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→ 1 誘い
→ 2 門出の門
→ 3 そして穴の底
→ 4 平面上の平行線
→ 5 花々の眼差し
→ 6 where is your CHAIR?
→ 7 続・お茶会
→ 8 玉座輝く谷間の橋
ここにいる意味など、考えたことはなかった。
ここで、剣を握っていること、
それに疑問を持ったこともなかった。
戦場に、一陣の風が吹いた。
メタナイトとアイクが同時に地を蹴り、
互いがぶつかるちょうどその位置で、
剣を振る。
キンッ
甲高い鉄の音が響き
そして
剣もろともメタナイトの体が宙を飛ぶ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
この場での雌雄が決したこと、
それはどちらにも判った。
メタナイトは無駄な足掻きをすることなく、
翼も広げずに、慣性のなすがまま空へと落ちていく。
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
アイクは、大きく息を吐いた。
まだ乱闘は終わっていない。
瞳に緊張感を保ったまま、
乱れた呼吸を整える。整えようとする。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・」
思うように息は整ってくれない。
自然と肩が上下する。胸の動悸も収まらない。
かろうじて剣は手放していないが、
剣先を上げるのを億劫に感じる。
「どうした、アイク」
ステージへと戻されたメタナイトが、
復帰台の上から飛び降りる。
「珍しいな」
剣を構えなおしながら、
メタナイトはアイクを気遣った。
「まだ、『1』ずつだ」
「あぁ・・・・・・まだまだ・・・・・・」
勝負はこれから。
続けようとするのだが、
まだ、息は上がったまま。
「無理はするな」
「無理なんかしてない・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
メタナイトは黙って、あくまでアイクを待つ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
彼の視線に
「・・・・・・すまん」
アイクも観念をした。
剣先を保とうとしていた腕から、力を抜く。
「調子が悪い時は素直に休め」
うなずく代わりに、再び息を吐いた。
・・・・・・少しは落ち着いてきたように思える。
「・・・・・・本当に平気か?顔色が悪いぞ」
「あぁ」
「何か、口にする物が要るなら持って来るが?」
「大丈夫だ・・・・・・それより・・・・・・」
「それより?」
「・・・・・・・・・・・・眠い」
「食べ物より寝床が欲しいと?」
「あ、いや・・・・・・」
考えなしに言い過ぎたか。
だが、一度眠気を感じてしまうと
体どころか頭も働かなくなってくる。
「寝るのは何処でも・・・・・・
寝られるから・・・・・・気にしないでくれ」
「だが・・・・・・」
メタナイトの言葉を聞き流しながら、
アイクはゆったりと歩を進める。
心配されているのはわかったし、気遣いはありがたい。
しかしもはやそれどころではなくて。
メタナイトが仮面の下から静かに見守る中、
アイクは手近な石柱の下に、座り込む。
「しっかり養生するのだぞ?」
「あぁ・・・・・・すまな・・・ぃ・・・・・・」
それだけ言って
アイクの意識は闇へと落ちた。
「・・・・・・ん」
どれだけ寝ただろうか。
うっすら目を開いてみるが、
光は見えない。
「・・・・・・」
アイクは、柱にもたげていた身を起こす。
未だはっきりせぬ頭の中。
数回の眼ばたきの後、彼はしっかりと目を開く。
いつの間にか、夜になっていた。
(?)
ふと、手元を探る。
(・・・・・・ない)
ない?
そんなわけがない。
頭をもたげ、目蓋を閉じ、改めて自分の右手、左手、背後、全てを確認する。
やはり、ない。
なくなっていた。
さっきまで、眠る前まで持っていたはずの剣が、ラグネルが、なくなっていた。
(・・・・・・)
今一度、思い返す。
寝る前は持っていた。これは間違いない。
メタナイトと話しながら、眠くて眠くて仕方ない中で、
何があってもこれだけは落とすまいと握り締めていた。―――はずだ。
近くの地面を見ても剣は見当たらない。
周りが暗いとはいえ、あの大きさの物が見えないわけがない。
しかし同じように、あの大きさのものを失くすとも考え難い。
考えながらもアイクはその目を右に左に動かし続けた。
(どこにいった・・・・・・?)
「ねぇ」
「ねぇ」
2人分の声。
アイクははっと顔を上げた。
それは、聞き覚えのある声だった。
「何、探してるの?」
「何、探してるんだ?」
目の前に現れた2人組み。
ピットと、リンク。
いつもと変わらぬ2人の顔が、
夜の仄かな月明かりに照らされている。
「・・・・・・?」
アイクは、ふと違和感を感じた。
・・・・・・
よく見ると
2人は揃ってウサギずきんを着けているようだった。
頭の上に長い耳が揺れている。
珍しいこともあるものだ。
しかし
アイクは更にもう1つ、見つける。
(!!)
気付いた瞬間、思わず目を疑った。
2人の手には
自分達のものではなく、
アイクの剣が握られていた。
2人の手に、1振りずつ。
(ラグネルが・・・・・・2本?)
「どうかしたの?」
「どうかしたか?」
『何かおかしい?』
そうも聞こえる言葉。
夜の暗闇に浮ぶ2人が、うっすらと笑っているような気がする。
「・・・・・・」
何か言わなければ、と思った。
だが、うまく考えがまとまらない。
(焦ってどうする)
一度、目を伏せ、落ち着いて状況を鑑みる。
問題はそう多くないはずだ。
自分の剣が2本ある。
ピットとリンクがそれを持っている。
なぜか、
自分ではなく2人が持っている。
「・・・・・・」
問いかけようとしたのだが、
「なぁ、ヒマだろ?」
「ねぇ、ヒマでしょ?」
2人が先だった。
「来いよ」
「相手してあげるよ」
「え・・・・・・だが・・・・・・」
戸惑うアイクのことなど気にする様子もなく
ピットとリンクは、アイクに背を向け、駆け出す。
「!待っ・・・・・・」
アイクはとっさに手を伸ばし、立ち上がる。
2人は笑いながら、大剣を持ったまま跳躍した。
アイテムによって高められた脚力で、高く高く跳び上がり、
そして、
狭い戦場を軽々と越え、その下方へと落ちていく。
迷っている暇はなかった。
アイクも駆け出す。
動いてやっと気付いたが、自分はマントも着けていないようだ。
だが構うことなく
2人を追って、アイクも戦場から跳び下りた。
↑上へモドル
別段、いつもと違うことはなかった。
マントがないことによる身のこなしの違和感も特に感じず、
アイクはそこに下り立つ。
南国の植物が並ぶ常夏の街並み。
閑散とした街の広場に、太陽の光が射している。
静まりかえったそのステージは、いつもと同じだった。
あたりをさっと見渡すも、
目当ての影は見当たらない。
(・・・・・・だめか)
心中で軽いため息をつき、なんともなしに歩き出した。
石畳を叩く靴音が静かな島に響く。
広場の中央、軽やかな水音を奏でる噴水を横目に、
アイクはただ前へと歩んだ。
じきに現われた、レンガ塀。
アイクの行く道のちょうど前方左右にそれは佇んでいる。
こんなところに、こんな高い塀があっただろうか?
鮮やかなレンガ色。
それはまるで、アイクに門を示しているかのようだった。
「来たか」
「来たな」
「そうみてぇだな」
「そのようだね」
そこへ
4つの声が代わる代わるアイクに降り注ぐ。
アイクは前を見上げた。
高い高い塀の上、
4人の者達が、腰掛けて、こちらを見下ろしている。
左側にはフォックスとウルフが
右側にはファルコとレオンが
きれいに左右対象に並んでいた。
(こいつら・・・・・・)
まじまじと彼らを眺め、思う。
(落ちたりしないのか?)
だがアイクが心配するようなことではなかったし、
彼等が好きでそこに居るのなら、関係ないことだった。
「・・・・・・」
もう、彼等の姿は見慣れたはずだ。
なのだが・・・・・・
何故かその彼等が非日常的に見えてたまらない。
―――きっと、
4人並んでいるからだ。
人数の問題だけじゃない。特に柄の悪そうな顔触れが揃っている。
そうでもないフォックスまで、そう見えてくる。
「どうした?」
「なんだよ?」
アイクの視線に応えてか、
ウルフとフォックスが尋ねる。
「用があるんだろ?」
「聞くべきことがあるのだろう?」
ファルコとレオンも続く。
用がある?
別にフォックス達を探していたわけではない。
聞くべきこと?それは―――
「ウサギを見なかったか?」
アイクは4人に尋ねた。
「ウサギ?」
言葉を繰り返すフォックス。
その目は、
気のせいかもしれないが、少し、笑っているように見える。
「それはどんな生物だ?」
「長い耳をいつも立てている生物か?」
「白い毛皮の汚れを嫌う生物か?」
「目を腫らして泣き続ける、弱い弱い生物か?」
・・・・・・
彼等はいつからこんな、詩的な愚論を言うようになったんだ?
アイクは思わず息をつき、
「ウサギはウサギだ。
俺の剣を持った奴らが2人、ここを通らなかったか?」
壁の上へと諭す。
すると4人が揃って目を細めた。確かに、そう見えた。
「剣ってのは」
「これのことか?」
言って、
左ではフォックスが
右ではファルコが
片手の平を上に向け、差し出した。
2人の掌中、それぞれに浮かび上がる、1振りの剣。
「!」
それは確かに、彼の剣であった。
フォックスの示すものも、ファルコの示すものも。
(また2つ・・・・・・)
「これを求めてどうする?」
「これを探してどうするんだい?」
問い掛けてくるのはウルフとレオン。
「どうするって・・・・・・それがないと戦えない」
「戦えるさ、やろうと思えばね」
「戦えるだろ、その気さえあればだがな」
何かにつけて『論』をぶつけてくる、4人。
彼らの言葉には、まるで敵意までもこもっているように聞こえてならない。
「・・・・・・何が言いたい?」
アイクは声色を落とす。
だがそんなことはお構いなしで、彼らの問いは続く。
「お前の戦う相手って誰だ?」
「お前の戦うべき野郎ってのはどいつだ?」
フォックスが言い、ウルフが続く。
「てめぇの獲物はいったいなんだ?」
「キミが欲しいのはいったいなんだ?」
ファルコが言う、レオンが言う。
「・・・・・・」
アイクは
あくまでも冷静を保つよう努めた。
「俺は剣を探しているんだ。理由なんて・・・・・・」
聞いているのか、いないのか。
4人が、
スッと片手を持ち上げた。
4つの手に握られた、4つのブラスター。
「俺達は知っている」
「俺達はこれの訳を知っている」
「オレ達はこれの意味を知っている」
「ワタシ達はこれを持つ自分の意味を知っている」
彼らの言葉が、渦のようにアイクを攻め立てる。
「お前はどうだ?」
「お前はその訳を知っているか?」
「お前は剣を持つ意味を知っているか?」
「お前は剣を持つ自分の意味を知っているか?」
言葉が終わる頃には、
彼らは、アイクの目の前に並んでいた。
その眼光がアイクのことを真っ直ぐに貫いている。
皆の手に握られたブラスター。
その口は、
アイクの頭へと真っ直ぐに向けられている。
目を見開いて前を直視するほか、アイクにできることはなかった。
思い出す。
彼らを―――
フォックスを最初に見た時のこと。
その姿と、
目の放つ色に驚いた、あの時のこと。
『墜ちろ』
初めて声が重なり、
そして
銃声が―――聞こえたような気がした。
↑上へモドル
「ねぇアイク、知ってるかい?」
暗いところに、声が響く。
「自分と違うモノを受け入れるには、
それらが自分と全く異質のモノであると知らなくてはならないんだよ」
静かに、穏やかにアイクの耳に届くその声。
難しいことを言っているわけではない。それは分かった。
「自分に理解できるものではないと知らなければ、
絶対に理解できないのさ」
だが真意までが聞き取れない。
この人の話は、いつもそうだ。
アイクは目を開く。
自分はしっかりと地に立っているようだった。
いる場所は、おそらく終点。
前にはマルスが立っていた。
いつもとなんら変わらぬ微笑を浮べている。
アイクと目が合って、その口元を緩めた。
「世界は難しいね」
簡単に言ってのける。
「で、アイク。
何を探しているんだっけ?」
薄ら笑いを浮かべて問うマルス。
「・・・・・・」
アイクは答える気にならなかった。
なぜなら、
マルスの顔は明らかに答えを知っている顔だ。
「あんたは俺に何を答えさせたい?」
「答えさせるだなんて。
君は君の持っている答えを素直に出せばいいじゃないか」
あくまでアイクに求めるマルス。
押し黙って、アイクはマルスを見据える。
「まぁ、焦ることはないと思うよ」
答えが返ってくることなど、はなから期待していない様子で、
「探しておいで、好きなだけ」
言いながら
マルスは懐から何かを取り出した。
「いってらしゃい、アイク」
マルスは取り出した物を、自分の足元へと放った。
するとそれは音も立てずにスッと消える。
そして、
マルス自身も、同じように消えてしまった。
彼の含み笑いだけが空間に残る。
(・・・・・・)
アイクは彼の消えた場所を見詰める。
そこにマルスが投げた物、
それは、「落とし穴のタネ」
(『堕ちろ』)
あの4人の言葉が思い出される。
わざわざ目の前で作った落とし穴だ。
無意味な訳がない。
アイクは、
一歩二歩と足を進める。
あえて地面は見なかった。
そして
唐突に地面は消え失せた。
落ちて、
落ちて、
ひたすら落ちる。
マルスの置いていった落とし穴はとにかく深かった。
暗い闇の中をふわふわと漂うように落ちていき、
たどり着いた場所は、真っ白な空間。
知らない所ではない。
まっ白の空白に浮かぶ1つの真っ黒で平坦な足場。
果てなく白く、そして奥行きと言うものの存在しない世界。
きっと、この舞台に立つ違和感に慣れることはないのだろう。
そう思った。
「・・・・・・!」
突然、アイクの目の前の空間に黒い物が書き込まれる。
思わず身を仰け反らすアイク。
そんなことはおかまいなしで空間は描かれ続ける。
太めの線が
まず四角を1つ、その上に斜線を2つ。
さらに細い線で何かを付け足す。
あっという間にできあがったのは
『家』、だった。
普通の乱闘中にも見たことがある形だ。
なのだが、
「?」
家の壁にあたる、地面から垂直に伸びる線。
いつもならまっ平らなはずのその壁に、何やら黒い出っ張りがある。
位置はちょうど、アイクが手で握るのに都合が良い高さ。
(これは・・・・・・もしかして、扉か?)
窓があるのは普通だが、
扉がついているのは初めてだ。
辺りを見回す。
誰の姿もない。
アイクは、
家に近付き、
その扉に手を伸ばした。
↑上へモドル
鍵は掛かっていなかった。
それがこの世界の当然なのかどうかは知らないが、
とにかくカチャ、と軽い音がして、
扉は開いた。
同時に、
家の窓が消え、
代わりに部屋の中身が白い空間に描かれていく。
現われたのは1つのテーブル。
黒い線のみで表された卓上、そこに、何かが置かれている。
アイクは、部屋の中へと足を踏み入れる。
近寄ってみると、それは小瓶のようだった。
2つの小瓶。
クッキーだろうか?瓶の中には菓子と思しき物。
そして貼られている、ラベル。
どちらの瓶にもキノコの描かれたラベルが貼られていた。
片方は普通のキノコ。
もう片方は、不機嫌なキノコ。
(・・・・・・
いつから俺は顔のついたキノコを普通だと思うようになったんだ)
つい自問してしまうが、仕方がない。
『ここ』では普通なんだから。
(そういえば)
じっと、並んだ小瓶をみつめる。
・・・・・・あれから、
メタナイトとの勝負の後から結局何も口にしていない。
その前もしばらく何も食べていない。
(誰の、というわけでもないだろう)
他に誰がいるでもない。
今いる所に個人の所有物である食べ物があるとは考えにくかった。
アイクは、自然と、『普通のキノコ』のラベルの小瓶を手に取った。
蓋を開ける。
仄かな甘い香りが広がり、食欲をそそる。
中から菓子を1つ取り出して、
なんの躊躇もせずに、口に入れた。
「うまい・・・・・・」
思わずこぼれる言葉。
こんなに美味しい菓子は初めて食べたかもしれない。
程よい上品な甘みと、サクッとした軽い歯応え、惜しまず使われたバターの香ばしさ。
一口の中に並べられた最上の焼き菓子の条件。
そこに加わる、独特な、おそらくラベルに描かれたキノコの風味。
初めて食べるはずなのにどこか懐かしい、しかし新鮮。
ふと、妹の顔が浮んだ。
(ミストもこういうの作ってくれたら・・・・・・)
すぐにその思いは消した。
『ここ』でその顔を見ることはできないだろうし、
まぁ、
あいつには無理だろうと、密かに謝りながらも思った。
「あぁー、壊したね」
「アァー、こわしちゃった」
唐突に、背後から声が現われる。
アイクは一瞬目を見開き、そして声の主を探して振り向いた。
だが誰もいない。
「こっちだよ」
「こっちこっち!」
再びした声に、
アイクは下を見た。
見つけた緑色の2つの影。
ルイージと、トゥーンリンク。
2人はそれぞれまったく違う表情を浮べ、
アイクを見上げていた。
―――遥か、下から。
「小さい?」
「違うよ、君が大きいんだ、アイク」
「チガウよ!アイクさんが大きいんだよ」
言われて見れば、
来た時とはステージの景色が変わっていた。
真白な空間に浮ぶ、黒の地面、部屋、そしてテーブル、
全てが小さくなっている。
なるほど、
菓子の旨さに気を取られて気付かなかったが、
2人の言うとおり、自身の体が大きくなったらしい。
―――別段、驚きはしなかった。『ここ』での日常茶飯事にはもう慣れた。
アイクは冷静に、握った右手を開いてみる。
(これか)
よく落とさなかったものだ。
指の先程になった小瓶はしっかり手に握られていた。
「いきなり食べたりするから」
「すぐなんでも食べちゃダメじゃないの?」
「・・・・・・2人の、だったか?」
「ううん」
「違うけど」
ならいいじゃないか。
思ったが、言葉にはできなかった。
「でも」
「でも」
「?」
「家は僕らのだよ」
「家はボクたち作ったんだ」
「・・・・・・あ」
『コワシタ』
最初に聞いた言葉が蘇る。
ルイージとリンクは、家の壁より外に立っている。
家の中からそれが見えるということは・・・・・・
(壊した)
ふと頭に手をやると、
そこに乗っていたものが、コロリン、と軽い微かな音を立てて地面に落ちる。
黒の直線が2本。
地に触れ崩れ、そして消えた。
「・・・・・・・・・すまん」
「まぁ、いいんだけどね」
「ダイジョウブ!気にしないで」
2人がそれぞれ言うが、
どちらのも、気にするなとは聞こえない。
何か、底に隠しているような口ぶりに聞こえた。
「・・・・・・」
会話を続けようとした
が、
その時、
「!」
アイクは見つけた。
白と黒の世界にふわりと揺れる、長い耳。
ステージの隅に現れた、2人の『ウサギ』。
それは確かにアイクの探し人。
「アハハ、こっち、だよ」
「あはは、コッチ、だ」
「待っ・・・・・・」
とっさに追おうとするも
屋根が消えたとはいえ、いちおう家の中にいるアイク。
足元にテーブルがあるのもあって、動こうに動けない。
そんな彼を嘲笑うかのように、リンクとピットはアイクの視界から消えていく。
「・・・・・・」
追いかけなくては。でもどうすれば。
足元のテーブルを見た。
そこに残る、もう1つの小瓶。
「それ、食べちゃうの?」
「食べちゃっていいのかい?」
ルイージとリンクが問いかけてくる。
「2人のではないんだろう?」
「でも食べて、どうするの?」
「あいつらを追いかける」
「追いかけてどうするんだい?」
「剣を取り戻す」
「剣を?」
「どうして?」
『なぜ』と問う、その2人の眼差し。
まただ。
言葉に反して、そこには疑問などこめられてはいない。
(どうして、だと?)
その問いかけは、
まるで自分が剣を追い求めることを否定されているように聞こえる。
いや、自分にその意味を否定させようとしているのか。
(理由なんて・・・・・・ない。
自分の剣を追う、その意味なんていらない、―――そうだろう?)
アイクは慎重に、その身を屈めた。
持っていた瓶をテーブルへと戻し、残っていた方を摘み上げる。
落とさぬよう、つぶさぬよう、指で静かに持ち上げる。
小さすぎてわかり辛いが、それは確かに不機嫌なキノコのラベルの小瓶。
アイクは指先で蓋を弾き開け、
まるで飲み物のように、その中身を口へと注いだ。
これを作ったのはピーチ姫だろうか?それともヨッシー?
軽い舌ざわり、口に広がる香ばしいバターの香り。
ただ残念、毒キノコの風味がそれらの邪魔をする。
―――どうやら最初の選択は間違っていなかったらしい。
「・・・・・・」
誰かに覗き込まれているのはわかった。
ぼんやりとした視界。
自分が目を閉じきっていないのは意識しているものの、
目蓋をしっかりと開いて、その誰かの姿を確認することはできなかった。
「よぅ寝とるの〜」
「・・・・・・」
誰が何を言っているのか、よくわからない。
「・・・・・・」
よくわからないが、
「探し物は見つかりそうか?」
そう、問われたので、
「・・・・・・わからん」
開かぬ目のまま、それだけ呟いた。
「そうか。まぁ、時間はいくらでもあることだし、焦らんことじゃ」
「・・・・・・あぁ」
開ける事の出来ぬまま、その目は閉じられる。
誰かが離れていく。
「ゆっくり探すがいいぞい」
その言葉を耳にし、そしてそこで、意識は落ちた。
↑上へモドル
自分は眠っていたのだろうか。
わからないが、
自分はいつからか地に寝ていた。
閉じていた目が開き、沈んでいた意識が覚める。
その視界に飛び込んでくるのは、ひたすらに緑ばかりの景色。
「・・・・・・」
左手で額を抑え、寝起きのような顔をぬぐいつつ、身を起こす。
見回すと、そこは森とも林とも言えぬ場所だった。
確かに植物に囲まれているのだが、『木』と呼べるものはない。
(ああ、そうか)
すぐに思い当たった。
きっと、小さくなりすぎたのだろう。自分は草の中に埋もれているのだ。
いつもなら膝くらいまでしかないような草が、遥か頭上に伸びている、
そういうことなのだろう。
草むらなら比較的どこにでもある。
白黒でも平面でもないことからステージが変わったのはわかったが、
どこなのか断定はできず、
また残念なことに、ウサギの気配もどこにも見当たらなかった。
こう立ち止まっていて見つかるわけもない。
アイクは、1歩を踏み出そうとした。
『どこへいくの?』
別々の方から聞こえる2つの声が、重なって聞こえた。
いつからそこにいたのか。
右の草の下にはスーツを纏わぬサムスが、
左の草の下にはシークが、
それぞれこちらを見据えていた。
どちらも手にはリップステッキを携えていて、
可愛らしいピンク色の花が、どこか冷めた印象の彼女達を彩っている。
しかし、
手持ちのアイテムに反して、2人の眼差しは厳しいものに見えた。
女性でありながら、いや、女性ならではの強さを覗かせるその瞳。
・・・・・・シークが女性なのか男性なのか、実はよく知らないのだが。
どれだけアイクが視線を向けようとも、
2人は共に黙りこくったままだった。
こちらが答えるまで、二の句など彼女達の口から出てきはしないだろう。
そう感じさせられた。
「・・・・・・どこへ行けばいいのか、わからない」
アイクは正直な言葉を紡ぐ。
「わからない?ではなぜ一歩を踏み出そうとする?」
シークの問いに、
「立ち止まるわけにはいかない」
アイクが答える。
「行方はどこでもいい。俺の剣が取り戻せるなら、どこでも」
「なぜ、剣を取り戻すの?」
「あの剣がなければ俺は戦えない」
「何故戦う?」
「『ここ』は戦う場所だ。
貴方たちも、その為にいるのだろう?」
「私が?」
「僕が?」
問い返すサムスとシーク、
彼女達の表情には微塵も変化が見られなかった。
ただ、2人の手のリップステッキが、微かに揺らぐ。
小さな、ポロン、という音。
サムスとシークの傍らに芽吹く、愛らしい花。
「何をもって、僕が戦う者だと言っているんだ?」
「どのような理由から、私が戦う者だと言えるのかしら?」
小さな花が足下で揺らぐのにも目をくれず、サムスとシークの瞳はまっすぐにアイクを捕らえている。
アイクはどちらに応えればいいのか、大いに迷った。
迷っているうちにも、
気付けば増えているのは花。
「私の姿は硬き花の蕾、命を守るための姿」
「僕の姿は儚き花の陰、身を隠すための姿」
五感をくすぐるものは、直に確信へと変わった。
2振りのリップステッキから零れ落ちる光の雫が咲いた花を更に育たせ、
その側にまた新たな花を芽吹かせてゆく。
「この手の杖は、花を芽吹かせる」
冷めた言葉、ポロンと芽吹く花、こちらを射す水色の眼光。
「芽吹いた花は、皆に刹那の安らぎを与える」
冷めた言葉、ポロンと芽吹く花、こちらを射る赤色の眼光。
『この世界の何をもって戦う場所だと言える?』
見る見るうちに増え、育っていく花々は、
アイクの視界を緑から桃色へと塗り変えていき、
そして、
ついに全てが花で埋め尽くされた。
「・・・・・・」
景色の変化から取り残されたのは、
サムスの視線と、シークの視線と、たたずむアイクの姿、それだけ。
変化が終わり、あたりには深い沈黙が降りた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
長い、長い沈黙。
サムスにも、シークにも、
誰にもアイクは返せる答えを持たなかった。
持つことが、できなかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それは果ての見えぬ沈黙かとも思えたが、
「花の導きに従いなさい」
サムスの声に、それは破られた。
「その先で、きっと、今の君に必要なものが見つかる」
続くシークの言葉、
その意味を確かめる前に、
ふっと、
アイクを取り囲んでいた全ての花々が消え失せた。
今まで場を支配していたものが消え去って起こる、まるで何かから解き放たれたような錯覚。
景色は元の緑の草むらへと戻った。
サムスとシークの姿も消え失せていた。
(・・・・・・俺に、今、必要なもの?)
目に入ってくるものは、草と、土と、僅かな空だけ。
自分に答えを返してくれる者はどこにも見当たらない。
アイクは、キュッと、やりきれない思いと共に右の拳を握った。
「花の導き・・・・・・か」
伏せた目を開ける。
そこに映るは、地に一輪だけ落ちた、小さな桃色の花。
その花の奥、草の合間を縫うようにか細い小道が続いている。
アイクは、
花の導く方へと足を踏み出した。
↑上へモドル
さわさわさわ、と
草と体の擦れる音だけが響く。
道はとても細くて、いつか消えてしまうのではないかとも思ったが、
進む先には確かに自分の踏むべき土があった。
アイクはただその地面を信じ、歩み続ける。
さわさわさわ、と、その音も後を追う。
「花は気紛れだよ」
唐突に耳に入る、言葉。
アイクはピタリと足を止めた。それと共に音も止まる。
声のした方に目を向ければ、
そこには、いつもの微笑みで、マルスが佇んでいた。
「気紛れに従うの?」
「・・・・・・他に信ずるに足りるものがないならば、仕方ない」
「君、そんな子だっけ?」
笑ったままのマルスの顔を、
アイクは睨みつけたつもりだったのだが、その笑みが崩れることはない。
「この先はお茶会だ」
優しい声色で言ってくる。
「彼らに問うことが出来るのなら、聞いてみるといい」
その言葉に問うことは出来ないまま、
再びアイクは歩き出す。
さわさわさわと音もついてくる。背中に視線は感じられなかった。
歩き続けると、
やがて周囲から草は消えて行き、
踏みしめる地は、土から、石とも鉄とも言い難い物へと変わっていく。
気がつけば、自分をとりまく音は草のそれからカンカンという高い靴音になっていた。
草に覆われていたはずの空もその姿を変え、真っ黒の闇空となっている。
靴音がやむのと同時に、
アイクは目の前の光景に目を留める事となる。
それは、
確かに知っているはずのもの達で組み上げられた、全く新しい風景。
これが、お茶会・・・・・・
・・・・・・なのか?
確かに、お茶会だった。
宇宙と呼ばれる暗い闇空を渡り続ける鉄の船上に、
2つの丸テーブルが並んでいる。
どちらもの上に乗せられたいくつかのカップとポット、
忙しなく空を飛び交う戦闘機や隕石、鉄の塊などを余所目に、
それら全てが仄かな蒸気をくゆらせており、自ら高き香りを誇っているかのようだ。
カップに対してポットの数が妙に多いのはこの際、見逃そう。
それはまぁ、いいのだが・・・・・・
いいのだが・・・・・・他の物は、如何なものか。
様々な食料が、所狭しと並んでいる。何故テーブルから溢れ落ちないのか解らないほどだ。
食材は全て『ここ』で見たことのあるものばかり。
リンゴやブドウやメロンといった色鮮やかな果物、
その陰に日向に板チョコ、ドーナツ、キャンディー、ケーキなどのお菓子たち、
さらにはステーキ、ピザ、どんぶりシュウマイローストチキン―――
牛乳もパックのまま置いてあれば、寿司まで見え隠れしている。
(・・・・・・お茶会、か?)
疑問に思えども、
アイクはそれがお茶会であると認めざるを得なかった。
なぜなら、2つの卓についた者達は確かに『お茶』を嗜んでいる。
左側のテーブルには、ネスとキャプテン・ファルコンがついており、
手にしたマグカップを傾けて、優雅な一時を過ごしているようだ。
そして卓上、食材の中央ではピカチュウが、食べ疲れたのか、尻尾を立てて眠っていた。
右側のテーブルには、リュカとスネークがついており、
手にしたティーカップを傾けて、悠長な一時を過ごしているようだ。
そして卓上、食材の中央ではソニックが、話に飽きたのか、身を丸めて眠っていた。
「やぁアイク、今日はいい天気だな」
挨拶と共にマグカップを掲げ、ファルコンが陽気な声を上げる。
つい一時、頭上の宇宙を見上げ、それから
「そうだな」
そっけなく返事をした。
ファルコンの隣の席のネスはというと、
まったくこちらに興味を示さず、チョコレートをほおばっている。
隣のテーブルのリュカもおなじくキャンディに夢中だし、
スネークはただ視線だけこっちへ投げているし、
ピカチュウとソニックはまったく起きる気配がない。
「・・・・・・
聞きたいことがあるんだが」
さっさとあいつらの行方だけ聞き出してしまおう、
そう思ったのだが、
「キミも1杯どうだい?」
こちらの言葉はファルコンにあっさりと流され、
もう片方のテーブルから、スネークがティーカップを差し出してくれる。
「・・・・・・いや、ありがたい・・・・・・とは思」
「あぁ、そうだったな」
受け取ろうとしないアイクに、
今度こそ気付いてくれたかと思ったが、
「椅子が足りないな」
そうでもなかった。
「カモーン!!」
張り上げた声と共に、ファルコンは指を鳴らした。
(・・・・・・?)
なにを呼んだのか思えば、
「!」
唐突に、
頭の上から降ってくる、Mr.ゲーム&ウォッチ。
アイクのすぐ横に、ビッ!という電子音と共に着地する。
その姿は真っ暗な空の色と同化してよく見えない。
なにがなにやらよくわからないが、
とにかく、彼は、ピコピコと音を立てながら
椅子を出し、
そこに置き、
そして、
サッとその場を去って、またその姿を空へと同化させてしまった。
「・・・・・・」
「座るといい」
ちょうど、2つのテーブルの間に、どちらを向くこともなく置かれた、黒い椅子。
ファルコンはこちらをずっと眺めているし、
スネークはずっと変わらずカップを差し出し続けている。
(・・・・・・)
何を思うこともできず、
アイクはカップを受け取り、座に着いた。
↑上へモドル
「世の中には、語るべきことが非常に多く存在する」
誰にともなく語る、キャプテン・ファルコン。
「その中から何を話題として選ぶか」
隣ではネスが、手を伸ばし、メロンをどかして寿司の器を引っ張り出す。
「これがまた非常に重要だ」
もう一方のテーブルでは、スネークがバナナをリュカに分けている。
「しかしこれが非常に難しい」
アイクはティーカップのお茶を一口、啜った。
「今日は一体何について語るが最善であろうか」
ファルコンも一口、茶を飲んで、
「どう思うかね、本日のゲストとして」
こちらへと首を向ける。
アイクはせっかくのチャンスなので、
「ウサギの行方は?」
聞いてみた。
「ふむ・・・・・・ウサギ」
ファルコンが顎に手をあて考え込む。
それを見て、多少はまともに話の進みそうな言葉が出るのを期待した。
だが、
「ウサギといえば、子供の鑑賞の対象だな」
スネークがまた奇妙なことを言い出す。
「生き物係とか、やるよね」
「スケッチしたりもするよね」
まさに鑑賞側となるネスとリュカが口々に言う。
「スケッチ!」
ファルコンがそれを拾った。
「スケッチ、すなわち『絵』・・・・・・それだ」
閃いてしまったらしく、
「『絵』について議論するとは、まさに芸術的!」
高らかに言い放つ。
「すばらしいッ!!」
「うむ、まさにお茶会にはうってつけだ」
スネークも満足げだ。
「絵を描くのは好きだな」
「楽しいよね」
リュカとネスも賛同する。
・・・・・・
まだしばらく聞きたいことは聞けなさそうだ。
アイクはため息をつく代わりにティーカップを傾けた。
ふと聞こえてきた小さな音に、何気なく目をやれば、ピカチュウの耳にティーポットが触れている。
こぼすことはなさそうだが、なんだか気になる。
もう一方のテーブルも確認すると、ソニックも同じく、
いつティーポットを蹴飛ばしてもおかしくないような所に足を置いていた。
「君は絵を描くかい?」
勝手に心配しているところで、ファルコンに尋ねられる。
「・・・・・・描かないな」
そんなことをした記憶はあまりない。
「描き方・・・・・・描く道具をよく知らない」
「行わない理由を環境に押し付けるべきではないぞ」
素直に答えただけのつもりだったが、
ファルコンに諭されてしまった。
「絵は誰でも描ける」
その言葉にスネークがうなずく。
「誰でも作り出すことができるわけだ」
「だが、絵をより美しく描くための手段があるのもまた事実」
ネスがお稲荷さんを口に入れた。
リュカは懸命に次の食べ物を選んでいる。
「絵を描く方法は無数にあるが、その中から特に優れた技法が選ばれ、そして磨かれていく」
確かに悩むほどの種類があるが、
そんなに悩まなくても、手当たり次第食べてしまえばいいんじゃないかと思う。
「絵を描くのに使うのは技だけではない。感性もまた必要だ」
「それは人によって違い、
また同一人物であっても視点を変えることで違ったセンスを発揮する」
比べてネスはどうだ。
ぱっと見定めては手を出し、自分の欲しいものがなかったら視点を変えて、
見つけ出して、引っ張り出している。
「視覚に入る現実をありのまま写し取る技法もあれば」
「自身の第六感を信じ、イメージだけで描き出す技法もある」
・・・・・・自分はというと、
なんとも中途半端な位置に座らされてしまったもので、食べ物には手がとどかない。
かといって彼らに声を掛ける気にもなれず、ただティーカップに口付ける。
「どんな絵でも、全て芸術と言えよう」
「しかしそれらは必ず評価を受けることになる。
世に現われ、他者の目に触れてしまったら、その絵には必ず良し悪しがつく」
「絵を評価することに、なんの意味があるのか」
「芸術の評価は創作者の評価へと直結する。
優れていると認められた者は、周囲の協力を受け、さらなる高みへ進むことができる」
「しかし、生きているうちには認められず、死んでから評価を受ける者もいる。
その創作者から、新たな芸術が生まれることはない」
「ではなぜ評価するのか」
空になったティーカップ。そこに残る温もりにしばし浸った。
ふと、
顔を上げれば、ネスとリュカがこちらを向いている。
「1つの絵を、社会に現われた1つの物として捉える場合、評価によってその物の価値が決まる」
「社会に対する価値を定めれば、それは物として様々な取引に利用することができる」
こちらが気付いたのを見ると、
2人は椅子からヒョイと降りて、ティーポットを抱えてこちらへと来る。
同時にアイクの前へと立ち、
アイクがどちらのポットを選ぶべきか迷っている間に、
2人共がアイクのカップに茶を注いだ。
「金に例えられ、人の財産となる」
「ついてしまった価値によって人の目は変わる」
ほんわかとした湯気と、芳しい香りが、アイクへ届く。
「更に人の手と手の間を行き来し」
「その真価はどんどん歪んでいく」
それは、思いもよらぬ香りだった。
アイクの微かな驚きが伝わったようで、
リュカとネスは、さらに先を、言葉なく勧めてくる。
「もはや絵は芸術ではない。1つの物質だ」
「その価値とはなんであろうか」
一口、
それを口に含めば、香りは口の中に広がった。
甘い舌触り、転がして、喉へと通せばスッと落ちていき、残るは爽やかな後味。
音はない。視界も閉ざす。その瞬間に在るのは、ただ1つ―――
これぞ、至福の時。
2人の顔に目をやる。
彼らの笑みを見ることで、自分が満足を表情で示せていることが知れた。
「ボク、絵を描いたよ」
リュカが口を開く。
「お父さんとヒマワリの絵だった。
お父さん、上手だって言って、ボクの頭に手を置いた」
その顔が、とても幸せな思い出を思い出している顔になっている。
「ぼくも描いた」
ネスが続く。
「ママと妹とイヌの絵だった。
ママはすごく喜んで、その日のハンバーグは特に美味しかった」
その顔が、とても懐かしい思い出に思いを馳せる顔になっている。
しばしの間、言葉なく、
ファルコンはじっと考え込み、スネークはカップのお茶を静かに口に含む。
リュカとネスも、黙ってテーブルに戻ってポットを元のところへ置いた。
闇色の空を小さな隕石が通り過ぎてゆく。
ふと、ピカチュウの寝息が聞こえた気がしたが、ソニック共々まったく動きを見せてはいなかった。
カタ、と、カップを置く音が響いた。
「絵が人の価値観によって変わるのと同じく、
絵の価値も、見る人によって変化する」
スネークの言葉に、先程までなかった重みが加味される。
「価値なんていうものは、
人がそれを手に入れるための指針、ただそれだけだとも言える」
ファルコンはまるで、これまでの議論を丸めて投げ捨てているように聞こえる。
「絵は表現だ」
「表現が具体化されることによって、他人へと伝わる」
「伝わったものはまた更なる表現を産む原動力となる」
「そうして他と他を繋ぎ合わせながら、
自身が朽ちようとも、そこに込められたものを発信し続けていく」
『絵って素晴らしいねぇ〜』
それぞれが、それぞれの様子で感嘆するファルコンとスネーク、
それを傍目に、リュカは手近にあったチーズを手に取った。
ネスは珍しく悩みながら、置いてあったクリームソーダを手にする。
「さて、結論が出てしまったな」
ファルコンは、満足なのか不満なのかわからないが、
とにかく、自分のコップに茶を継ぎ足しながらそう呟いた。
スネークは、こちらも何を思っているかわからないが、
じっと自分のカップの中を見つめているようだった。
「議論が終わってしまったが」
「でもまだまだお茶会は終わらないよ」
リュカは言い、チーズをまた一口かじる。
終わるものではなくて終わらせるものじゃないか、
・・・・・・と思いつつ、アイクも少なくなってきたお茶をカップの中で躍らせる。
「どうしようか」
ネスも微かに呟く、が、その興味はまだクリームソーダに傾いたままのようだ。
「そういえば」
と、
スネークがカップから顔を離した。
「今日はゲストがいるのだったな」
4人の視線が、彼らの中央に座するアイクへと集まる。
ちょうど、お茶のおかわりを頼もうと決めて顔を上げたアイクは、
皆と交わる視線に少し戸惑う。
「君は、何を議論したいと思う?」
「俺が議論したいこと?」
無論、決まっている。
自分が彼らに問うべきことは・・・・・・
(・・・・・・)
もう決まっていることなのに、
それはすんなりと口から出てこない。
なぜ?
彼らの目が、それを言わせまいとしているから?
彼らが知っているとは、知っていても教えてくれるとは思えないから?
彼らに問うことからして間違っているから?
どれもが正しく、どれもが誤りであるように感じた。
「俺が聞きたいのは・・・・・・」
ゴッッゥ!
突然、耳の鼓膜を凄まじい豪風が振るわせる。
目を見開くも、あたりは真っ白な風の渦に覆われて何も見えない。
凄まじい勢いで吹き荒れる風に、ところどころで炎がはぜる。
あぁ、
これは『宇宙』とやらから大地へ下り立つ際に起こる自然現象だったな。
たしか誰かがそう言っていた。
誰か?誰だったか。
自分の身を巻き込んでもおかしくないような激しい光景だが、
それは、轟音意外はなんらこちらへと与えてこない。
これが普通なのか、『ここ』だからなのか。
「ピカッ!」
高い鳴き声が響いた。
真っ白な視界の前方から、ピカチュウが現われ、
颯爽と自分の左側を駆け抜ける。
呆気に取られているうちに、さらに、ソニックも走ってきて、
「行くぜ」
聞き取れるのが不思議なくらいの囁きを残し、
ピカチュウと同じように駆け抜けていく。
2人は揃って、
ステージの縁をポーンと蹴り、
あっという間にその姿を消してしまった。
何気なく、
アイクは彼らの蹴った場に立ってみる。
変わらず白い風がそこらじゅうの空気を渦巻かせているが、
下を覗けば、
降り立つべき大地がうっすらと見えていた。
(誰か、俺は大地にいるべきと決めたか)
疑問もぼやかしながら、
アイクは自らその縁を蹴った。
決まっているか知らないが、地に足着いているほうが向いているのは確かだ。
さわさわさわ
気付けばまたも草を掻き分け進んでいる。
「どこへ行くの?」
見向きなどしなくても、あの人の声は勝手に尋ねてくる。
「次に会った者に、何を尋ねるの?」
尋ねるべき問いが間違っているのか、求めるべき答えが間違っているのか。
もうわからない。
「どこに行くの?」
アイクはただ無言で、前へと歩みを進めていく。
さわさわさわさわさわさわさ
響く草の音の果てに、やがて、門が現われた。
足を止めて見上げる。全貌が見える。
石の門、黒い鉄扉、重い、重い、重圧感、ただそれが目前にそびえ立っている。
ただそれだけ。
アイクはじっと、その門を見上げた。
「・・・・・・自分で開けなければ、開かないか」
当たり前だ。
当たり前のことを反芻しながら、アイクはその鉄扉に右掌を当て、
ゆっくりと、力を込める。
期待を裏切らず、
扉はゴゴゴと重苦しい音をたてて、アイクに道を開いていった。
↑上へモドル
硬い石畳を、靴が叩く音、それが連続して歩みの音となっていく。
アイクはただただ歩み続けた。
無表情の冷め切った顔に、黄昏時の暗い光が、妖しい陰影を与えている。
「あら、アイク」
「ごきげんはいかがかしら」
掛けられる声にも応えず、歩みを進める。
「こんなところまでいらっしゃるとは」
「何か困っているのね」
答える必要はない。
なぜなら、彼らの座は、じきにこの足を止めるであろうから。
その時にきっと、言葉は出てくるだろう。必然的に。
「こいつが助けを要してるとは思えんぞ」
「何を言っているのです、お黙りなさい」
「こいつの相手をするなど、時間の無駄ではないか?」
「貴方との時間の方がよっぽど無駄よ、お黙りなさい」
行く手では、彼らが勝手に騒いでいる。
だが関係ない。
すべきことはただ1つ。そうでなくては困る。
コツと、
最後の音をたてて、アイクは立ち止まった。
夕暮れ時の、谷間の大橋。
その終着点に彼らの玉座が据え置かれていた。
大きな玉座だ。2つが並んで、大きな橋を完全にふさいでいる。
左の座に就いているのはクッパだ。疲れと疎ましさを、その頬杖で表している。
右の座に就いているのはガノンドロフ。呆れと煩わしさを、その頬杖に込めている。
2人の王。
彼らの前にはそれぞれ、女性が立っていた。いつもと変わらぬ姿のゼルダとピーチ。
後ろの王達と違い、こちらの2人は品位ある活気で満ち溢れている。
「そうよね、アイク、貴方には助けがいるわよね?」
「私達に尋ねたいことがある、そうですね?アイク」
代わる代わるに優しい言葉を投げかけてくる、ピーチとゼルダ。
どちらも、目は笑っていなかった。
『用件は?』
2つの声が重なって、谷間に響いた。
とても、とても高いところからその声と視線は落とされているかのように感じる。
「・・・・・・」
アイクは、どちらにでもなく、もちろん王達にでもなく、
答えた。
「俺の剣はどこだ」
『剣?』
ゼルダとピーチが、首を傾げる。
「あら、そんなことなの?」
「それだけですか?」
「だから言ったであろう、必要な・・・・・・」
「言いましたよ、お黙りなさいと」
「やはり時間の・・・・・・」
「無駄よ、だからお黙りなさい」
クッパの言葉をゼルダが、ガノンドロフの言葉をピーチが、非情に一蹴する。
「あなたの剣」
「剣でしたら」
スッと、ゼルダの左手、ピーチの右手が上げられる。
『あちらに』
地と水平に上げられた片腕、その先の細き指が示すのはアイクの背後。
アイクは後ろを振り向いた。
後ろからの風には微かな笑いが忍んでいる。
だがそんな事はどうでもよかった。
彼女達に背を向けたアイクの表情から、もともとない熱がさらに退いていく。
「ちゃんとありますわ」
「ちゃんとあるじゃない」
振り向いた先に、確かに剣は在った。
2匹のウサギの手の中に。
「ちゃんとありますとも、女王陛下」
「ココにちゃんとありますよ、女王様」
2人を均等に見据えるアイクとは対象的に、ピットとリンクはそのアイクを見てはいない。
「この剣はこの者に返すべきでしょうか?」
「この剣、この者に渡してもいいでしょうか?」
ピットはゼルダ、リンクはピーチに、それぞれお伺いをたてる。
「返せばいいではないか」
「渡せばいいだろう」
『お黙りなさい』
2人の王は言われた通りに黙り込み、なおいっそう影を濃くして頬杖をつき直す。
「それは剣にお聞きなさい」
「それは剣に聞くべきね」
2人の女王がそれぞれに投げかけられた問いを短く返した。
「かしこまりました」
「その通りですね」
ピットとリンクはそう答え・・・・・・
刹那の時、
その姿がかき消える。
と、
同時に、アイクも出来る限りの力で後ろへ跳んだ。
アイクの目の前で交差する剣。
リンクとピット、2つの太刀筋が、それまでのアイクの立ち位置を薙ぐ。
それを見ながらアイクはさらに1つ、2つと後ろへ下がる。
2人の1手の間合い、
そこから外れた場所に足を着けた。
一呼吸だけ置き、すぐにまた身構える。
ピットもリンクも口元を僅かに歪めていて、笑っているように見えた。
しかし、瞳にはなんの光も湛えていない。
ただこちらを見ているだけ。
彼らの様子を冷静に伺うアイク。
その視線が揺らぐことはない。こうなるのは予想できることであったから。
剣とは、その為に在る物だから。
冷え切った頭で考えを巡らす。
2本の剣、2匹のウサギ、
どちらが真でどちらが嘘か。はたまたどちらも真かどちらも嘘か。
思えばここまで、
2つの物ばかりだった。
ここもそう。
2人の女王に、2人の王、2つの玉座・・・・・・
全ての物が対であった。
2つの剣の切っ先が上がった。
ピットとリンクの両手の中、ラグネルの刀身が橙の陽光に煌く。
(違う)
1つ、思い浮かぶ。
対を持たぬ者。
ここまで自分を導いた者。
ウサギの耳が揺れるのを、アイクは確かに見た。
見たのだが、
「残念」
すぐ耳元からの言葉に、
不覚にも驚きすくまされる。
見開いた目に入ってきたのは、リンクの瞳。
いつもの綺麗な青に影が差して、鉄のような冷たさを帯びている。
「真実はいつも1つ」
さらに真後ろからはピットの声。
「な〜んて、僕が言うとでも思った?」
とっさに顔を向けたその先に、ピットの瞳があった。
いつもの澄んだ青に光が差して、砂金のような煌きを放っている。
身体に熱が戻る。
瞬時に身を屈めた。
頭上でまたも交わる剣の軌跡。後から風を割く音がそれをなぞる。
しゃがんだついでに身体を捻り、2人に足払いをかける。
普通では避けられるようなタイミングではないはずなのだが、
2人はあっさり、高く高く跳びあがってそれを避けた。
「教えてあげるよ」
「彼の鏡となる者」
「彼を鏡としている者」
『それは君だよ、アイク』
「・・・・・・何?」
立ち上がることを忘れたアイクに、クスクスと笑いが降り注ぐ。
大きな刀身を持ったまま、
2人が足を着けたのは女王様のお膝元。
「女王様、あの者は、自身もこの世界の一部であることを理解していないようです」
「女王様、あの男は、自分だってたかが世界の欠片でしかない事を解っていないようです」
「あらあらそれはなんと恐ろしいこと」
「あらあらそれはなんと嘆かわしいこと」
2人の女王が優しげな表情で答える。
「女王様」
「女王様」
2人のウサギはそう呼び掛けると、
地に膝を付き頭を垂れながら、大剣を恭しく女王へ捧げた。
『愚か者には粛清を』
けして微笑みを絶やさぬまま、
女王が剣を取る。
ゼルダは右手、ピーチは左手で、取った剣の柄を握り、
ギンッ
と、その場で振り下ろした。刃と風とが交わって、重くも澄んだ音を奏でる。
どちらの剣先も、
下ろされた勢いに反し、揺ぎ無く地を示している。
彼女達と目が合った。
すると、2人の女王陛下は僅かに目をすぼめ―――
軽く、軽い蹴りだし、
女王のヒールが軽やかに地面を叩く音。
判ったのはそれだけ。
アイクが頭を動かす間もなく、
2人の剣がアイクに迫り、その首筋に、当てられた。
「アイク!」
声が響き、
アイクの頭を揺さぶる。
反射的に目を開いて、上半身を起こした。胸上から、はらり、とマントが膝に落ちる。
「アイク?」
足下に目をやれば、
カービィがこちらを見上げている。
「どうしたの?」
「・・・・・・」
「カゼひいた?」
「・・・・・・いや・・・問題ない」
とりあえずそう答えたものの、いまいち頭がはっきりしない。
さっきまでどこにいた?何をしていた?
纏まらない思考に頭痛に似たものをおぼえる。
「!
ラグネル・・・・・・」
「ラグネル?アイクの剣?」
カービィが目を瞬かせる。
「ちゃんとここにあるよ〜」
「え?」
はっとして、自分の横を見やれば、
確かにラグネルが1本、そこに横たわっていた。
「・・・・・・」
右の手で取ってみる。
いつもと同じ。確かな重さがあった。
持ち上げてみると、その刀身は陽光をアイクの目に返す。
自分の剣なのに、
まじまじと眺めてしまう。
(これを、探していた・・・・・・?)
「アイク」
呼ばれて、視線を戻す。
「探し物、見つかるといいね」
カービィがにっこり笑う。
「・・・・・・」
今度は、カービィの目をまじまじと見つめた。
(さがしもの?)
剣は見つけた。
他に何を探せばいいのか。
「・・・・・・あぁ・・・・・・そうだな」
わからないが、
だが、カービィの言うとおりだと思う。
自分には探さなくてはいけないものがある。
ゆっくりと、アイクは立ち上がった。
左手でマントを掴み、もう片手でしっかりとラグネルを肩に担ぐ。
「カービィ」
「ほよ?」
「起こしてくれて、ありがとう」
「ど〜いたしまして!」
嬉しそうに笑うカービィに、アイクもやんわり笑みを返した。