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↑上へモドル
「プリンっ!」
ピットが、追いかける。
「プ〜リィ〜〜♪」
追いかけられるプリンのほうは
それはそれは楽しそうに
ふわふわと空を舞いながら逃げていく。
「待てってば!
・・・やめときゃよかった」
先程から、
追いついては逃げられの繰り返しで
まるでいたちごっこだ。
元はピットから始めたこの『遊び』。
今は少し、後悔していた。
「飛ぶ練習になるかもだなんてなんで思っちゃったんだ!
そもそも羽根ないじゃないか、アイツ!」
普通は羽根がある者の方が飛翔を得意とするものだが。
「ポケモンなんてーーーっ!」
毒づきながらも、追いかけ続けるピット。
「・・・プリ?」
ふと、
プリンが立ち止まる。
「チャンス!・・・って・・・」
ピットも、ふと足を止めた。
いつしか辺りは暗くなっていた。
「ここ・・・」
現れた、大きな屋敷。
気付けば2人はその入り口にいた。
目の前にそびえる大きな扉を、
しげしげと見上げるプリン。
ピットもそれにならい、屋敷を見やる。
「・・・ルイージマンション?」
その物は素敵だが、どこか怖いお屋敷。
ここの周りは常に夜で、たまに幽霊も出るという。
名前の示すとおり、ルイージの物だと聞いてはいるが、
いつ見ても不思議なことに、
この屋敷の詳しいことはさっぱりつかめなかった。
豪邸なのか、ボロ家なのか、
広いのか、狭いのか。
誰が住んでいるのか、
人が住んでいるのか
人が住めるのか・・・。
「・・・」
芽生える好奇心。
都合の良いことに、
あたりに乱闘をする意思のある参戦者は見当たらない。
「・・・」
ピットは、
その扉に手を掛ける。
キィ・・・
扉は、至極簡単に開いた。
「プゥ・・・」
なんだか不安げな声をあげるプリン。
だがピットは、プリンに笑いかけて・・・
足を踏み入れた。
誰に断るでもなく入った屋敷は、
特に感嘆も落胆も呼ばない、いたって普通のお屋敷だった。
玄関口、いわゆるエントランスホールは
思いのほか広くなく、小ぢんまりとしている感があるものの、
正面の大きな扉、床に敷かれた赤い絨毯、
吹き抜けになった高めの天井、釣られたシャンデリア・・・
・・・屋敷の大きさに違わぬ豪華さは備えている。
ただ、どこもかなり埃にまみれている様だ。
しかしながら
好奇心に溢れた今のピットの目には、
そのくすんだ色合いもまた、歴史ある物のそれと同じに映った。
「へぇ・・・思ったよりは悪くないじゃん」
言葉とは裏腹に、
ピットは青色の瞳を輝かせながら、前へと歩を進めた。
左右にはエントランスを囲むように階段が伸びている。
その間を歩み、奥の扉を目指す。
薄い桃色でハートのような模様、
そんなかわいらしいデザインでありながら、
屋敷の荘厳さを全く損ねていない、両開きの扉。
それに、手を掛けてみる。
「・・・?」
ノブを握って押したり引いたりしてみる。
始めは軽く、だが次第に力を込める。
「・・・ダメだ、開かないや」
ある程度で、止めた。
人の家の扉に鍵が掛かっているからといって腹を立てるのは可笑しな話だ。
ピットは振り返り、
屋敷の入り口となる大きな扉に正対する。
・・・そう言えば、
入ってきた扉を閉めた覚えがない。
だが目の前の扉はちゃんと閉まっていて、外は見えない。
「・・・」
記憶を掘り返してもみたが、
開けた扉をしめることぐらい、ある程度の躾があれば誰でも無意識にする。
ピットは気にすることなくそのまま歩を進め、
今度は左右に据えられた階段へと向かう。
こちらも、立派なものだ。
ピットが踏みしめたくらいで軋みはしなかった。
「・・・」
特に何も思うところなく、普通に階段を上っていく。
まったくもって、普通の屋敷だ。
少し古びていて、廃れてはいる。だがそれ以上に普通だ。
しかも豪華でいい家で、趣味さえ合えば最高の住処となりえる。
(何も不思議なんて・・・)
そう、
思った矢先だった。
「お客さんだッ!!」
誰も居ないはずのエントランス。
そこに、けたたましい叫び声が響く。
それも大量、大音量で。
「お客さんだ!」
「お客さんだ!!」
「オキャクサンだっ!!」
闇から突如発された不気味な声に、
ビクッと体を震わせ、立ち止まる。
「だだだだ誰ッ!?」
辺りを見回すも、その声の主達は姿を見せない。
(いやいやいや!落ち着け!?)
懸命に自分に言い聞かせるも、胸の鼓動は全く持って落ち着こうとしない。
「ようこそッ!」
「いらっしゃいませッ!!」
「ヨウコソイラッシャイマシタァ!!!」
誰もいない暗闇から、声は響き続ける。
いったい何人いるのか。
闇に潜む何者か達、
その各々が大声で好き勝手に喚いていて、
さらにその間からはさらに多くの笑い声が聞こえてくる。
「こっちに来てよ!」
「あそこ行こうよあそこ!!」
「ボクについてオイデヨッ!!」
お客だ、お客だ、
行こうよ、こっちだよ、おいでよ、オイデヨ・・・
次第にピットの中に容を成すは、恐怖。
そして
不満。
「うるさいよッッ!!!」
叫んだとたん、
あたりは静まり返った。
再び戻る、静寂、そして闇への恐怖。
(・・・は、早く、どっか行こ)
自分で黙らせといて、かえって怖くなっただなんて、
悟られるわけにはいかない。
ピットは出来うる限り胸を張り、ずかずかと進み始める。
「ドコへ行くの?」
ピタ、っと、足を止める。
だが聞こえた声を振り払って歩みを進めようと努めた。
「ヒトのハナシ聞いてくれないなんて、天使ってのはケチなイキモノだね」
聞こえない、聞こえない、聞かない。
「・・・ボクたち、探し物してるんだけどなぁ」
聞かない・・・つもりだった。
だが、好奇心は、
無意識のうちに足を止めさせてしまう。
錆付いた音を立てるんじゃないかというくらいにぎこちなく、
ピットは、左肩越しに背後へと首を向けた。
「・・・
・・・なに・・・を?」
「・・・
・・・聞いてくれるの?」
頷きはせず、
ピットはただ、音が立つほどに固唾を飲んだ。
「・・・」
「探してるのはね・・・・・・・・・」
何かが、右の首筋をスッと、撫でる。
「ヒ・ト・バ・シ・ラ・・・ダヨ」
意地悪く上げられる語尾を聞く前に、
ピットは
一目散にその場から逃げ出した。
もう、ケタケタと湧き上がる笑い声なんて耳には入れなかった。
バタンッ
丁寧になどいっていられない。
大きな音をたて、後ろ手に扉を閉める。
「はぁ・・・はぁ・・・」
荒く息を吐きながら、
ピットは閉めたドアに寄りかかり、ズルズルと腰を落とした。
「なんなんだ・・・」
ヒトバシラって、人柱だろうか?
人柱って人柱だよね?
そんなものがあいつらに必要なんだろうか?
それとも、それを必要としているのはこの屋敷?
っていうか人じゃなくて天使だし。
「・・・」
くだらない。
その一言で、思い浮かんだ思考を振り払い、
ピットは息が整ったのを確かめ、静かに立ち上がった。
「ここ・・・子供の部屋かな?」
とっさに飛び入った部屋。
薄暗くてよくは見えないが、
置かれた木馬、散らかった積み木、天井にさがるヘリコプターのおもちゃ、
奥には小さな2段ベッドもある。
たしかに、子供部屋だ。
自分よりもだいぶ小さな子供のための部屋。
きっと、明るければもっとかわいらしい風景だったに違いない。
一通り見回したが、
扉は背中にある1つ、入ってきた物だけのようだ。
「・・・ここにいても、しかたがないか」
ピットは、そっとドアノブに手を掛け、
外の音に耳をそばだてながら、それを回した。
カチャリ、と静かな音が立つ・・・。
「おや、見かけない子だ」
思わず、
ドアノブから手を放した。
ガチャッという音が響く。
ピットは恐る恐る振り向いた。
「!?」
後ろにいた者の姿を見て、
とっさに1歩後ずさり、ドアにぶつかる。
さっきまで、この部屋には誰の影もなかった。
だが今は、確かにいる。
ピットの目の前には、1人のお婆さんがいた。
顔は青白く、白目をむいた、全体が透けている、足のないお婆さん。
「迷子かい?」
そんな、普通じゃないお婆さんが、のんびりと話しかけてくる。
「ま、ま、ま、迷ってなんていませんっ!」
「そうかい?ならいいんだけど」
強がるピットに、お婆さんは首を傾げながらもそれ以上問いはしない。
「す、す、すいません、急いでいるので・・・」
ピットは、深く関わる前に部屋を出ようと、
後ろのドアに手を掛けた。
「若いのはせっかちだね。もっとゆっくりお行きなよ」
「で、でも・・・あの・・・」
言い訳を考えようにも、うまく頭も回らない。
焦りながら、後ろ手にドアノブを探す。
逃げたい、逃げよう、逃げるべきだ。
頭はとにかくそれでいっぱい。
本能、理性、
そのどちらもが、逃げの一手を示している。
体もそれに従い逃げ道を探している。
なのに、
目だけは、前にいる者から外すことができない。
視線だけが意に反し、
目の前の存在から注がれるそれと交わり続ける。
ガチャリ、と、ドアノブが回る。
ピットはその音に弾かれるように、幽霊へと背を向けた。
あとは出るだけ。
「・・・まぁ」
と、
呟かれる声に、一瞬動きが止まる。
「お前さんみたいのが長居する場所じゃぁないのは確かだ」
なにやら深い意味を持っていそうな言葉に、
ピットは素直に疑問の表情を浮かべて、つい、また振り向いた。
再び、視線が交わる。
幽霊は・・・いや、お婆さんは、ピットに笑みを向けていた。
そして、
懐から何かを取り出す。
「持ってお行き」
手のひらに乗せられているのは、1つの玉。
ビー玉よりは大きいか程度の小ぶりな玉だ。
暗闇の中、透き通った仄かに光を帯びるそれは、
自ら淡い光を放っているように見える。
「これ・・・なん、ですか・・・?」
「見たままの物だよ」
答えにもなっていない答えとともに、彼女はニッと目尻を上げる。
「・・・」
「いらないかい?」
問われても、なかなか手を出すことが出来ないでいると
「・・・あぁ、そうだねぇ」
お婆さんは、その玉を乗せた掌を、握った。
再びそれが開かれると
「ぁ・・・」
思わず感嘆の声が漏れる。
そこに乗っていたのは、玉ではなく、指輪であった。
小さな宝石のついた、小さな指輪。
その宝石の輝きは先ほどの玉と全く同じ。
「・・・なんで?」
「この方が持って行きやすい」
ピットはまじまじと、お婆さんの顔と掌を見比べる。
そして、
ためらいながらも、
ピットは差し出されたその指輪を受け取る。
「イイ子だね」
お婆さんは満足げに笑うと、
「さて、掃除でもしに行こうかね。次来た時は占いでもしてお行き」
そう言って、
クルリと回ったかと思えば、スイッと消え失せてしまった。
部屋は元通り、誰もいなくなる。
(・・・なんだったんだろ)
手にはしかとあの指輪が残っていた。
なんだか少し、暖かいように感じる。
不思議とその指輪についた宝石の光には安堵を誘われた。
ピットは指輪を自身の指へと通す。
それはまるで彼のために作られたかのように、ぴったりと納まった。
自然と、笑みがこぼれた。
もう一度、辺りに誰もいないのを確認し、
ピットは再びドアに手を掛ける。
今度は邪魔をされなかった。
↑上へモドル
静かに、扉は開く。
そこは廊下だった。
ここもまた、部屋と同じく薄暗い。
左はいくつか扉が並んだ奥に壁があり、行き止まりになっている。
右には、最初に入ってきた大き目の扉があり、その先は真っ暗で見えない。
(とにかく・・・出よう)
あのお婆さんも言っていた。長居するところじゃない。
部屋のドアを閉め、
自然と、もと来た方、つまりは右へと廊下を歩む。
ピットが足をつけるたび、赤い、シックな色合いの絨毯から埃が舞った。
(ルイージのお屋敷、なんだよね?ここ・・・)
彼の名がつけられているのだ。間違いはないだろう。
いい屋敷だとは思う。
広すぎず、内装も程よく豪華で、それでいて派手ではない。
きちんと手入れをすれば素晴らしいものとなるのだろう。
だが、
ここはいつも夜、そして現われる幽霊達。
中もこんなに薄暗いのだ。とても彼が住んでいるとは思えない。
(謎は解けず、か)
だが、早くもそんな事どうでもよくなっていた。
とにかく、ここから抜け出したい。
(この扉から来たはず・・・)
他のよりも一回り大きい、両開きの扉。
その前にピットは立った。
さっさと帰ろう。
何度も決意した思いをさらに繰り返し、扉を開け放つ・・・
甘かった。
そう、思い知る。
扉の向こうに現われたのは、
大群。
白い丸い輩の、大群。
エントランスとしては狭いが部屋としてはそうでもない、
そんなところに、
何十匹ものテレサがひしめいている。
扉が開くと同時に、それらが一斉にこっちを向いた。
「お帰りにはまだお早いですヨ?」
どいつか知らないが、そんな言葉が響く。
バタンッ
ピットは、扉を閉めた。
テレサたちの姿が視界から消える。
まだ、耳に彼らのケタケタという笑い声が残っているような気がする。
「な、なんだよ・・・あいつら」
ドアについた両手はそのままに、ピットは一人、考えを巡らせる。
この屋敷にテレサというオバケたちが現われるのは周知の事実。
自分だってそれは知っている。
テレサも、オバケとは言ってもクリボーやらノコノコといった者達と同類だ。
まだ何をされたわけでもない。
怖がる必要なんてどこにもない。危険は何処にもないはずだから。
テレサなんて、ただのオバケだ。
言うなれば、マリオのお仲間で、ヨッシーのお仲間、
・・・いやいや違う、クッパのお仲間だ。
そいつらがこんなところで自分を脅かしてなんになる?
「・・・だ、大丈夫、ただ浮いてるだけさ、暇なテレサが暇してるだけだ」
そう思い込むことにして、
今度こそ出よう、と顔を上げた。
目が合った。
真上には、一匹のテレサ。
白い丸い体をフヨフヨと浮かせ、真っ赤な舌を垂らしたテレサ。
そいつが、自分の頭上で意地の悪い笑みを浮かべている。
「・・・」
「・・・」
時間が、凍りつく。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・ドチラヘ?」
発された言葉に、凍結した時を一気に砕き、
ピットはとにかく走り出した。
とにかくどこかに。
そう思いながら、さっきいた子供部屋への扉へと駆け寄る。
だが、
「ケケケケ、ここは来たデショ?」
「うわッ!!!」
その扉からもテレサが顔を出す。
とっさに身をよじり、現われたテレサを避ける。
来た方をちらと見やれば、
さらに数匹、テレサがいるのがわかった。
戻れそうにはない。
段々増えていく笑い声、
ピットは
とにもかくにも逃げに徹し、
その奥、斜向かいの扉へと飛び込んだ。
「はぁはぁ・・・」
扉を閉めると、ひとまずは笑い声も消える。
そんなに長い距離を走ったわけでもないのに、息は上がりっぱなしだ。
膝に手をつき、屈みこむ。
いっそ座り込みたいところだが、いつまでもこうしてはいられない。
すぐに背を伸ばして、部屋を見回す。
この部屋も、暗かった。
部屋に置かれているのは、大きなベッド。その横には観葉植物が立っている。
壁いっぱいに大きな窓がつけられているが、
カーテンが引かれ、外は見えない。
しかし窓が開いているのか、向かって右側のカーテンが風に揺らいでいる。
と、
部屋の片隅、観葉植物のところに、
1つの影を見つけた。
暗いからだろう。シルエットしかわからない。
しかし
その形は、確かに見覚えのあるものだった。
「・・・リンク?」
ピットは、小さくその影に呼びかける。
影は答えない。
しかし、
答えはなくともピットは確信していた。
間違いない。
あの影は、リンクだ。
「リンクだろ?」
慣れ親しんだ人物の影、
返事がないことには多少の違和感を感じながらも、あえて振り払い、
ピットはそちらへと歩み寄る。
「ねぇ、リンクだよね?」
その背に立ち、
そして
リンクの肩に手を掛けた・・・
と思いきや、
「あぁそうだよ」
その姿が、かき消える。
「!」
左右を見回すも、リンクはどこにもいない。
「どこ・・・」
「ココダヨ」
気配もなく
唐突に
それは現われた。
・・・ピットの真後ろに。
「!!!」
ピットは驚きのあまり目を見開いた。
すぐ、
本当にすぐ真後ろにそれは現われたのだ。
ピットは自分の右肩を見やる。
そこには、真っ赤な瞳が在った。
暗い暗い闇の中に、その赤い瞳だけが爛々と光を放っている。
そいつと、目が合う。
するとそいつは目を細め、口を歪めて笑った。
響く、低い声。
「タスケテホシイカ?」
・・・
いったい自分はどんな顔をしていただろうか?
よく考えれば知らないわけではない、そいつの顔、
しかし、
とにかく逃げることにしか考えが行かなかった。
前には観葉植物、横にはベッドがある。
なりふり構わず、
ピットはベッドの下へと潜り込んだ。
這ってそこを潜り抜け、
「ドコヘ逃げるつもりダ?」
「うわッ!?」
すぐ真上から降り注ぐ声、反射的に上を見上げ、後悔する。
自分を捕らえる、凶悪なまでに真っ赤な瞳。
「来るなぁぁッッッ!!」
よくわからないままにとりあえず叫び、
ベッドから這い出し、
その足で一目散に窓へと向う。
バッとカーテンを払いのけると、予想外に、割れた窓が現われる。
だが構ってなどいられない。
割れたガラスの残る窓、
ピットはためらうことなく、そこから飛び降りた。
「あはははははッ!」
天使の姿が消えた部屋に、
頃合を計って、笑い声が響きだす。
「あー、お〜もしれ〜っ!!」
笑いながら、
ベッドに腹ばいになっていたダークリンクが、身を起こした。
「あぁいう白いヤツらってのは、
ちょーっと脅かせばすぐ本気でビビるんだよな」
きっと今頃、外に出たと思っても
結局逃げられてなどいないことに愕然としているのではないだろうか。
そんな天使の様子を思い浮かべると、
からかっている側としては面白くてしかたがない。
「オイオイ、そのくらいにしておけよ」
人が気持ちよく笑っているところに、
スイッとそいつらはドアを潜り抜けて現われる。
「余所モンにオレ達の仕事盗られちゃこまるンだよねぇ」
3匹。
テレサ共が、ダークリンクに向かい、軽い調子で文句を述べる。
「オマエらの王様のお怒りを買う?」
ダークリンクは、
相手に答えるように蔑む様な笑みを投げ返した。
「よくわかってるじゃないか」
「アァ、ウチのもオッソロシーからな」
自分の主である魔王の不機嫌そうな顔を思い出すと、
クツクツと声が漏れた。
「でもオレ、
オマエらみたいにイイコじゃないから、聞分け悪いんだよネ」
「へぇーーー、オイラ達を怒らせたら恐いんだよ?」
「そーデスね、コワイコワイ」
魔物を脅そうとする果敢なテレサ共に向かって、肩をすくめて見せる。
「まぁ〜心配するな、ジャマはしないさ」
「それならイイんだ」
「そのかわり、オレに仕掛けようだなんて考えるなヨ?」
「キミんとこの王様が黙っちゃいない?」
おちゃらけた調子を変えようとしないテレサたちに、
「オレが黙っちゃいない」
少しだけ、ほんの少しだけ目の色を変えて見せる。
案の定
3匹のテレサは微かに笑い声を潜めた。
「まぁ、いい。
くれぐれも忘れるナヨ、ココはオレ達の場所ダ」
「アァわかってるとも」
その言葉を聞くと、
テレサは揃って、来た時のように音もなく消えた。
「・・・
さぁて、どうしようか・・・」
呟きながら、夜風の吹く割れた窓に目をやる。
カーテンの開け放たれた窓からは、
青白い、大きな大きな満月の光が、その外から漏れ入っていた。
飛び降りた先、
なりふり構わず飛び降りたせいで、
ピットはなんとか足を着けるも、そのまま半転して転げ、
土の地べたにその背と羽をつけてしまった。
「はぁ・・・」
荒く息を吐き出す。
追ってくる者はいないようだ。
ピットは手足を大の字に広げ、しばし目を伏せた。
「・・・」
再び目を開ければ、
夜の闇空に明々と光る青白い満月が目に入る。
「外だ・・・出られた・・・」
思わず、安堵の笑みがこぼれる。
・・・しかし
「・・・う・・・
・・・・・・ここ・・・」
それも、一時のことだった。
目線を下に移すと、
そこに飛び込んでくるのは、月明かりに照らされたいくつかの石碑。
「・・・・・・・・・墓場・・・じゃん・・・」
死者を祭る碑には様々な形があることを知っているが、
その中でも、特にそれと判りやすい形を
目に入る石碑達はしていた。
さらに嬉しくないことに、
それと自分を囲う石造りの塀に、出口となる扉のようなものは一切見当たらない。
「・・・もぅ・・・ヤダ・・・」
思わず溜息が漏れる。
起き上がろうなんて思えないまま、
自然と、瞳は閉ざされた。
このまま眠ってしまったら、この夢は覚めるだろうか?
だが、
頬を撫でる生暖かい夜風や、少し動くたびに地と摺れる羽の嫌な感触、
そして瞼を閉じてもなおその裏に降り注ぐ月明かりが
この現実は覚めなどしないと教えてくれた。
「・・・何をやってやがる?」
眠りかけたその時、
唐突にかけられた声に、ピットはバッと跳ね起きた。
驚きの顔を隠すことも出来ず、
ただ、その声の主と距離を取る。
「な、な、な・・・」
「いつもながら、落ち着きのないガキだ」
フッと小馬鹿にするような笑いを、こちらは隠そうともしていない。
ピットは目を見開いたまま、前にいる人物を見据えた。
その者は、銀色の中に白い毛をなびかせ、墓石の1つに腰掛けている。
「・・・ウルフっ!?」
確かめるように、その名を呼ぶ。
呼ばれ、ウルフは垂らした尻尾を揺らしながら目を細める。
今度は本物のようだ。
「お前こそっ!」
相手の狼には見透かされているかもしれないが、
それでも、内心ホッとしている自分を否定するように、声を上げる。
「何してるんだよ、こんなとこで!!」
「オレはただ月見をしているだけだ」
『こんなところで』
・・・という部分を問い詰めたかったのだが、
空を見上げる狼の姿と、それを照らす青白い月の光、
この2つはあまりにも似合いすぎて、
ピットは先の言葉を続けることができなかった。
「おい」
低く呼びかける声に、ピットはウルフと目を合わせる。
「てめぇと一緒にこんなもんが降って来たんだが」
と、ウルフは右手を持ち上げる。
「あ!それ!」
ウルフが右手の鋭い爪につまんでいるのは、小さな光。
・・・子供部屋でおばあさんからもらった、不思議な光を湛えた指輪だ。
「・・・やっぱり、てめぇのか」
「返せよ!」
「なんなんだ、こりゃ?」
「知らない!」
「はぁ?」
「もらった」
「・・・誰にだ?」
「え・・・」
オバケに、とは、答え辛かった。
かといって、おばあさんにだとも言えない。
「・・・ほぉぅ」
戸惑うピットを見るや、
なんだか、嫌な笑みを浮かべるウルフ。
その狼の面は冷たい月光に照らされてますます柄が悪いように見えた。
「・・・」
「・・・」
嫌な予感がピットにはしる。
「・・・フッ」
冷笑と共に
ウルフは、右手の物を、爪で弾き飛ばした。
「!!!」
ピンッ
と、小さくも澄んだ音を響かせ、
指輪は高い石壁の上を越えて飛んで行く。
ピットはウルフを睨みつけることも忘れて、光を追い、空へと飛び上がった。
「・・・」
その背の白く光る羽を、
ウルフはただ静かに見送り、そして再び月を見上げた。
小さな指輪は、地に着くときも綺麗な音と光を撒いた。
数回跳ねて、そして転がっていく。
その後を追うピットは、
石壁を飛び越えて地に足を着け、転がる指輪をなんとか拾い上げた。
「よかった・・・」
なぜそう思うのか、自分でもよくわからないが、
拾ったその指輪の宝石は、変わらず安らかな光を放っていて、
それを手にしていると思うだけで安心できる自分を否定は出来なかった。
「・・・あれ?」
気付けば、辺りに墓石の姿はなく、
変わって目の前には屋敷の壁がそびえ立ち、
そこにはちゃんと扉もついている。
「・・・」
偶然か必然か、
どうやら行くべき道が出来たらしい。
(・・・まさか)
親切な狼なんて見たことがない。
ふと浮んだ考えはとりあえず置いて、
ピットは屋敷への扉に向かった。
↑上へモドル
音をたてぬよう、そろりと扉を開ける。
何もいないのを・・・少なくとも何もいないと思えるのを確認して、
ピットは敷居をまたいだ。
ここもまた、明かりの灯らぬ暗い部屋だ。
さらに、他の部屋よりも狭い。
背後で扉が閉まり、洩れていた月明かりも消える。
・・・どうやら、台所のようだ。
暗闇に慣れるにつれ、
そこに置かれた洗い場、冷蔵庫、食器棚といった物々を見つける。
(誰がこんなところで料理なんかするんだ)
壁に掛けられたフライパンなどの調理具を横目に見ながら
徐々にまた薄れていく恐怖心と共に台所を通り抜ける。
その奥に扉を見つけ、ピットはそれを押した。
「・・・わぁ」
小さく、感嘆の声を漏らす。
そこは食卓だった。
まず目に入ったのは、蝋燭の灯り。
広い部屋を照らすには足りないが、
それでもこれまでのところと比べれば十分に明るい。
部屋の中央に大きなテーブルが陣取り、
その上に1つだけ、燭台が置かれ、火が灯されている。
そして、
蝋燭の灯りの中に浮かび上がるは、
豪華な料理の数々。
「美味しそう・・・」
台所での感想はどこへやら、
こんなに素敵な料理なら、誰が作ったのでもかまわない。
手こそ出さないが、
料理と同じく、ピットの目も蝋燭の灯りに照らされ光を帯びる。
「・・・」
もう少し・・・近くに
そう、足を出そうとした・・・
「みぃつけたぁ〜」
「うわッ!!!」
のだが、
またも声に驚かされ、
ピットは飛びのき身を反転させる。
その背が後ろにあった食器棚に触れ、ガチャン、と棚の食器を震わせた。
「あ・・・」
部屋に現われた1匹のテレサ。
警戒し、睨みつけるピットだが、
「ワァ〜!聞いたとおり、すっごいゴチソウ〜」
そのテレサは、
他の者達が決して上げなかったような明るい声を上げた。
「ミンナはおとなしく待ってろだなんて言うけどサ、
待てるワケないよねぇ〜」
ピットのことなど目にもくれず、
食卓の上を嬉しそうに吟味している。
そして、ついにそれらに手を出した。
テレサは、オバケのくせにそれは美味しそうにテーブルの料理をつまんでいく。
その無邪気な顔に、すこしだけ気が緩まる。
「・・・あの」
ピットがつい声をかける。
その声に、
テレサはピタっと動きを止めた。
そして2人の目と目が合う。
「・・・」
「・・・」
手にしたトリの唐揚げを、口に運ぶその格好のまま、動かぬテレサ。
ピットもどう言葉を続けていいかわからない。
沈黙の中、しばし、見詰め合う。
「・・・」
「・・・食べちゃ、ダメ・・・?」
やっとこ絞り出したような声で、テレサが尋ねてくるものだから、
「・・・
いや・・・いいんじゃ、ないかな」
ピットもとりあえず、絞り出す。
「だよねぇ〜!」
ピットの肯定にテレサはころっと笑顔を取り戻し、
そして、つまみ食いを再開した。
「ねぇ、君は食べないの?」
「・・・僕は、いいよ」
正直、ああも美味しそうに食べられるとお腹も減ってくるものだが、
それでも今はそんな場合じゃないと
懸命に自分に言い聞かせる。
「こんなにオイシイのに〜。
・・・あ、でも、ミンナが言ってたな」
「え?何を?」
「メインディッシュはも〜〜っとオイシイ物だって」
この豪華な料理よりも、もっといいもの?
「それって・・・?」
「『テンシ』だって」
「!!!」
「テンシってさぁ、あれでしょ?羽生えてるさ。
ほんとにオイシイのかなぁ?羽とかマズそうだし。
ってかホンキなのかなぁ・・・?ミンナもあんなの食べない・・・」
後のほうは天使の耳にはまったく届きはしない。
幸いに多少は明るい部屋、
ピットは何物にも阻まれることなく、部屋を出た。
脇目も振らず。
「なんなんだ、なんなのさ、アイツら何がしたいってのッ!?」
悪態をつきながら、手では律儀に、だが乱暴に扉を閉める。
バタンという戸の閉まる大きな音も耳には入れず、
ただ足を進めようとする。
頭にあるのは、とにかく屋敷を出る、その一辺倒のみ。
「出口・・・出口・・・」
2階の部屋から飛び降りたということは、もちろんここは1階。
台所の勝手口があの裏庭に通じてる以上、
入ってきた屋敷の入り口に出るほか外への道はなさそうだ。
しかし始めに見たエントランスの扉は閉じられていた。
どうにか他の部屋から繋がっているのを期待するか、
それとも出口そのものを他に探すか・・・
・・・と、
まぁ普通に考えればこのくらいは思い巡らせそうだが、
(出るんだ、出なくちゃ、出るには出口が必要なんだ、わかってる、わかってる・・・)
ピットにとって、もはやそんな考察に頭を貸す余裕などない。
目の前にすぐにまた扉がある。
それだけを認識し、
左右に伸びる廊下を、何も考えずに左へと足を向けた。
「そっちじゃないヨ?」
「!!」
壁をスルッとくぐり抜け、ゆったりと、テレサが廊下に姿を現す。
薄暗い廊下にふわりと浮かび上がる、その白い体が異様に映る。
「ケケ・・・」
ピットは、その笑い声に背を向け、走り出そうとするも、
「フフ・・・逃がさないゾ」
そちらにも、数匹のテレサが現れ、道をふさぐ。
左右に現われたテレサたち、
彼らに気圧されるように、ピットは、後ずさる。
暗い廊下に、密かで冷ややかな笑い声だけが響く。
徐々に増えているようにも思えるその声が、
行き場をなくしたピットにじわりじわりと迫ってくる。
「ぅ・・・」
どうしよう?
つい、口から声が漏れた。
「どうしようもこうしようも」
とたん、
またも背後から声が聞こえたかと思えば
「こうシちゃう♪」
「うわッ!!!」
その身を前へと思い切り押し出される。
待ち構えていた1匹のテレサが、目の前の扉を開くのが見えた。
その中にあるはただの暗闇。
否応もなく、
そこに、ピットの体が1つ、放り込まれる。
いっそう喧しくなる、テレサたちの笑い声。
「さぁッ!パーティーのクライマックスだ!!!」
そんな声も後ろに遠退いていく。
今までの、どこよりも暗い。
その部屋には、光は一条も、欠片すらもない。
腕、頬、掌に触れる、冷たくて滑らかな床の感触。
部屋は静まり返っている。
何も見えない。
何も聞こえては来ない。
あるのもイヤだがないのもイヤだ、とは、なんと我が侭な。
(しょうがないじゃん)
何も起きないで欲しい、でもこのままはイヤだ。
(・・・出るんだ、ここから、帰るんだ)
腕に力を込め、体を起こした。
床についた手の指輪に、うっすらと光が宿る。
「天使サマ、天使サマ、
我らのもてなし、お楽しみ戴けていますカナ?」
その動きが凍る。
テレサの声だった。真後ろにいるのだろう、
ほんの僅かにだが淡い光を感じる。
ついに、いや、やっと溜め息をつくことができた。
「・・・『オモテナシ』・・・ね」
言いながら振り返るれば、テレサが1匹。
できるだけ余裕の態度を保ってみせる。
「ここは、お前達の屋敷じゃなくてルイージの屋敷だろ?」
「ルイージ?」
テレサは、そんなピットなんとも思わぬ様子で、
「アァ・・・そんなのがいましたね」
傲慢に言葉を紡ぐ。
「確かに、彼のモノですね、ここは。
ですが・・・」
テレサは、張り付くような笑みでピットに言い放つ。
「今は、イナイ」
纏う光と同じように冷たい声。そして視線。
その眼は、自分以外、まるで何も見てはいない。
「今現在ここにいるのはワレラ!そして・・・キミ」
ピットの喉は、何も言葉を出すことができなかった。
冷え切った空気に凍り付いてしまったかのように。
全てが冷たく留まる暗闇の中、
テレサの表情だけが熱を孕んでいる。
「今を楽しまずナニを楽しむ?」
ケタケタという笑い声が響いた。
それが、
次の瞬間には数倍にも増す。
「うわっ!?」
そして同時に、足下をすくわれたように、体がバランスを崩した。
辛うじて転ばなかったものの、
確かな異変に対して目の前の暗闇は変化を見せることはない。
いったい何が起きているのかわからない。把握できない。
笑い声は響き続ける。
次第に他のテレサたちも、そのポゥッと淡く光る白い姿を現し始める。
「踊りましょ♪」
「さぁ踊ろうヨ!」
「踊り狂うがよいよよいよ!!」
そんな言葉を繰り返しながら、
テレサ達はピットの周りをくるくると周って取り囲んでいく。
(イヤだ)
目を閉じようとも彼らの光は瞼から離れない。
耳をふさいでもその音は鼓膜を震わせ続けるだろう。
(僕は帰るんだ、つまらないパーティなんて知らない)
それでも、
ピットは懸命にその思考から、阻害な者どもを弾き出す。
「ここから出るんだッ!」
ぱっと、目を見開き、
そして
確かに足下に在る床を蹴り、上へ、自分の背の高さほどだけ跳んだ。
同時に弓を構え、
光を纏う矢を、どこを狙うでもなく放った。
「ケケッ!?」
とっさにその軌道を避けるテレサたち。
「見えた!」
僅かな時間で的確に光のもたらす恩恵を捕らえる。
光の矢の軌道に見えたのは、
壁にかかる肖像画、それの掛かる壁、
対して確かに動いている、回っている床、
それから、扉。
ピットは扉に向かって急降下をする。
勢いで扉を押し開け、その中へと飛び入った。
ピットは的確にその身を操り、扉を抜けた先に足を着ける。
そしてすぐさま駆け出そうとした。
・・・のだが、
「・・・」
思わず、絶句する。
『ここ』で、すべて自分の思い通りにいったことなど今までない。
ないのだけれども、それにしても今日ばっかりは酷くないだろうか?
扉の先にあったのは、
狭い小部屋だった。
先程の視界の皆無な暗闇よりはずっとましな暗さ。
うっすらと部屋の様子は見えたし、
おかげで、ただの石壁と床、そこに少しの樽や木箱がある、
ただの物置であることがよくわかった。
扉どころか窓の一つもない。
「ザンネン?」
呆然と佇むピットに、
フヨっとテレサが寄ってくる。
もはや振り向くこともできない。
きっと今頃、背後にはテレサどもがウジャウジャ集まっていて、
せせら笑いながらこちらを眺めているのだろう。
「まだまだ始まったばかりですヨ」
もう放っておいてくれればいいのに。
そうでなければさっさと始めてくれればいい。
何をかまでは、考えたくもない。
そんな思いも気付かぬふりで、テレサはピットの正面へと回り込んで、
「宴にツキモノの素晴らしい料理だってあるというのに」
「・・・そんなの、ただのお飾りなんだろ」
「とんでもない・・・きっとご満足いただけますよ」
「それで?
お前らと食べて、飲んで、踊らされて・・・どうなるんだ」
「さぁ?コトの結末なんてワレラは知りませんヨ」
テレサがその大きくて真っ赤な口を広げて笑った。
牙が、垣間見えた。
帰るんだ。
どうやって?
道はない。もう見えない。
見えるのは黒と、白と、そして赤。
どうなるの?
どうしよう?
どうしようもない。
(結末だって?お前らにはわかってるんだろ?)
楽しいのは自分達、楽しくないのは僕。
あいつらはちゃんと知っている、先の未来が楽しいことくらい。
でも僕にはわからない。たった一刻の先も・・・。
ドゥンッ
鈍い音が、低く響いた。
何かが弾ける様な、部屋を揺るがすほどの大きな音。
部屋の中からではない。
隣の大部屋でもない。
キンッ
音源の在り処を探る間もなく、次の音が響いたかと思えば、
途端、
物置部屋の石壁が、ガラガラと、これまたけたたましい音を立てて、崩れ落ちた。
「・・・え?」
放心していたピットが、そちらをみやる。
穴が、開いていた。
そしてそこには見慣れた顔。
「意外にもろかったな」
「・・・そうか?」
「1個で崩せる壁は珍しい」
「・・・そうか」
目が、合う。
アイクは大剣を下ろし、いつもの無表情を変えずにピットだけをみつめる。
その後ろで、リンクは不要になった爆弾を背後へと投げ捨てた。
また1つ、音が弾け、
さらになにか崩れたような音までするが、2人が気にする様子はない。
「だいじょうぶか?」
「・・・あ・・・うん、だい、じょうぶ」
なんとか言葉を紡ぐ。
なぜ、ここに?
そう尋ねようと思いついたのだが、
「!」
手元の指輪が光っているのに気がつく。
「え・・・?」
「あぁ、それと反応してたのか」
と、リンクがこちらへ寄ってきて、なにかを取り出し、見せる。
リンクの手に乗っているのは、指輪。
ピットの物と同じに見える。
「・・・そ、それ・・・?」
「なんかもらってさ」
「こいつの影武者が持ってきた」
「影武者っていうな」
「違うのか?」
「違う!」
「・・・」
そんな他愛のない話をしているうちに、
2つの輝きが、重なる。
「あ!」
3人の見ている目の前で、
2つの指輪がいっそう眩い光を放った。
そして、
澄んだ音を立て、砕ける。
「おぉ」
「・・・」
リンクとアイクの、能天気な驚愕。
一息後、
ドンッ!!
激しい音と地響きがした。
「ヤバイかな?」
「な、なんなのこれ・・・ッ!?」
「・・・出るぞ」
アイクはピットの腕を掴み、リンクの先導に従って
屋敷を出た。
何枚もの壁に開いた穴を抜けて。
アイクに手を引かれながら、ふと振り向いた、暗闇の中、
うっすらとテレサの姿を見た気がした。
(ケケッ!・・・マタ来てネ・・・)
そんな声が、届いた気もした。
↑上へモドル
「・・・」
激しい音を立て終わった屋敷を目前に、
1人の男がその歩みを止めた。
「・・・
たまには掃除でもしようかと思ったのに・・・」
背中に掃除機を背負った、緑のヒゲの男がぽつりと呟く。
「まぁ・・・いいんだけどね、いつものことだから」
いつものこと。
そうとわかっていても、
一応自分の物である屋敷が、跡形もなく崩れ去ったその跡地には、
なんだか哀愁を感じずにはいられないのであった。