に付けた機械貸して」
「え?」
スリッピーの言葉に、とっさに自分の腕を見る。
ポケモントレーナーの腕につけられた、デジタル式の時計。
「この時計か?」
「ただの時計じゃないよ、それ」
訝りながらも、フォックスは腕時計を外し、スリッピーに渡す。
受け取ったスリッピーは、
時計についたいくつかのボタンをいじり
「・・・やっぱりね〜」
と笑みを浮かべる。
「これにマナフィの位置情報、コピーするよ」
「そんなことできるのか?」
「まかせといて!」
「でもあんまりいじるのは・・・」
「大丈夫!
もともとこれに付いてるポケモンのサーチ機能を
『ここ』用にカスタマイズするだけだから」
「・・・元に戻せるようにはしておけよ」
「オッケ〜」
言うや否や、スリッピーは作業を始める。
「アイク」
「?」
「マナフィはジャングルの滝にいるみたいだ。
行ってくれるか?俺はカービィをあたってみる」
「わかった」
「はい、フォックス」
スリッピーが先ほどの機械を差し出す。
見た目は何も変わっていない。
「早いな」
「スゴイだろ?」
「あぁ、ありがとう、スリッピー」
腕時計を再び身につけ、動作の確認をする。
「何か手伝えること、あるかしら?」
「ありがとう、クリスタル。大丈夫だ。
・・・あー・・・ファルコが
あの姿でアーウィンに乗らないよう見ててくれ」
フォックスが目をやると、ファルコはふて腐れた顔でそっぽを向いた。
姿が変わっても変わらない二人の様子、
クリスタルはクスッと笑った。
「わかったわ。・・・気をつけてね、フォックス」
「あぁ。
・・・マルスも、おとなしくしててくれよ」
「だいじょうぶだよ」
部屋からでていく2人。
扉が開いて、閉まった。
「・・・お前は行かねぇのかよ、マルス」
不機嫌なままで、ファルコが呟く。
「必要ないでしょ」
「アイツに全部任せて、高みの見物か?」
「見物もしてないさ」
「ハッ、偉くなったもんだな」
「そうだね。
・・・クリスタル、お茶のおかわりを頂いてもかまわないかな?」
「見つけた」
「ゼニ」
ちょうどそのころ
リンク達はジャングルにいた。
目の前を流れる大きな滝が、轟々と音を立てている。
左手に大剣を携えたリンク。
甲羅を背負ったポケモントレーナー。
2人の前には
マナフィがいた。
いまだ、その表情は険しく、
こちらを睨みつけている。
「・・・さぁて、どうする?」
見つけても、どうしていいかわからないでいるリンク、
ポケモントレーナーは真剣な表情で、マナフィを見据えた。
「コイツら・・・」
ピットは1人、大きなため息をついた。
「お気楽そうで羨ましいかも」
彼の前、
カービィとピカチュウ
2人がそろって、とても気持ちよさそうな寝息を立てている。
「なんか、走り回ってる僕がバカみたいじゃないか」
一瞬、叩き起こしてしまおうかとも思った。
だがしかし、
今はこの2人が本当にピカチュウとカービィなのかもわからない。
「・・・」
どうしたものか。
ピットが悩んでいると・・・
「こういうのはな」
と、
横から1人、現われる。
「え?」
ピットが見たその姿はポケモントレーナーの物。
「こうしてやればいいんだ」
現われた彼は、
手に持っていたクッキーを、放った。
寝ている二人の頭上に。
・・・途端、
ピカチュウが跳び上がり、その口先で見事にキャッチ。
『・・・』
目すら開けてもいないピカチュウ。
そのままクッキーを頬張りつつ、再び寝に入る。
「・・・ほらな」
「うん、すごいよくわかった」
こくこくと、うなずくピット。
「リンクの格好ってことは、・・・ピットか?」
「え?わかるの?ってか、ダレ?」
「フォックスだ。
お前の姿のリンクに会ったよ」
「アイツ!ボクの体で変なことしてないよねッ!?」
「変なことって・・・
あぁ、今はアイクが使ってるから・・・」
「アイクが?」
「どっちにしろ大丈夫だとは思うがな」
言って、
「カービィ」
フォックスがピカチュウに話しかける。
返事はない。
「カービィ!」
少し語尾を荒げて呼んでやると、
ピカチュウの姿のカービィが、ほんの少しだけ、動いた。
「・・・ん〜〜なぁにぃ・・・フォックス・・・」
微かに上がる、眠そうな声。
ピカチュウなのに言葉を発し、人の顔も見ずに名を呼んでみせる。
「ピカチュウがしゃべったッ!?」
「・・・器用なやつだよ、ホント。勘もいいし」
「あれ・・・フォックス・・・
・・・・・・どうかした〜?」
「『どうかした』じゃない」
やっと起きそうな気配を見せるピカチュウ・・・の姿のカービィに、
半ばあきれた口調で言いながら、
フォックスは
すっと目線を横にずらした。
・・・
ピットも、うすうす気づいていた。
起きたピカチュウの横で、今だ眠り続けるカービィの姿。
カービィは、
帽子を被っていた。
コピー能力を持っている証拠となるその帽子・・・
かわいい水色で、二本の触手が伸びている。
なんだか見覚えのある、触手が。
「・・・お前だな?マナフィの機嫌を損ねたのは」
「?」
フォックスの言葉に、眠たそうに目をこすながら首をかしげる。
もう1人のほうの頭の触手が、わずかに揺れた。
「グーゼンだったんだよ〜?」
「当たり前だ」
外から機内に入ってくるカービィの音声に、フォックスが一喝する。
「コピーできるだなんて思ってなかったんだから〜」
「そりゃそうだろうな」
言いながら、
フォックスは操縦桿を握ったまま、腕の時計を確認する。
「・・・よし、まだ滝にいるな」
「でもマナフィに会って、どうするの?」
後ろから、リンクの姿のピットが顔を出す。
・・・やはり、
1人分のスペースしかないアーウィンに、
2人乗せるのはキツイものがある。
だが仕方がない。
「さぁ、どうしたものか・・・」
「・・・けっこうテキトーなんだね」
「ポケモンなんて未知の生物相手に、
なんかいい案があるか?」
「・・・」
黙るピット。
フォックスは、視界の横、
アーウィンの隣を飛行するカービィのワープスターに目をやる。
ワープスターを操るピカチュウと懸命につかまっているカービィの姿。
「カービィ、マナフィはジャングルから動いてない。
誰かが足止めしてくれてるみたいだ。
先に行ってくれ」
「おっけ〜☆」
かるーい返事と共に、カービィのワープスターが一気に加速する。
「こっちも早く行こーよ」
ピットが急かす。
「無理だ」
「え、なんで?」
「お前が乗ってるからな。
これ以上は出力が上がらない」
「意味わかんない」
「そういうもんなんだよ」
「機械なんてどうにでもなるって!」
「なるかっ!」
「この辺のスイッチとかいじったらどーなるの?」
「放り出すぞ、ピット」
「え?う・・・うわッ!?」
一気に機体を傾けるフォックス。
アーウィンが、
ローリングしながら、消えたワープスターの後を追う。
「マァ・・・」
「来るっ!」
技を繰り出そうとするマナフィに、アイクの姿のリンクが身構える。
だが、避ける術がない。
リンクは覚悟をしたのだが、
「ゼニッ!」
トレーナーは違った。
思い切って、みずでっぽうを繰り出す。
着弾地はマナフィのすぐ横の地面。
「!」
マナフィが一瞬怯み、そしてゼニガメを見返す。
「ガァメ・・・」
そんなマナフィに向かって、
ゼニガメは目を閉じ首を振る仕種を見せた。
「・・・」
マナフィが黙する。
そして
『!』
吹く、一陣の風。
マナフィの左右に大きな水の渦が現れた。
背後の滝に負けない勢いで猛る、2つの渦潮。
その間でマナフィが
かわいらしい眼に、雄々しさと凛々しさを宿らせて
こちらを威圧する。
「・・・ゼニ」
トレーナーががっくりと肩を落とす。
「・・・やるしかない、か?」
リンクは、左の大剣を握る手に力を込める。
わずかに剣先を浮かせるだけでその重みが身に伝わる。
「マァァァナッ!!」
戸惑いを隠せずにいる2人、
マナフィが先に動いた。
叫びとともに、水の波動が発される。
「ッ・・・!」
マナフィを中心に広がり、2人に迫る水の幕。
リンクは
とっさにそれを剣で払いのけた。
水に込められた力が分散し、水滴が散る。
「ゼニッ!」
剣を振り抜いたリンクの前、
トレーナーが一歩出て、その短い右手でリンクを制す。
「・・・手を出すなって?」
トレーナーはうなずいて、
そしてマナフィの目を真正面から見据える。
(でも・・・)
彼の気持ちはよくわかる。
だが、リンクは先行きを図りかねていた。
その時
「リンク〜〜〜!」
なんだか聞きなれない声が走り寄ってくる。
「え、誰!?」
リンクとトレーナーがつい、振り返る。
やって来たのは、
ピカチュウとカービィ。
「なにしてるの〜〜〜??」
能天気な言葉を発しながら、後ろ足だけで走るピカチュウ。
その後から、クセなのか、手足を地につけて走ってくるカービィ。
「?」
「!」
なにかが変だと気付くリンク達。
が、
「マナッ!!」
『!』
鳴き声に、慌ててマナフィの方へと向き直ったが、時遅し。
マナフィが
ハートスワップを繰り出した。
「ゼニッ!?」
「うわッ!え!?・・・・・・・お?喋れる?」
いきなり低くなった目の高さに戸惑うリンク。
そして、
「やった!話せるッ!!」
アイクの体なら口がきけると気付いたポケモントレーナー。
彼は、現われた2人を冷静に見据えた。
「あッ!マナフィ逃げちゃうヨ!」
ピカチュウの声で、カービィが叫ぶ。
カービィの言うとおり
マナフィは両脇の渦潮を壁とし、自身は身を引こうとしていた。
しかし
「そこまでだ」
マナフィの後ろに、
もう1人、上空から落ちてくる。
驚いて振り向くマナフィの前で
彼は、
重力の勢いを背中の羽根で上手く殺し、
マナフィの前に立ちはだかった。
「マナ・・・」
天使の姿に堂々たる表情で、マナフィの行く手を阻むアイク。
さすがのマナフィも動きを止めた。
「今だッ!」
響くは、ポケモントレーナーの発する、アイクの声。
「リンクごめんッ!」
「ゼ、ゼニ???」
何故かトレーナーは謝って、
「ピカチュウ!」
と、
マナフィ帽子のカービィに向かって叫ぶ。
ハッとした様子で、
アイクの姿のトレーナに目をやる、カービィの姿のピカチュウ。
「ピカチュウ!
マナフィとゼニガメにハートスワップッ!」
「ピカッ!」
トレーナーの指示に応え、
「ピィーーーーカッッ!」
ピカチュウは、
カービィのコピーした能力を
2人へと放った。
「マナッ!?」
「ゼニッ!?」
技は、
見事に決まった。
『・・・』
一瞬、時が止まる。
何が起こったのか、
気付いてあたふたと自分の手足を見るゼニガメ。
そして
「・・・」
「!」
いきなり放り出され、体を空に浮かす術がわからなかったのか
地面に落ちそうになったマナフィの体を
とっさに、側にいたアイクが抱え上げた。
「平気か?」
「マナ・・・」
ピットの腕の中で、マナフィは安堵の表情を浮かべる。
「ゼ・・・ゼニ・・・ゼニ???」
まだ混乱から立ち直らない様子のマナフィ。
アイクの姿のトレーナーが、歩み寄る。
そして、
静かに抱き上げた。
「マナフィ」
「・・・?」
「怖いのはわかるけど・・・
みんなを困らせることはしちゃだめだよ」
「・・・ゼニ」
マナフィは、自分を抱く者の顔を見上げた。
蒼い、静かで優しい瞳。
「もう、大丈夫だから、ね」
トレーナーは声を掛けながら、マナフィの頭をなでた。
「マナフィは『海の王子』って呼ばれるポケモンなんだ」
元の姿に戻ったトレーナーが語る。
「海の王子?」
同じく姿の戻ったフォックスが、自身の体を確かめながら繰り返す。
その横の1本の木の下では、
ゼニガメ、フシギソウ、リザードン、
加えて、ピカチュウ、そしてマナフィ、
5匹のポケモン達が仲良く食事をしていた。
ポケモントレーナーの持っていたポケモンフード。
マナフィも、おいしそうに頬張っている。
「ハートスワップは、マナフィだけが使える特別な技。
それをいきなりコピーされたから、驚いちゃったのかもね」
「そりゃ・・・
突然食べられたら誰でも機嫌悪くするよ」
フォックスが、目線を横にやる。
ポケモン達のいる反対側の木陰では、
「・・・こいつら、いつまで寝るつもりなんだろ」
リンクとカービィが共に眠り続けている。
それを腰に手を当て眺めているピット。
「ぜんっぜん起きそうにないんだけど」
「カービィはともかく、リンクは仕方ないさ」
「なんで?」
「何度も入れ替えられてたからな・・・さすがに疲れたんだろう」
「ふーん?」
ピットが顔を近付けて覗き込んでも、
リンクはまったく反応を示さない。
「マナ・・・」
と、そんなリンクに寄ってくるマナフィ。
なんだか浮かない顔で、マナフィも彼を覗き込む。
「大丈夫だよ」
と、フォックスがマナフィに笑いかける。
「少し休めば元気になるさ」
「そうそう、コイツ、人一倍じょーぶだから」
ピットも続く。
2人の顔を見つめ返し、マナフィは表情を少し和らげた。
「マナフィ、どーやって帰せばいいんだ?」
「ん?そうだな・・・」
「一人で帰れるよ。そうでしょ、マナフィ」
ポケモントレーナーが言うと、
マナフィは大きくうなずく。
「マナフィは帰巣本能が特に強いポケモンだから」
「へぇ・・・」
「じゃ、もう心配することないな」
ポケモントレーナーはマナフィを呼び、
リュックからケースを取り出した。
ポケモンのお菓子、ポロックをいくつか、
彼が差し出すと、
マナフィは嬉しそうにそのうちの1つを手にとった。
「これで一件落着、か」
元気そうなマナフィの様子を見て
フォックスもやっと表情を緩める。
「そういえば・・・アイクは?」
ふとピットが口にする。
「アイク?あいつなら・・・」
「剣を探しに行ったよ」
「はぁ?」
ポケモントレーナーの返答につい声をあげるピット。
「アイクが剣をなくした??」
「・・・僕が、なんだけど・・・」
言って、少しまぶたを落とす。
「剣なんて持ったことないから・・・
気付いたら、普通に持ってなくてさ・・・。
自分で探しに行くって言ったんだけど、皆の面倒見てろ、って」
「・・・」
なぜか、
ピットの顔色が変わる。
「どうした?ピット」
「・・・やば・・・」
ピットの表情、口からこぼれた言葉、
フォックスは察した。
リンクの方を見やって、
「何をなくした?」
ピットに聞く。
「・・・えーっと・・・イロイロ」
「寝てるうちに行ってこいよ」
「そうする・・・」
当のリンクは、軽くなった荷物のことなど気にもせず、
ただただ眠り続けていた。
「フォックスってば、なかなかいいもの揃えてるじゃない」
「美味しい・・・」
「お口に合うなら、こちらも嬉しいわ」
「フォックスの選び方もいいけど、
君の淹れ方も素晴らしいね、クリスタル」
「あら、ありがとう、マルス王子」
「・・・・・・・・・いつまで居座るつもりだ」
「お、ファルコ、おはよう」
「寝れねぇんだよ・・・ってか
姫サマ方はともかくなんでお前がいるんだ・・・」
「いーじゃないの。みんなで飲むと楽しいのよ?
ね、ゼルダ、クリスタル」
「テメェの部屋でやれ」
「あら、いいじゃない、私の部屋なんだし」
「いつからお前の部屋のになったんだよ、クリスタル」
「私が来た日から。
・・・そうだ、ケーキがあるの。いかがかしら?」
「ケーキ、ですか?」
「いいの?頂いちゃって?」
「かまわないわよ。皆食べないもの」
「ではお言葉に甘えましょうか」
「ありがとうございます、クリスタル」
「マルスは甘いの苦手?」
「いや、ありがたく頂くよ」
「・・・」
「ファルコ、あなたはどうする?」
「・・・」
「ふふ・・・お茶も淹れてくるわ」
「・・・」
Back