
「・・・あつぅ〜ぃ」
「・・・」
真夏の太陽の下、
呻くリンク、黙って否定しないアイク。
ドルピックタウンはいつでも夏真っ盛りだ。
強い日差しが肌を刺し、その熱は止め処ない汗を流させる。
しかし、
光る太陽、青い空、白い雲、
そして広がる海と、そこを渡る風、
それらはけっして心地悪いものではなかった。
・・・のだが、
文句は出る。止め処なく。
「なぁ〜アイク、ど〜にかなんないの?」
「ならん」
「暑さ変えろっていうわけじゃぁないんだよ。
どーにか紛らわせないかなって」
2人は町の港で
特に何もすることなく、
並んで石造りの桟橋に腰掛けている。
暇だと思っていながら、剣を振るう気分でもない。
「・・・別のところに行けばいいだろう」
「それもなぁ・・・」
「氷山に行けば涼しいぞ」
「でもあそこ、落ち着けないじゃないか」
「・・・」
「・・・」
なんやかんや言って2人ともそこから動こうとしない。
話しながら、揃って下の水面を眺める。
静かに波打つ水面は
リンクとアイク、双方の姿をゆらゆらと漂わせている。
「・・・」
「・・・そうだ」
「?」
「水遊びしよう」
「・・・」
リンクの提案に、アイクは閉口する。
「・・・」
「涼しくなる」
「濡れる」
「だからいいんだよ」
「・・・」
水遊び。
言葉そのものに、戸惑う。
たしかにそれは夏らしい涼しさを持っている。
しかし・・・
・・・今更やることか?
まだ妹たちの相手でつきあうならいいが、そうではないのだ。
「・・・」
「・・・」
涼を取る方法なら、他にもあるはずだ。
木陰に行くとか。
建物の中に入るとか。
フォックスの部屋で涼むとか。
ポポとナナにブリザードをお願いするとか。
氷を口にするとか。
はりせんを団扇代わりにするとか。
「・・・」
「・・・」
いくらでもある。
水遊びなんてものより、
もっと、効果的で、現実的で、手っ取り早くて、大人らしいやり方が・・・
「・・・」
「・・・」
はたと、その目線に気づいた時には
遅かった。
ザブン、と
水音涼やかに、アイクは海へと落とされた。
「あ〜気持ちいぃ〜っ」
「・・・」
海から上がったリンクは、満足げに笑っている。
アイクも小さく息をつきながら、確かに気持ちはいいと、納得せざるを得ない。
無理やりとはいえ、海に飛び込んでみればそれはひんやり冷たくて、
後から自ら飛び込んだリンクと共に、少し泳いだ。
久方ぶりだった。
泳ぐのも、遊ぶのも。
「やっぱり夏はこうじゃないとね」
「・・・」
だが、
やっぱり濡れた。それはもう盛大に。
仕方ないので、リンクの言うままにマント、上着、バンダナなど、
ズボン以外の身に着けていた物全てを広げて天日にさらしていた。
もちろんリンクもだ。
体を拭くものなど持っているわけもなく、
2人は濡れたままの上半身も、衣服と同じく日にさらす。
いい日差しだ。
乾くのにそう時間はかからないだろう。
海風が、体に残る水飛沫を撫で、
太陽の日差しは眩く視界を埋める。
隣に座るリンクの髪から、また1つ、水滴が滑り落ちた。
彼が帽子を取っているのは珍しいように思う。
緑の服を身に着けていない彼は、普段は見せぬ顔をしているようにすら感じた。
「なーんて格好してるのよ」
と、
後ろから掛かる声。
2人がそちらを仰ぎ見ると、
そこには、
白いレースのパラソルを広げたピーチ姫がいた。
「暑いとはいえ、その姿はどうかと思うわ」
「普通だよ、これくらい」
「・・・気楽でいいわよね、男は」
ピーチは呆れた口調に
暑さによる気だるさを加えて吐き出す。
「ピーチも泳げば?」
「イヤよ、水着はないもの」
あっさりと断る姫。
彼女にも夏の日差しは降り注ぎ、パラソルに遮られて影を作っている。
「ピーチ、この海ってどこに続いてるんだ?」
「海はどこにでも続いているわ。
ここには、キノコ王国から船で来られるの」
「船か〜」
「ハイラルの海って、どんな海なの?」
「それが、俺、見たことないんだ。
どこかにあるらしいんだけど、遠くてさ」
「馬だけじゃ行ける場所も限られちゃうわよね」
「・・・ゼルダ姫なら、海の場所も知ってるのかな」
「きっとそうね。
・・・アイクは?」
「ん?」
「貴方は海、見たことある?」
「・・・あぁ。船旅をしたことがある」
「いいわねぇ〜」
「襲われたがな」
「あら、海賊かなにか?」
「まぁ・・・海賊、か。
海を越えた島国に、タカの民やカラスの民が暮す国があるんだ」
「タカにカラスって、鳥?」
「あぁ」
「ファルコみたいなの?」
「・・・違うな。ピットみたいな」
「背中に羽生えてるのか」
「戦いとなると、完全な鳥の姿に化身する」
「へぇ〜、そんな種族もいるんだ・・・」
「・・・
・・・・・・あら?」
ピーチが、ふと後ろを振り向いた。
「ゼルダじゃない」
現われた人影。
ピーチは彼女をなにげなく迎える。
迎えられたゼルダは、会釈を返すも、
ピーチと同じく少しだけ気だるそうな様子で日光に照らされていた。
「暑いですね・・・」
「常夏の島だから、仕方ないわ」
そしてさりげなく、男2人へと目をやる。
「・・・そちらのお二人はどうな」
ざぶん
ゼルダの言葉を遮るように、
水音が上がる。
「?」
一同が揺れる水面に目をやると、
ざぱッと海から、
濡れた顔にその金髪を張り付かせたリンクが、目から上だけを覗かせる。
「・・・リンク?」
何をやっているのかと、不思議がるアイクと呆れるピーチ、
2人を他所に、
ゼルダは首を傾げながら屈みこんでリンクと目を合わせた。
「・・・どう、しました?」
「え・・・えと、あの、そのえーっと」
しどろもどろに何か言葉を紡ごうとするリンク。
心なしか顔が赤らんでいるように見える。
ゼルダの方は、目を丸めて、リンクの弁を素直に待っている様だ。
「・・・何をやっているんだ、あいつは」
アイクが呆れたような言葉を漏らすと、
ピーチは口元に手を当て、クスッと笑う。
「あれでも年頃の男の子ってことね。私に気遣わないのは気に入らないけど」
一対の男女の様子を、1人微笑ましく眺めるピーチ。
アイクの方は、座り込んだまま無感動に2人のことを見詰めている。
「・・・えと、・・・ゼルダ姫も・・・いかが、ですか?」
「服が濡れてしまいますわ」
「ですよね」
「涼しくていいとは思うのですけど・・・」
「・・・気持ちはいいです」
「村でもよく水浴びを?」
「暑い日は・・・子供達と・・・
・・・城下ではしないですよね・・・」
「あまり見かけませんね」
普段からもそうなのに、
それ以上にぎこちない会話を続ける、姫君と勇者。
・・・あのていたらくでは、勇者と言うよりただの一村民だ。
「・・・」
何か言いたげに、
だが結局は無言で見守るしかないアイク。
「あなたもあれくらいの恥じらいを持たないとダメよ」
「・・・誰に対して?」
「とりあえずは私に対して」
他人事のように平然としているアイクに、ピーチはつんと言い放った。
「・・・ご無礼を致しまして」
「心がこもってない。・・・そういう事じゃないのよ」
「・・・」
彼女の言いたいことを、彼はよくわかっていない様子。
笑ったのか、呆れたのか、
ピーチはふっと小さく息をついた。
「ゼルダ、日に焼けちゃうわ。私の部屋行きましょうよ」
ピーチが呼びかけると、
ゼルダは軽やかな返事と共に、あっさり立ち上がり、
ちょっとだけ振り向いてリンクに笑いかけると、
白いパラソルに並んで歩き出す。
「あなたたちも程々にしておきなさいよ」
2人への忠告だけを残し、
姫君たちは、夏に似合わぬ優雅さで立ち去ってしまった。
「・・・」
「・・・」
沈黙の時が戻り、そこを南国の風が吹き抜ける。
リンクはじっと水に浸かり続け、
アイクはじっと座って動かない。
「・・・」
「・・・」
リンクはひたすらにアイクの目を上目遣いに見据え続ける。
なんだその目は。
どうしようもないだろ。
いったい俺に何を求めるんだ。
そんな台詞が浮かび、そして霧散していく。
残るは結局、沈黙ばかり。
「・・・」
「・・・」
アイクは、何気なく、
右手を伸ばしてリンクの方へと差し出した。
「・・・」
「・・・」
やめとけばよかった、
そんな後悔をするも束の間
ザブン、と
3度目にして、一番派手な水飛沫が上がった。


こういう価値観って、人によってだいぶちがったりする。
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