「・・・知らないわよ〜」
部屋に響く、ピーチの声。
それを耳にいれながら
リンクはテーブルに頬杖をついた。
目の前には、一つのティーカップ。
まだ温かな湯気と香りを漂わせている。
「・・・あら、そうなの?」
ピーチの声が続く。
話相手はけしてリンクではない。
部屋の角で、彼女は『電話』をしていた。
相手が誰だかは知らないし、
そもそも、『電話』についてもよく知らない。
「だって何も言わなかったじゃないの」
村のおばさん達と同じだ。
どうしてこう、
女性というのは話好きなんだろう。
「・・・べつにそれはいいのよ。ただ、わたしはね・・・」
まだまだ続きそうに見える。
リンクは小さくため息をもらし、出された紅茶を眺めた。
まだ、手をつけていない。
ピーチに遠慮しているわけじゃあない。
そんな礼儀、持ち合わせていないと自覚している。
ただ、
なんだか手を付ける気にならなかった。
「もぅ、しょうがないんだから・・・
・・・はいはい、わかったわよ」
(なんでだろ・・・)
自分の前に紅茶なんて出ていることすら、疑問に思えた。
(・・・なんでここ来たんだっけ?)
『リンク!乱闘のお相手、してくれない?』
『あら、なんか元気ないじゃないの』
『そうだ、元気はなくても時間はあるでしょ?
部屋、いらっしゃいな』
『謙虚なフリしちゃって〜、遠慮なんてしなくてい〜のよ〜
・・・ね?』
「・・・」
「・・・・・・リンク?」
はたと、顔を上げる。
いつの間にか電話を終えたピーチが、こちらを覗き込んでいた。
「なんて顔、してるのよ」
「ん・・・」
聞かれて
「・・・なんか、疲れた」
短く答える。
「遊びすぎよ」
「遊んでない」
「いつもアイクやピットと遊んでるわ」
「乱闘のこと真面目に勉強してるんだよ、これでも」
「やりたいことやってるだけじゃない」
「・・・やりたいこと?」
「ちがう?」
「・・・・・・どうだろ」
声を落とすリンク。
反論もしない。
「・・・アイクに負けた?」
「・・・負けた」
「ピットにからかわれた?」
「・・・うん」
「ゼルダと喧嘩した?」
「姫・・・」
リンクはしばし黙りこくり、
「姫とケンカなんて、できないよ・・・」
ますます小さく答えた。
「どうして?」
「・・・恐れ多い」
「なにそれ」
ピーチが顔をしかめる。
「そんなんじゃ、守れないわよ、勇者サマ」
「・・・姫は強いもん・・・俺なんかがいなくたってダイジョブだよ」
「本気で言ってる?」
「・・・」
答えはない。
ピーチもため息をもらす。
いったい、
どうやったらこんなに落ち込めるのか。
(あいつとは大違いだわ)
いつも余裕で、ノー天気な『あいつ』の顔を思い出す。
・・・彼と比べては、かわいそうだ。
そんな気もした。
「・・・そうだ♪」
と、
おもむろに、部屋の戸棚へ駆け寄り、何かを持ち出すピーチ。
「はい」
「なに、これ」
「持ってなさい。悪いことはないわ」
「なんで」
「いーじゃないの。
いまさら持ち物の一個や二個増えても変わんないでしょ」
「・・・」
「なにこれ」
ピットは、手の内の物を空へと掲げ見た。
彼の手の内から下がった、キノピオの人形つきの飾り紐。
その先に釣られた、
小さくて四角い物の光沢のある表面が、太陽の光を跳ね返す。
「さぁ」
その隣、
持ち主であるはずのリンクは、気のない返事を返す。
「なんだかも分からずに持ってんの?」
「・・・貰っちゃったんだ」
「押し売りって言うんだよ、そーいうの」
「ルピーは取られてない」
「え、なに?」
「・・・お金」
いちおう言い添えるも、
ピットに伝わったかまで気にしようとしない。
「なぁ、
アイクはこれ、なんだと思う?」
ピットは、横に佇んでいるアイクにそれを見せる。
「・・・知らん」
「なんだよ・・・
もーちょっとなんかさ、あるじゃん?答え方」
「知らない物を知らないと言うほか、何があるというんだ」
つれない答えが返される。
「つまんない奴らだな、ホント」
「悪かったな」
膨れっ面のピットにも、
アイクは相変わらず、組んだ腕を解きもしない。
「・・・鳴るらしいよ」
「え?」
リンクが発した小さな声に、二人が首を向ける。
「・・・ピーチが
『もし鳴ったら、左上のボタンを押しなさい』・・・って」
「鳴る?」
「これが?」
ピットが、それを軽く振ってみる。
・・・音はしない。
「・・・鳴るわけない」
「いや」
と、異を唱えるはアイク。
「『ここ』で、ありえないと言い切れる事はない」
「そうだけど・・・
・・・ほんと、これなんなの?」
「・・・キノピオ」
「キノピオ?」
「・・・
キノコ王国の住民の、ピーチ姫の従者」
「・・・ってアイク、
それはこの人形のことだろ」
「そうだな」
「なに、もしかしてこれ、欲しいとか?」
「・・・かわいいとは思う」
「アイクがこれ、使うの!?」
「妹が喜ぶ」
「なんだ・・・そういうこと」
「俺がつけると思うか?」
「意外に似合うかもよ?」
「そう言うお前が、真っ先に笑いそうだ」
「そ〜んなことない・・・」
ピロピロピロッ!ピロピロ・・・
『!!』
いきなり響き出す音、
リンクとアイクは、驚いてとっさに辺りを見回した。
「こ・・・これッ!」
そんな二人に
音が続くなか、ピットは持っている物を突き付ける。
「本当に鳴ったッ・・・ホントに鳴ったよッ!!」
「・・・落ち着け、ピット」
「貸して」
リンクが差し出した手に、ピットは素直にそれをよこした。
「・・・」
鳴り続けるそれを、
一時見つめ、
そして、
ボタンを押した。
『・・・』
音が止む。
急に静まり返る空間。
リンクは、ピーチに言われたことを思い返す。
『押したら音が止まるから、耳にあてるの』
アイクとピットが見守る中、
教えられたとおり、耳にそれをあてがう。
そして、
『それでね・・・』
チラッと、リンクは二人の顔を見やる。
・・・だが、すぐに目線を戻す。
『名前を呼ぶの』
意を決し、軽く息を吸って
『姫なんてつけちゃダメよ?』
「・・・ゼル・・・ダ」
呼ぶというよりは呟くように、
リンクはその名を呼んだ。
しばしの間。
一瞬、
驚いたように、リンクは耳からそれを離す。
しかしすぐに戻して
「・・・あ、えと、・・・姫?」
戸惑いながらも、今度はしっかりと言葉を発する。
「・・・
姫、どこから?どこにいるんですか?
え、・・・
・・・ホントに?・・・
・・・・・・そうなんだ・・・
俺もピーチ姫に・・・
・・・でも、使い方しか・・・
・・・・・・・・・」
「なにあれ」
居もしない誰かと話始めたリンクに、ピットが奇異な視線を送る。
「リンク、誰と話してんの?」
「ゼルダ姫だろうな」
対照的に、普段と変わらぬ・・・
少なくともそう見える顔のアイク。
「あれも『通信機』・・・なのか」
聞いたことがあった。
『ここ』にいる者の中には
魔術の類と縁遠い代わりに道具によって同等の事を行う者がいると。
道具は魔法と違い、使い手を選ばないらしい。
「・・・え?なんでだろ・・・
・・・・・・そうですね。・・・
・・・・・・・・・あはは・・・」
「・・・笑ってるよ」
ピットが、呆れたような声をあげる。
彼の言う通り、
リンクは
話しながら笑っていて
いつのまにか晴れやかな顔付きに戻っている。
「さっきまで全っ然、元気なかったクセに・・・
こっちの気も知れよな」
「なんだ、心配でもしてたのか?」
「ッ!!
しっ心配なんて・・・して・・・して・・・
・・・
・・・・・・しちゃ悪いッ?!」
ピットが開き直ってまくし立て始める。
「アイクだって気にしてたじゃないかッ!!」
「声をあげるな・・・リンクが話し中・・・」
「リンクなんてっ!
勝手に話させとけばいいんだっ!!」
騒がしいのも、
リンクは電話に夢中で気にすることはなかった。
話は長引きそうだ。
「・・・渡したい物?・・・もちろん!
すぐそっち、行きます。
・・・え?・・・・・・
いや、全然、いつでも・・・・・・」
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