「ひーーーまーーーーー」
何度目だろうか。
もはや意味の欠片も含まれていないような間延びした声。
こちらも、もはや耳の先にすら届いていないよう振舞おうとしていた。
「ヒィ〜〜〜〜マァ〜〜〜〜ッ」
だがそうもいかないようで、
十数回目に降ってきた音には、遂に意味をも淘汰する感情が含まれ始めていた。
このまま放っておいても悪くはないのかもしれないが、
「カービィ」
一応、声をかけてみる。
「うるさいよ?」
「ほよ?」
素直なのは良いことだと思う。とりあえず、静かにはなった。
ついでに聞いてみる。
「降りない?」
「ジャマ?」
聞き返されてしまった。
ジャマかと言われれば―――そうでもない。
視線をめいっぱいに上へと向けてみた。
目が合う。
頭上のそいつも、身を少し乗り出し、こちらの顔色をうかがっていた。
交わる二つの視線。
「……」
「……」
少しの間そうした後、両者は視線を戻す。
カービィは無言の了承を得てリンクの帽子の上へと居直ることとなる。
そして、リンクは再び目の前に広げた道具の手入れと整理に戻るのだった。
しばし静かな時が流れる。
カービィもこういう時にリンクの邪魔はしない。
興味があっても、触れたらやんわりと怒られるのがわかっているからだ。
リンクは矢立を手に取りながら、また別の者へと視線をやった。
それは目の前に座っている、ロイだ。
彼は広げられた道具たちを挟んでリンクの前に胡座をかいており、
先程からずーっと黙ってひたすらに道具を眺めている。
「ねぇロイ」
「ん?」
ロイがやっと視線を上げた。
剣を抜いている時以外なら、いつでもちゃんとこちらを向いて返事をしてくれる、
そんな彼に育ちの良さを感じさせられた。
「面白い?」
「うん、とっても」
「そう」
なら別にいいのだけど。
リンクはそれ以上何も言わず手元に視線を戻す。
ロイもそれに倣った。
「おもしろくなーい」
と、頭上からは非難の声が落とされる。
「リンクの道具、よくわかんないんだもん」
不満そうな声。
カービィの言うのは、まぁ正しいだろうと思う。
「なーんか他に面白いことなーい?」
「他に?」
投げかけられた問いにロイが頭をひねる。
しかし、その口から答えが出るのも待たず、
「パーティーしたい!」
カービィはまた、妙なことを言い出した。
『パーティー??』
他2人は思わず揃って聞き返す。
「そうだっ!パーティーしよ〜!」
「パーティーって……何の?」
「パーティーと言ったら」
こうなると、カービィは止まらない。
「誕生日だよね!!」
「たんじょうび?」
「タンジョウビ……??」
突拍子もないカービィの言に、ロイもリンクもそれぞれに首をかしげた。
だがそんな2人のことなどは意に介さず
「よっし」
意気込んで、カービィは、ほわっとリンクの帽子の上から飛び降りる。
「誕生日の人、探してくるね!」
満面の笑みでこちらへ言い放つと、あっというまに、二人の前から姿を消してしまった。
その姿やまるで春の風のよう。
もはや呆然と見送る他のないリンクとロイ。
さっきまでの大暇を持て余していた時間が懐かしいくらいだ。
春風に取り残された2人は、しばし、ぼーっとカービィの消えた辺りを見つめていた。
「……」
「……」
先に時間を平静へと戻したのはリンクだった。
何事もなかったように道具の手入れを再開する。
リンクの手が動き出したのを、少し遅れてロイも見やった。
「誕生日かぁ」
ロイがぼやく。
「誰かみつかるかな?」
「ないでしょ」
きっぱりとリンクが否定した。
あまりに断定的な答えだったので、ロイがリンクをみやるも、
リンクの目線は手元の道具にそそがれたままだ。
「どうして?」
ロイが尋ねるとリンクは顔を上げた。
まっすぐに目を射る。
ロイの瞳に微かな緊張が見て取れた。
「ロイ」
呼ばれて返事代わりに唾が喉を下る。
「誕生日、いつ?」
「へ?僕の誕生日?それは……」
答えようとして、やっと、気付いたらしい。
「そっか」
「そういうこと」
ロイは言えないのだ。自分の誕生日を。
リンクとロイでは、流れる暦の数え方が異なっているかもしれない。それは容易に想像できる事だ。
もちろん確証はない。言葉と同じで、違うはずでも通じてしまうかもしれない。
しかし、実際のところ、『今日』だって怪しいのだ。
今という時分が、自分が生まれてから何回太陽が上り下りした時分なのか、
少なくとも2人には正確に答えられない。
「そっかぁ……」
ロイがもう一度息をつく。
少し残念そうにも見える。
リンクは彼を傍目に、ほんの僅かに、ロイが気付かない程だけ躊躇った後、
地面に広げた矢を再び集め、まとめて矢立に放りこんだ。
「タンジョウビ……かぁ」
頭上に広がる青空を仰ぎながら、リンクはひとりごちた。
なんだかやけにいい天気だ。
日差しの柔らかい温かみまで感じる。
あれから、リンクは全ての道具を片付けて、ロイと別れた。
彼と乱闘の一回くらいしても良かったのだが、
なんとなく適当な理由をつけてロイを置いて来てしまった。
どうも、剣を振う気にはなれなかったのだ。
さっきから『タンジョウビ』が頭について離れない。
なんなのかぐらいは知っている。知っているつもりだ。単純に、知識として。
だがこの単純で簡単でわかりやすい1つの単語が、リンクの中に釈然としない何かを残す。
何がそんなに気になるのか、自分でもいまいちよくわからない。
これが、興味なのか、嫌悪なのか、無関心なのか、判別できない。
奇妙な心持で、落ち着かなかった。
「どんななんだろうな」
ロイには言わなかったが、
リンクは自分の誕生日を知らない。
自分の生まれた日について本当に全く何も知らないので、たとえハイラルの暦であってもその日を数えることができない。
別にそれがどうというわけではないし、
ロイに言わなかったのは、きっと気遣ってくれるであろうロイの為に他ならなかった。
ただ、
誕生日にパーティーをするというのも、これまたリンクには縁のない話である。
育った森において、そんな習慣はまるでなかったのだ。
というのも、森にいたコキリ族は大人にならない種族であって、年月による成長がない。
長い生の時を子供のまま過ごす彼らが、自分の生まれた日について話すことなど、まずなかった。
だから互いの生まれた日を祝ったりもしない。
「タンジョウビって、年を取るのを祝うんだよな?」
自分なりにその行事を噛み砕いてみようと努めるも、
やはりよくわからない。
たとえば、自分がある時誕生日を祝ってもらって、
それから更に時が過ぎ、また祝って、それを繰り返して、7年経って、また祝われる。
大きくなったね、成長したね、素晴らしいね―――
そんな言葉を掛けられるのだろうか。
また1年たって、またお祝いして、その繰り返しだ。
なんの意味があるのだろうか。
わざわざ区切らなくてもいいのではないだろうか。
時はいつだって、すべての者に平等に流れているのだ。
「時……」
ふと、思った。
自分にとって『時』とは、『敵』なのかもしれない。
何よりも強大で、すべてを押し流していく、最強の敵。
なんだか少し笑えた。
時の勇者の一番の敵が『時』だったなんて。なんと滑稽なことだろう。
「……」
ここまで考えて、
リンクは考えることを放棄した。
なんとも馬鹿馬鹿しい話だ。
こんな考え方、それこそ時の流れに嘲笑われながらどこかへ流れていくような思考である。
いくら考えたところで、とどのつまり、自分が誕生日のなんたるかを知ることなんてできないのだから。
「リンクさーん!」
と、
晴々した空に似つかわしい明るい声が、リンクを呼び止めた。
リンクは素直に足を止め、声の主へと振り向く。
「リンクさん!聞きましたぁ?」
のんびりと走ってこちらへやってきたのはヨッシーだった。
声と同じく、表情もすっきりと晴れ渡る空のような笑顔をしている。
「なにかあった?」
「カービィが、パーティーを開くそうですよ」
「パーティー?」
誕生日パーティーができることになったのだろうか?
そう思ったのだが、
ヨッシーはこう続けた。
「『アンバースデーパーティー』だそうですよ」
「??あん…バースデー??」
「なんでも、誕生日じゃない日を祝うんだそうです」
「意味がわかんない」
「わかんないですよね〜」
ニコニコと笑いながら、同意されてしまった。
「それじゃ毎日できちゃうよね?」
「だから、今日でもいいんじゃないですかぁ?」
要は『どうでもいいからとにかくお祝いする』ということか。
いったい誰からこんな便利な口実を吹き込まれたのやら。
「リンクさんも行きましょー」
「んーどうしようかなぁ」
話しながら、リンクは再びどこへともなく歩みだす。
ヨッシーもそれに続き、横に並んだ。
「そういえばリンクさん、誕生日とかやったことないんでしたよね?」
「え?」
「前に話してくれたじゃないですか」
「そうだったっけ?」
「ちゃんと覚えてますよ〜」
ヨッシーは軽く胸を張った。
そんな話、したっけ?
リンクには思い当たるところがとんと浮かばない。
もしかしたら覚えてもいないくらい軽いノリで話したのかもしれない。
そんな気がしてきた。
「やっぱりよくわかんないんだよね、タンジョウビ」
釈明のようにそう呟いてみると
「わたしもです」
意外にも肯定的な答えが返ってくる。
横をみやるが、ヨッシーは相変わらず朗らかな顔で、なんなんでしょーねー、なんて言っている。
「でも、カービィさん、こう言ってましたよ」
のんびりとした口調を崩すことなく、ヨッシーはカービィの言葉を伝えてくれる。
「誕生日っていうのは、生まれたことを喜ぶ日。
そこに居てくれることに感謝する日。
でもいつだって皆と一緒にいるのは嬉しいし、楽しい。
だったら、いつお祝いしてもいいよね!
―――ですって」
「…………まぁ、カービィらしいな」
パーティーでご馳走を食べるための言い訳に聞こえなくもない。
実際に、『アン・バースデー・パーティー』にはそういう一面もあるのだろう。
だが、
「素敵な話じゃないですか」
ヨッシーがいうことに、
「そうだね」
異論はなかった。微塵も。
空を仰ぐ。
少し雲が出てきている。白くてふんわりとした優しい影をたたえた雲だ。
日差しは変わらず暖かい。
ふと、自分が笑っていることに気付いた。
「で、そのパーティー、どこでやってるの?」
ヨッシーに振り向くと、ヨッシーも満面の笑みで返してくれた。
「お連れしますよ。よかったら乗ります?」
「マリオと違って重いよ?」
「なら、お荷物だけ」
「ありがと。でも遠慮しとく」
「じゃ行きましょー」
ヨッシーがそう言って、足を速めた。
やっぱり彼も早く食べたくて仕方がないらしい。
徐々に早まるヨッシーの足に後れをとらぬよう、リンクも駆けだす。
「んで、どこなの?」
「リンクさんのとこの神殿ですよ。広いところがいいって」
たしかに、あそこなら豪華な食事をどれだけ並べても狭くなったりしないだろう。
その様子を思い浮かべ、リンクも少し食欲がわいてきた。
早くいかないと、カービィに全部食べられそうだ。
眼前に大地の際が現れる
すでにリンクもヨッシーも全力で走っている状態だ。
そうして、
2人は思いっきり、空へと飛びだした。

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