「なぁ〜俺にも飲ませてよ」
「だめだ、お前はやめとけ」
「なんでだよ、ウルフ。子ども扱いすんなよな」
「いくつだ?お前」
「16」
「じゅうろくぅ?立派なガキじゃねぇか」
「ッ!そりゃファルコから見たら若いかもしれないけどさ!」
「・・・フッ、俺様から見りゃ、このトリだってまだまだガキだぜ」
「んだとぉ、テメェ・・・」
いきり立つファルコだが、ウルフは目をくれもせずに自分のグラスを飲み干した。
「おい、酒は?」
傲慢にこちらへと投げられる声に、
「好きなの飲めよ、あっちのカウンターの下だ」
いい加減な返事を返しておく。
ウルフが立ち上がるのを目の端で見ながら、自分もグラスを傾けた。
酒のストックが減るくらい、ファルコが所構わず暴れるのの数倍マシだ。
強い酒が喉を焼く。たまにはこういうのもいい。
ちらっと目をやると、ウルフもまた同じ酒の瓶を手に、席へと戻ってくるところだった。
・・・本当に飲み干されそうだ。
自分のグラスに注ぎ、そして右隣のファルコのにも足した。
しかし、左から差し出されたコップは見て見ぬふりをする。
「・・・ケチ」
差し出した本人・・・リンクが、不満そうにつぶやいた。
「俺だって、酒に溺れたい時もあるのに」
「そういうのがガキなんだよ」
ウルフに一蹴にされ、コップに添えた手はそのままに、
リンクはふてくされた顔で突っ伏した。
その目線の先には一輪の花。
リンクがどこからか持ってきたので、キッチンから適当な小瓶を見つけて挿してやった、
薄桃色の春の花。
「なんだリンク、姫サマとなんかあったか?」
「なっ!」
ファルコの唐突な言葉、途端にリンクが身を起こす。
「なにも、あるわけないだろっ!」
まだ何を言われたでもないのに、リンクは勝手に頬を赤らめて大声をあげた。
ファルコもウルフも、そんな彼にそろって意地悪そうな目を向けている。
「なんだ、なんにもねぇのか」
「当たり前だろ!?ゼルダ姫だぞ?俺が何かできるわけが・・・」
「やっぱりガキだな」
ウルフが嘲笑とともに吐き捨てる。
「女なんてヤッちまえばこっちのもんよ」
「!!!」
さらりと言ってのける大人の狼、リンクは絶句するほかない。
「そうだろ、フォックス?」
なんでこっちに振ってくるのかわからない。
「あぁ、そうだな」
とりあえず適当にあしらっておく。俺にはなんとも言えない。
「!!フォックスまで何言ってんだよ!?」
いっそう顔を赤くして叫ぶリンクは一体何を考えているんだか。
まぁ、若気の至りだ、こういうのをそういうのだろう。
「ったく、下品な野郎だ」
軽蔑まで込めた溜息で、ファルコがウルフの言葉を流す。
「女なんて手ぇ出すもんじゃねぇ」
「テメェはそうやってネコに逃げられてるんじゃねぇか」
「・・・」
「猫!?ファルコのお相手って猫なの!?食べられちゃうじゃん!!」
「食わねぇよ。ってか、誰があんな泥棒ネコを・・・」
「俺は嫌いじゃねぇぜ、ああいう女。手懐けがいがありそうだ」
「・・・そんなタマじゃねぇだろ、あいつは」
「ほほぅ、自信がないわけだな」
「・・・ケッ」
珍しくファルコが言い返さずに口を閉ざした。
鳥と猫、ありえない取り合わせに興味ありそうな顔をしているリンクにも、
何も言わず、ただそのコップに、自分たちのとはまた別の飲み物を注ぐ。
リンクは小さく礼を述べ、それに口をつけた。
「手懐けがいがあるといやぁ・・・」
何度目か、自分のグラスに酒を足しながら、やけに饒舌なウルフが話を続ける。
「あいつもいい女だぜ、フォックス」
椅子の背もたれに右腕を回してこっちへと話をよこす。
言われなくたってそんなことは知っている。だれよりも知っている。
その、つもりだ。
「・・・あの、青い、綺麗な美人さん?」
リンクの問いを、誰も否定はしない。
「あの人、きれいだよな」
何度か見かけたことのある、クリスタルの姿を思い出しながら、
リンクは世辞でもなくそう言った。
「やっぱり、フォックスの・・・?」
「・・・」
何も、答えずに、ただグラスを傾けた。
「今はな」
代わりにウルフ。
「だがフォックス、あんないい女、しかもじゃじゃ馬」
この狼特有の、鋭いくせにまとわりつくようないやらしい目線が、
まっすぐにこちらへ向いている。
「放っておいたらすぐ、だ」
「・・・あぁ」
答えながらも、何も考えちゃいなかった。
ファルコがこちらに目を向けているのもわかった。
だが何も返さなかった。ファルコも、すぐに直って酒を飲み干した。
ウルフなんかには関係ない。彼女と、俺のことなんて。
春の花、
その向こう側からフッと笑い声が聞こえ、
それにテーブルへとグラスの置かれる音が続く。
「そっかぁ・・・フォックスの彼女・・・かぁ・・・」
ファルコが手にし、傾けていく瓶をじっと眺めながら、リンクは息を吐く。
「・・・俺、どうしたらいいんだろ・・・」
無意識のうちか、
ごくごく小さく、愛しの姫君の名前をつぶやき、リンクはテーブルにもたれかかる。
フォックスの脳裏で、その姿に別の姿が重なった。
若い彼と同じ格好をした、彼よりももっと若く、もっと純粋だった、あいつの姿。
(愛することを知ってなお、リンクは、ハイラルの勇者でいられるのだろうか)
こちらの思うところなど知りはしないだろう。
リンクはぼんやりと瓶の花を眺めている。
その姿を横目で見やりながら、
やはり、悩む彼に、かけられる言葉はみつからなかった。
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