《これ、聞こえてる?》
《聞こえてるよ》
《フォックスに?》
《全員に》
《もしもーし》
《聞こえてるから大丈夫だって》
《ホントに?ファルコも?ウルフも?全然返事ないんだけど》
《してないからな》
《それじゃ聞こえてるかわかんないじゃん》
《いやホントに聞こえてるから》
《ホントに?》
《リンク、ちょっと黙……》
《うるせぇんだよッッッ!!どっちも黙れッ!!!!》
もう通信切っちまおうか、
そう、本当に思った。
とりあえず、奴らの顔を見ずに済むようSOUND ONLYにしておいたのは正解だった。
鳥の罵声が五月蠅いのはどうでもいい。いつものことだ。
勇者だとかいうあの坊主もこの上なくドン臭くてウザったいが、まぁこれも、仕方あるまい。
じゃあ何が一番苛立つか、というと、
俺の機嫌を損ねまいと必死に坊主をなだめている、狐野郎の無用な気遣い、
これが一番だった。
「やれやれ……ガキのお遊びに付き合うとは、な」
自分に対してまで、嘲笑が漏れた。
酒の一杯でも煽りたい気分だ。だが、残念ながら手元にない。
ウルフは空を見上げた。
群青、一色。
ウルフェンの風防越しに見える、まさに夜の帳に包まれた空。
雲はなく、今は星も瞬いていない。
……いったいどうなっているのか。
宇宙と大気の区別のない『ここ』の空間も、ウルフの気には食わなかった。
この星、いや、この村の大気について、一度、とことん突き詰めてみたい気もする。
だがやめておくべきだろう。
そこに全く意味も面白味も感じない。
今、己は空を翔んでいる、ウルフェンの操縦桿を握っている。
その事実があれば充分だった。今のところは。
《ウルフーッ!?聞こえてるよな??》
《応答してやってくれよ、頼むから》
「……ぅるせぇ」
フォックスに言ったつもりだったが、
狼の極々小さなつぶやきに、他の輩、各々から明らかな安堵と期待の吐息が帰ってくる。
《位置はどう?》
《予定通りだ》
《こっちも問題ない》
《ウルフは?》
―――この小僧、
案外、肝の座ったところを見せるものだ。
こちらを気遣って尋ねては来るものの、作戦開始を目前に、適度な緊張と平静を保っている。
俺に対してだって、当初の物怖じした様子はもはや見せない。
「……さっさと始めろ」
通信機の奥から、リンクの、臨戦への覚悟に満ちた笑みが感じ取れた。
相変わらず気にはくわない。
が、
一度受けた仕事だ。
最後まできっちりやってやろう。
ウルフは改めて空を認め、
そして、片目でちらと武装の表示をチェックした。


「あ!上がった!!」
すぐ横から上がった声で、ルカリオは我に返った。
間を開けず、今度は空から、ドン、という重低音が届く。
……どうやら自分は波導に集中しすぎていたらしい。
「上がったって言わないよ」
「そっか」
「じゃぁなんていうの?」
「んーーー落ちた?」
「えーなんかヤダ」
ルカリオの横では子供たちが、皆、はしゃぎながら一様に空を見上げていた。
濃い夜闇の広がる空、それはいつもの静かな星空ではなく、煌びやかな火の華によって彩られていた。
「そういうときは、『たーまやー』っていうのよ」
子供たちに、共に空を見上げていたピーチ姫が、ルカリオの奥から顔を覗かせ、助言をする。
「『かーぎやー』も言わなきゃダメよ」
「なに、それ?」
「特に意味はないわ。伝統芸ってものかしら」
「へぇ……」
感心しながら、或いは首をかしげながら、子供たちは姫の言を忠実に実行し始めた。
辺りは真っ暗だ。
ここ、すま村の家々も、今は明りを落とし、住人のほとんどが外へ出て、共に空を見上げている。
住人以外にもかなりの人数が村には集まってきていて、さながら祭りのようだ。
人々が会話をしている間にも、ドン、ドンと、程よい間をおいて、花は開き続ける。
開いては消え、そしてまた開き、
自身の鮮やかな色を誇示するとともに、暗い夜闇を明るく照らす。
それは、上げ方こそルカリオの知る物とは全く違えども、
通常の物にまったく遜色ない、美しい花火であった。
花火玉を上空から投下、そして破裂させているのはスターフォックスの面々が操る3機の戦闘機。
彼らは弾ける空華の影を忙しそうに飛び回っている。
大元の花火玉はスターフォックスの優秀な技師、スリッピーの手製。
彼もここにはいない。おそらくの母艦からこの催しを補佐しているのだろう。
そして、フォックスたちを指揮しているのは、ハイラルの勇者であるリンク。
ルカリオは、夜空から目を外し、
自分たちのいる『観覧席』から少し離れたところにある一軒家を見やった。
屋根の上に、リンク、そしてもう1人、アイクが腰かけている。
アイクは双眼鏡を手に持ち、時たま覗き込む。だが、大してリンクを手伝っている様子はない。
対照的に、リンクは慣れぬ手つきで通信機を構え、
空いた手で、計画表か何かだろうか、大きめの紙を抑え、空とそれとで代わる代わる睨み合いを続けている。
全ての発端は彼、リンクのようなのだが、
ルカリオも、あまりこの『花火大会』の経緯については知らず、ただ傍観しているにすぎない。
なぜ珍しくこのように派手な催しを、リンクが計画立てることになったのか。
なぜ、宇宙の傭兵たちがそれをあんな形で手伝っているのか―――
「彼が協力しているというのは」
と、ピーチ姫の横から声が上がった。
「なんだか不思議ですね」
ゼルダ姫だ。
彼女の言う『彼』とは、当然リンクではなくウルフの事だろう。
「そうね……こういうの、嫌いそうなのに」
「それがさ」
同意したピーチ姫に続いて、さらに奥に座っている観覧者、ディディーコングが言葉をはさむ。
「一回は断ってたんだよ」
「ふーん?」
「でもリンクってば、こう言うのさ。
『……まぁ、ウルフじゃなくてもいっか……フォックスいるし』って」
「……」
「計算して言ってるなら怖いわ」
「……彼の事です、そうではないでしょうね」
「オイラにまで振るんだよ。『ディディーでもできるよね』とか言っちゃって」
「それで、ちょっと待て、って?」
「そういうこと」
彼らの話に耳を傾けながら、ルカリオは再び、波導に意識をやった。
そう、姫君たちの話していることは、ルカリオにとっても甚だ気になって仕方ないことだった。
火の華の裏舞台を臆すことなく舞い飛んでいる、1機の赤き戦闘機。
その操縦手の波導は、とても強い。
いつでも他を蹂躙することができる、そんな気概を感じさせた。
ただ強いだけではなく、誰にも侵すことのできない、絶対的な領域を常に堅持している。
そんな彼の波導、
その色がまた複雑で。
ルカリオには、その色が『善』の領域か『悪』の領域か、全く判別することができなかった。
これはとても奇妙な気分にさせられる。
『ここ』の住人たちの波導はどれも非常に強い。だが、それと同時にわかりやすい。
屋根の上の彼らなんて特にそうだ。
リンクはいつも、緩やかで柔軟な波を保っている。
時に起伏は激しいけれど、他者にまで移したりはせず、自分の波を、うまく他者に合わせていく。
隣のアイクは常に不動の響きを発している。何が彼をそう固くさせるのかはわからない。
だが、どんな波長も受け入れる寛大さが、その堅さを固持できる要因にもなっているのだろう。
揺らぐことこそあれど、2人の波導はいつだって『善』のそれだった。
比べて、
空を翔ける彼の波導は善悪すらも凌駕して『個』を貫いている。
強烈な個性、何者にも左右されることない、不屈の自我。
時に激しく、時に頑な、そして何より、自他共々に犠牲を厭わない。
ウルフという人物は、非常に横暴で我儘なのが波導からも見てとれた。
善人とは到底思えない。
しかし、これまた不思議なことに、
ルカリオはそんな彼の波導から目を反らすことができないのだ。
むしろ惹きつけられてしまう。ずっと見ていたくなる。
この心の根源は自分の中に見当たらない。全ては彼の波導の成せる技ということなのだろうか。
「どうしたの?」
ふと掛けられた声に振り向く。
隣のピーチ姫がこちらを見ていた。
柔らかい笑顔。諭すでも促すでもないその表情に、少し、戸惑った。
「いや……」
包まれるような優しい波導を身に感じながら、ルカリオは何とか言葉を探った。
「花火は……波導に似ている、そう、思って」
「そうなの?」
「はい……」
どこまでも慈しみ深い姫の心に、思わず畏まりながら、ルカリオは続けた。
「比べられないのです、善いのか悪いのか」
ルカリオは言いながら、空を仰いだ。
「どれも明るくて、眩くて、色鮮やかで」
ドン、ドン、と空が彩られ、
そして、一際眩い華の明かりが、ルカリオの顔をも照らす。
「波導って、きれいなのね」
姫の言葉に、またも振り向かされる。
彼女は変わらず微笑んでいた。
少し見惚れて、
「ええ、とても」
そう短く答え、
ルカリオは新たな面持ちで空へと目を戻した。
順次スリッピーたちが補充しているのだろう。まだまだ弾は尽きそうにない。
空に咲く花、そして、空間を彩る数々の波導……
それらが奏でる和音と染める色彩に、ルカリオはしばし酔いしれてみようと思い、目を閉じた。






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