落ちていく
豊かなる緑の大地
そびえる山々、流れる河川
人々の住まい、生きる街、城、そして国
それら全てを取り巻く炎
起こる戦争
儚く散る命
変らず広がる空
僕のいる『世界』
そこから
『僕』が1人
落ちていく
気がつけば、見たことのないところに立っていた。
見た事も、想像もしたことのない所だ。
そして、
目の前、数歩先に
やはり見たことのない誰かが立っている。
青い髪に、紺色のマントを羽織り、
細身の剣を携えた青年だ。
落ち着き払った外見もあって、
年のころは同じか、少し上に見える。
「…あなたは?」
「剣を手に向かい合う者に、名を尋ねるのか?」
当然の疑問も、
冷めた言葉で返される。
彼は、すでに剣を抜いていた。
そして、それは
こちらも同じであった。
「・・・どうして」
「・・・」
わけはまったくわからない。
ここがどこなのか
目の前に立つ人が誰なのか
自分はなぜ剣を手にしているのか
まったくわからない。
「どうして・・・」
だが、言葉は口をついて出て来た。
「貴方は見知らぬ方なのに」
まるで、
今すぐにでも動きそうな体に歯止めをかけるように
「敵じゃないのに」
相手は、黙ってこちらを見守っている。
その眼差しに、上に立つ者の余裕と微かな緊張が重なって見える。
言葉は続く。
「なのに
ここに立った瞬間から・・・
貴方と剣を交えたくてしょうがない」
「抑えることはない」
相手の剣士が言う。
「ここは、戦場だ」
「戦場・・・」
「戦場で戦うのは、間違いじゃない。そうだろ?」
「そう・・・ですね」
意味はわからない。
戦う意味
剣を構える意味
ここに立っている意味
だが、
心のままに
成すべきことを成せと
誰かが命じている。
それは僕自身かも知れないし、そうじゃないかも知れない。
手に持った剣を構える。
まだ、見たことのない剣だ。
少し、重い。
だがこれを振るしかない。
不思議と、手に馴染む剣。
まったく不安はなかった。
「それに・・・」
こちらが構えたのを見て、彼も剣を構えた。
「僕は負けないよ」
「また誰か来たよ〜〜」
「ホント?」
「どんな人?」
「うーんと・・・マルスみたい?」
「え、どのへんが?」
「カタチ。あ、あとオイシクはなさそうなとこ」
「さっぱりわかんないよ」
「普通のヒトってことじゃない?」
「いま、マルスと剣で遊んでるよ〜」
「え、もしかして剣士なの?マルスみたいな?」
「そーだよ」
「よかったね、リンク」
「・・・いいのかな?」
苦笑いをしながら、
リンクと呼ばれた剣士が、その場から立ち上がる。
「行くの?」
「あぁ。マルスが相手してるってことは、マルスが連れてくるんだろ?
ヘンな事吹き込まれる前に会わないとね」
「・・・そういうこと言うから、面白がるんだよ?」
「そう?ま、いいじゃん。言うだけタダ」
「口は災のモト」
「タナからボタモチ?」
「それは違う」
「モチ、食べたいかも」
「はいはい」
「リンク、早く行ったら?」
「そうだな。じゃ、また後で」
『いってらっしゃ〜い』
赤い帽子の男の子と、ピンクい丸いのに見送られ、
緑の衣の剣士は、思い切りよく
目下に広がる空へと飛び出した。
気がつけば、
またも、『戦場』に立っていた。
「・・・?」
目の前に立つ、青い髪の剣士。
既視感にかられる。
だが、彼はもう、剣を手にしてはいなかった。
「大丈夫かい?」
穏やかな声がかかる。
「は、はい・・・でも」
相手の気遣いに答えながら
思い出す。
確かに
彼と、剣を交わした。
いま目の前にいる、青い髪の剣士と。
彼の剣は、しなやかでありながら鋭く、
熟練されたものであった。
・・・もちろん、それでも負ける気などまったくなかった。
しかし、
何もわからずに剣を振る者と、そうでない者との差は
あまりに大きい。
すぐに崖っぷちまで追い詰められてしまい、
闇雲に放った大技を、逆に返されてしまう。
結果、
足場から遥か虚空へと飛ばされ・・・
・・・落ちた。
確かに、ここより『下』へと落ちた。
はずなのだが・・・
・・・ではなぜ、今ここに立っているのだろうか?
「僕・・・さっき・・・?」
混乱して、何を口にすれば良いかわからずにいると
「落ちた?」
剣士が、補ってくれた。
「はい、落ちました。
そこから・・・・・・」
と奥の方を指差す。
「・・・ここに?」
言葉にしてみて、さらに意味がわからなくなる。
「そういうところなんだ、『ここ』は」
あっさりと、
その『不可解』は、
たった一言で済まされてしまった。
・・・おそらく
話してくれる相手に対するものとしては、
この上なく失礼な表情をしていたに違いない。
しかし、相手の剣士は不快の情などけっして見せなかった。
彼は、きっと
『ここ』のこと、
そして『ここ』に立つ者の事を
理解しているのだろう。
こちらはそうではない。
だが、その中で
思い出してみて確認した事実が一つ。
「・・・僕、負けたんですね」
「そう、僕の勝ち」
さらりと言い放たれる。
だが、不思議と悔しさはない。
代わりに残る、大きな疑問。
「なんで・・・」
「なぜ、楽しいのか?」
「!」
思わず目を見開いてしまう。
「わかるよ。僕も、同じ事をはじめは思ったからね」
微笑みを浮かべて言う。
「楽しいのは、犠牲がないからだ。
純粋な戦いは楽しいものなんだ、・・・少なくとも『ここ』ではね」
諭すような口調で、やんわりと説明してくれる。
やはり、よくわからない。
彼が『ここ』と呼ぶ場所のことが。
そろそろ、諦めがついてきた。
・・・ただ受け入れるしかないようだと。
だが
どうしても、受け入れることのできない、わだかまり。
受け入れられない
受け入れたくない
受け入れてはいけない
「でも・・・」
・・・初対面の人間に対し、
それを口にするのか。
心の片隅で疑問に感じたのだが
「少し怖いです」
正直に、言葉に出す。
目の前の『彼』なら、
大丈夫
そう思えた。
「人に、剣を向けるのは。
たとえ、どんな理由があっても、道理があっても・・・
・・・怖いです」
「その剣を持って恐れることなど・・・何もないよ」
「相手が怖いのではないんです。
負けを恐れるわけじゃないんです」
「じゃあ、何が怖い?」
「・・・自分が。
自分が剣を振るうのを恐れなくなることが
・・・怖いです」
「・・・同じ、だな」
「え?」
呟かれた『同じ』という言葉。
剣士は、こちらを見てにっこりと笑った。
「名前、聞いてなかったね」
「あ、はい、僕はロイといいます」
「僕はマルス。
君を見た時から感じてた。
君は僕と同じ世界に生きる人間だって」
「同じ世界?」
「そう」
答えながら、背を向けるマルス。
「詳しい話は歩きながら。
おいで。案内しよう。『ここ』のことを」
「は、はい!よろしくお願いします!」
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