フォックスは、部屋に流した音楽を嗜みながら、自分の椅子で書物を読んでいる。
ファルコは、寝ているのかいないのか、とりあえず長椅子に足を組んで寝そべっている。
スリッピーは、部屋の角に広げた様々な機械を楽しそうに整理している。
ペッピーは、彼にとっては少しうるさい音楽を聞き流しながら、やはり本を読んでいる。
そして、
マルスは中央のテーブルで、出されたお茶を一人静かに味わっている。
いつもとあまり変わらない、母艦での光景。
マルスはたまに、こうして船内に遊びに来る。
はじめは遊撃隊の面々も(主にペッピーだが)王子をもてなす術を模索したものだが、
気付けば、
こうして普通に放って置かれるようになった。
マルスも特になにも言わない。
最近は、茶葉の種類を指定してくる。
「今日は何を読んでいるんだい、フォックス」
「ジュークボックスの説明書」
「壊れた?問題ないように聞こえるけど」
「お前が来る前に一度、すごい音がしたんだよ。
今、ちゃんと動いている方が不思議だ」
「ならば切ればよかろうに・・・」
ペッピーが口を挟む。
「お客がいるのに、お茶だけ出して何もしないのは失礼だろ?」
「これが客をもてなす音楽か!?
ったく、お前たちは礼儀をなんだと・・・」
一方通行のお説教が始まる。いつものことだ。
確かに、
室内を満たす音楽は、
優雅や柔和といった言葉とは掛け離れた物である。
マルスの世界ではけっして聴くことのない音色、創られることのない旋律。
そんな未知な物に浸るのが、マルスは不快ではなかった。
もともと、
そういう物を求めて、ここに来ていると言うのもある。
「フォックス」
「ん?」
「あれは?」
と、部屋の片隅に、見慣れぬ書物の山を示す。
「あぁ、これ探すのに、ちょっと出したんだ」
手に持つ説明書を軽く振る。
「なにか、僕が読んでもさしつかえないものはあるかな?」
「マルスに貸せるもの?」
フォックスは、少し考える。
「あそこのはべつに・・・
どれでも持って行ってくれて構わないが」
「王子サマって、どんな本を読むの?」
スリッピーが興味津津に尋ねる。
「・・・普段は、兵法書が多いかな。あとは歴史書や、語学書とか」
「なんだ、勉強ばっかりじゃないか」
いったいなにを期待していたのか。
スリッピーはがっかりした表情を浮かべる。
「時間があれば普通の小説も読むよ」
「忙しいの?」
「君達よりは」
「ひどいなぁ、オイラたちが暇人みたいだ」
「あはは、冗談だよ。君達だって、普段は忙しいんだろ?」
「・・・」
返す言葉を探るスリッピー。
「・・・」
だが思いつかなかったようで。
「だいたい、こんな感じ」
とだけ答える。
「そうなのか?」
「まぁ、な」
フォックスも否定はしない。
マルスは、この船のクルーたちの『仕事』について思い返した。
彼らは、
いわゆる『傭兵』にあたると聞いた。
こんな、地面から遥か上、空の上の上で、
『機械』を繰り、宙を舞い、戦線の最前線、命を張って血路を拓く役目を果たしているのだ。
・・・緊張感溢れる現場を想像したのだが。
もっとも、
マルスにとってはありえない、この『宇宙』という空間は
彼らが特に意識すべき事柄ではないのだろうが。
「ん・・・」
「どうかしたかい?」
「いや、マルス、文字も読めるのか?」
「・・・」
フォックスの言いたい事に、マルスも気付いたようだ。
「そういえば、どうなんだろう」
マルスは珍しく、素直に首を傾げた。
これまで『言葉』について、特に意識して会話をしたこともなく、気にも留めなかったが、
本来ならば、『世界』が違えば『言語』も違って当然だ。
「話せるのだから・・・読める可能性も否定できないけど」
すると、
後方から、本が一冊、唐突に飛んで来た。
マルスをめがけて、一直線に。
気付いたマルスは、片手でそれを受け止める。
本が飛んできた方を見やると、
ファルコが起き上がっていた。
ひどく不機嫌そうな顔をしている。
「ありがとう」
「どーいたしまして」
言って、眠たそうに頭をかくファルコ。
マルスは本に目をやった。
薄い、簡易な表紙の本だ。
表紙を彩るは、マルスにはよくわからない、機械の絵。
そして、
大きく書かれた、文字と思しき記号。
「だめだ、わからない」
「じゃあ本を貸してもしょうがないな」
「翻訳ツールでも渡せばいいじゃねぇか」
「えぇー」
あくびをしながら軽く言ってのけるファルコに、抗議の声をあげるのはスリッピー。
「それって、ボクに作れってこと!?」
「どーせヒマなんだろ。アーウィンは壊れねぇし」
「壊れなくてもちゃんと整備しないとダメなんだから!」
「まぁ、落ち着けよ」
フォックスが2人をいさめる。
「わざわざ訳すほど、たいした本はない。
なぁ?マルス?」
同意を求めるも・・・
「翻訳・・・ツール?・・・・・・・・・それも、『機械』?」
時遅し。マルスの目が興味に輝いている。
「スリッピーは、文字を『翻訳』できる『機械』を作れる?」
「・・・つ、作れるけど!でも・・・」
「さすが、スターフォックスのメカニック、だね」
「ま、まぁね!」
「どれくらい、かかるのかな?」
「えーっと・・・・・・3日・・・くらいかなぁ・・・」
あぁ、言っちゃったな。
思いながら、フォックスは軽くため息をつく。
「で、でも、ある程度の資料がないと・・・」
「資料?」
「え、と・・・元になる、書物とか・・・」
「翻訳というのは」
「え?」
「文字から意味へ変換し、さらに別の文字へ変換する・・・
この過程の事、であっているよね?」
「うん」
スリッピーの返事を聞き、
懐から、数枚の紙を取り出す。
「はい」
「なに?これ・・・」
「僕の書いた文字。内容は兵法書の覚え書き」
「・・・」
「ロイにあげようと思ったんだけどね」
「・・・」
「・・・できる?」
「・・・できる」
「じゃ、よろしくね」
言って、にっこりとスリッピーに笑いかける。
そして立ち上がった。
「ごちそうさま、フォックス」
「いえいえ」
「また来るよ」
「来なくていい、うぜぇ」
「悪いね。あ、ファルコ、今度乱闘の相手してくれないか?」
「外で会ったらな」
マルスは狭い室内で器用にマントをひるがえす。
「おじゃましました〜」
発つ鳥跡を濁さず。
部屋の主に一礼をして、さっさと出て行った。
それを見送って、
フォックスは説明書を机に置き、客に出した茶の器を片付け始める。
ファルコは寝なおすつもりはないようだが、やることもなさそうだ。
ペッピーは本を読み続ける。
スリッピーはただ1人、呟く。
「これって、やっぱボク、作らなきゃダメなの?」
「ダメじゃないと思うけど・・・」
答えるのはフォックス。
「あれは絶対に取りに来るぞ」
「えぇぇぇぇ」
「頑張れ、スリッピー」
「なんとか言ってよぺっピー」
「わしゃ知らん」
「そんなぁ・・・」
「先輩、なんですか、それ?」
「ただの小説だよ」
「・・・いえ、その・・・キカイ?でしたっけ」
「あぁ、これ?便利な道具だよ」
「・・・」
ロイは、マルスの手に持つ小さな『キカイ』を眺める。
その横で、リンクが本のほうを覗き込む。
「ぜんっぜん読めない。ホントに本なのかぁ??」
「読めても読まないだろ、君は」
「そーんなことないよ」
「え、リンクってどんな本読むの??」
「・・・え、えと」
「先輩、それ、僕でも使えます?」
「キカイは使えると思うよ。言語は違うかもしれないけど」
「試す価値は」
「あるね」
「やった!」
「俺もいじりたいっ!」
「リンクは絶対壊すからダメ」
「ケチ」
マルスは機械をいじりながら、
まだまだ先の長そうな本のページをめくった。
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