彼女は、 冷たくて暖かいところを漂っていた。 ゴボリゴボリという淀んだ音が周囲で渦を巻き、下から上へと伝って行く。 ひんやりとしたものが肌を滑り、温もりを得て纏わりつく。 辺りは光が満ちているようで、閉じた目蓋の裏にも、柔らかな光が差している。 息苦しくはなかったが、 耳を覆う無音は、身をつんざくような圧迫感を持っていた。 (どうして・・・) ゼルダはゆっくりと、記憶を掘り返す。 (・・・そう・・・あの者と) 男と話していた。 強い日差しが照りつけていた。 しかし汗が頬を伝うことはなかった。 あの暑さの中でも、彼女の身体はまるで凍りついたようだった。 男の眼差し、光る太陽、風はない、辺りを覆う熱気、それらを包む静寂。 そして蘇るは、水音。 (私、倒れたのね) 身体が火照り、そしてふっと意識が遠のいたのを覚えている。 あの男・・・ ガノンドロフが悪いわけではなかった。 彼とは偶然ここで会っただけだ。 ただそれだけ。 何かを話したような気もするが、思い出せない。 (思い出したくもない) 考えただけでも、また意識を飛ばしそうになる。 何を話したか、何を言われたのか、何も言葉はなかったのか。 まったく覚えていない。 ただ、冷たい視線だけが脳裏に焼き付いて離れない。 あの男は悪くない。 自身の脳内でそう反芻する。 勝手に自分が倒れ、そして水に落ちた、ただそれだけのこと。 なのに、どうして、 あの男の秘めたる策略を暴かんと働く自分の心。 (『・・・ダイジョウブ』) 対となるは、彼の声。 『ここ』でも私を守ろうとしてくれる優しき声。 それすらも信じることのできずにいる弱い自分。 全てをただ見ているだけのあの男の冷たい目。 (考えてはダメ) ゼルダは懸命に自分を律した。 (とにかく、上がらなくては・・・)「どこ行ってたのさ」 照りつける真夏の日差しの下、 ピットが1人、偉そうに仁王立ちしていた。 顔をしかめているようにみえるのは、暑さのためか、怒りの顔か、呆れ顔か。 彼の足下には2組の衣服。 どちらも適当にまとめて丸めて置かれている。 「ついに『ココ』でも水難事故が起こったかと思ったじゃないか」 ピットの言を、リンクとアイクが笑みで流す。 放られた衣服の持ち主たちだ。 「心配させたか」 「するわけないだろ!」 「まぁ、こんなとこに服だけあったら気になるよな」 「誰の服さ!」 心底呆れた顔で声を上げるピットに対し、 リンクとアイクは平然と、悪びれた様子もない。 2人は当然のように肌を陽光にさらしていた。 共にズボンのみを身につけ、上半身には何も纏っていない。 リンクの帽子や、アイクのバンダナも、 全てピットの足下であった。 「なんなんだよ、いったい」 明らかに説明する気を持たないアイクは他所に、 リンクがピットに答える。 「ちょっと泳いでただけのつもりなんだけどさ・・・ 気付いたら違うステージ行っちゃてて」 「はぁ?」 まいった、という風に照れ笑いしつつ、 「さすがにこの格好で氷山は寒かったなぁ」 リンクが頭をかいた。 稀に見る金髪頭が、日にきらりと光った。 アイクも、何を思い出したか、軽そうな頭を重そうに縦に振る。 いったいドコをどれだけうろついて来たのか知らないが、 2人とも、もうすっかり髪は乾いてしまっているようであった。 「・・・ったく、なにやってんだか」 呆れるあまり、溜め息まで出てしまう。 と、そこへ ざぱぁ 唐突に水音が響いた。 咄嗟にそちらへと3人の視線が移る。 皆の目に、水飛沫によってきらきらと煌く陽光が飛び入ってくる。 水滴が水面を叩く音もポロポロとこぼれ、耳をくすぐる。 水中から現れたのは、1人の女性だった。 栗色の艶やかな長髪はぐっしょりと濡れ、彼女の身体の線をなぞる様に這っている。 それが彼女の顔の小ささを際立たせ、また、肌を伝う水はその白さを引き立てている。 彼女が息をするたびに、新しい輝きが髪を肌を伝い、光を纏って流れていくので、 辺りには光が絶えなかった。 スラリと伸びた耳の先にも水滴が留まり、まるで宝石のような輝きで彼女を飾る。 そして、 纏ったままの白いドレス、 こちらもまたぐっしょりと濡れて、彼女の肌に張り付いて、 衣服の下に隠された肌の色を想起させるのであった。 あぁ、 神に仕えるお方はどのような姿でも美しくて魅力的なのだな、 純粋にピットはそう感じた。 自分でもわかる、この頬の赤らみはきっと畏れによるものだ。 あぁ、 女性の美しさとはこのような形でその深淵から輝くものなのだな、 率直にアイクはそう感じた。 自分でもわかる程のこの頬の赤らみは・・・一体なんなんだろう。 「・・・」 残る1人の胸中やいかに。 「・・・ひ、姫ッ!?ゼルダ姫!!?」 素っ頓狂な声をあげ、それまで呆然と見入ってしまっていた視線を反らす。 やり場のない目が周囲を泳ぎ、 そして、 地に置かれた、アイクの服を見るや否や、 まるで、それまで彼を留めていた氷を砕くかのように、動いた。 持ち主が何を言う暇もなく、 リンクは、アイクのマントを地面から剥ぎ取る。 共に置かれていた上着や胸当てがそこらへ散らかるが、まったく目もくれず、 彼はゼルダ姫の元へと駆け寄った。 『・・・』 顔を真っ赤に染めながら、 水から上がってきた姫君を気遣い、アイクのマントでその姿を覆うリンク。 「・・・」 「・・・なんか言ってやったら?」 ピットに言われたところで、アイクからは全くなんの言葉も出てこないのであった。
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