静かな海に、波の音が寄せる。
海亀は意識を無にし、その背に負った草木は爽やかな風に揺れる。
天に広がる空は広い。
折って地に着けた膝の上、そこには、確かな重みが掛かる。
リンクは、
静かに眠り続けていた。
もうけっこうな時をこうして過ごしていると思うのだが、
彼が起きる気配はまったくない。
膝の上に乗せられた彼の頭、そこに、軽く手を添えた。
彼の目蓋は微かな動きも見せない。
耳には波の音、目に映る安らかな顔、伝わる、彼の体温。
彼は眠り続けている。
手はそのままに、
遠くの海へと目をやった。
海。
自分がこの目で見ることができるとは思っていなかった。
ここはグレートベイというのだ、そう教えてくれたのは、子供のリンク。
幼き日の思い出に残る、あどけなくも頼もしい、少年時代の姿の彼。
彼は、私の知る声と仕草で、私の知らぬことを教えてくれた。
ここはハイラルのようでハイラルではないのだとか。
タルミナという名の別世界。
今ここで眠っている、大人の姿のリンクも、タルミナは知らないという。
子供の彼は知っているのに、大人の彼は知らない。
「・・・」
そっと、彼の頭をなでた。
ハイラルの勇者、リンク。
彼の運命は非常に複雑だ。重く、難解、そして重大なものを背負わせてしまっている。
もちろん、それを自分が取り払うことなど出来るわけがないのだけれども。
だが道はあまりに険しい。
苦しみと悲しみ、痛みと惑いに溢れている。
なのに、
彼はそんな道を歩むに似つかわしくない笑みを、私に向ける。
髪をなでた、その指をのばし、
彼の唇をなぞる。
指先から伝わるは柔らかな感触。
彼の姿とともに、自分の姿まで見えてくる。
彼が身を寄せてくれる私。
ハイラルの王女である私。
1人の女である私。
『ここ』にいる私。
夢から覚めぬ彼。
足下にはたくさんの三つ葉が揺れている。
多くの葉が集まって、どれもが四つ葉に見える。
どれがそうなのか分からないけれど、
それでも、
今、私は幸せなのだ、そう感じた。
「ゼルダ姫」
声が掛けられ、顔をあげる。
「そんなところで座っていては危ないですよ」
柔らかに諭すような口調で、現われたフォックスに言われ、
挨拶代わりに笑い掛けた。
「大丈夫ですよ」
ふと天を仰いだ。
明々と照る太陽の光。
まだ海亀の心は黙したまま。
波の寄せる音に、膝の上のリンクの寝息がかぶさった。
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