乱闘のない場所ならどこに行ってもそうなのだが、 やはりここ、コーネリア上空も 穏やかで静かな空間だった。 だが、ファルコにとって、 そんなコーネリアの市街も、グレートフォックスの機上も、 いまいちしっくりこないものである。 べつに不快なわけではないが、慣れないものは落ち着かない。 そんなところでゆっくり昼寝をする気にもなれず、 かといって別の場所へ移動する気にもなれず、 結局ただ座りこんで何もせずにいるに留まり、 その状態がまた、彼が落ち着けないでいる要因になっていた。 と、その時 「ッテ…?」 何かが彼の頭に当たった。 同時に何かが光ったのもわかった。 「ん…?」 目の前にコロンと転がるその『何か』は 「…『モンスターボール』…だったか?」 たしかそんな名前だったような気がする。 投げるとなんだか妙な生き物たちが出てくる丸い物。 ボール本体にしろ、出てくる生物にしろ ファルコにはまったく馴染みのない物なのだが、 どうやら、ここにはよくあるものらしい。 いつもなら適当に投げつけるなりなんなりして終わりなのだが… 今日は少し様子が違うように見えた。 「……カラ…だな」 気づいた時にはすでに目の前にいた。 「ミュゥ?」 つぶらな瞳でこちらに向いて首をかしげるそれを、 一瞬かわいいと思ってしまった自分が嫌だった。 「ミュウじゃないか」 あっさりとフォックスは言った。 「かなり珍しいポケモンらしい」 そんな珍しいものを目前にしながら、あまり驚いているようには見えなかった。 「…どこが?」 ファルコのほうは驚くどころか、興味があるのかどうかから疑わしい様子だ。 「…あんまり見たことないだろ?」 「ピカチュウだってあんまり見たことねぇな」 「それもそうだな」 ポケモンは見慣れないもの、珍しいもの、 それは二人とも同じだった。 「で、その珍しいポケモンが、なんでこんなところで何してんだよ」 「…なにしてるんだろうな?」 「ポケモンってのは、出てきてもなんかやらかしてすぐにいなくなるもんじゃねぇのか?こいつはちがうのか?」 「いや、いつもならミュウもすぐ消えてしまうんだが…」 二人は話題の生き物に目をやった。 ミュウはふわふわと宙に浮き、二人を見ていた。 見られているのがわかったのか、くるりと宙返りをして見せる。 二人は同時に大きくため息をついた。 「わかってるのは」 フォックスが切り出す。 「ミュウがなぜかここに居ついているってこと、それだけだ。 ポケモンがどこから来てどこに帰るのかも知らない俺たちには、何も出来ることはない」 「ほっとくか」 「しかないだろうな」 フォックスはもう一度ミュウを見やる。 ミュウは相変わらずただのんきに浮いているだけだった。 「俺は他行くぜ。じゃぁな」 「相手になってくれないのか?」 「また今度な」 「試しになにか賭けてやってみないか?」 「こんなとこで何賭けるってんだ。金なら持ってねぇぞ」 「…ウルフェンにどっちが乗るかとか」 「てめえにやるよ、んなもん」 フォックスに背を向け歩き出すファルコ。 フォックスも他へ行こうとしたが、 「…ん?」 ふと目に入ったミュウも背を向けているのに気づいた。 「……ファルコ」 「なんだ?」 呼びかけられて振り向くと、 目の前にはミュウがいた。 「…なつかれてるぞ」 ミュウはファルコの行くとこ行くとこについて来た。 何をするでもなく、ついてくる。 ただそれだけ。 だが彼にとってはそれだけではすまなかった。 「あ、ミュウだ!すごーい」 「これが幻のポケモン…僕、初めて見ました」 「俺は見たことあるもんね〜。…あれ?こんなとこになんでいるの?」 「こいつがミュウか、強いと聞いたことがあるが?」 「あら、ずいぶんかわいい子を連れてるじゃない」 「うるせぇってんだよ!! そもそも俺が連れてるんじゃなくてこいつが……」 ふと見返てしまい、後悔した。 そいつは、こっちを見つめている。 何を考えているのか、まったく読めない。 もしかしたら…何も考えてないのかもしれない。 目が合うとちょっと笑ったように見えた。 「……こいつはなんで、ついて来るんだ」 ため息がてらぼやいてしまう。 どうも、この手の生き物は苦手だ。 撃ってくる連中には撃ち帰してやりゃいい。 追いかけてくる奴等からはとんずらこきゃいい。 だが、ただついてきて、ただこちらを見てるだけ。 攻撃する理由も、逃げる必要もない。 「………」 見つめ返しても仕方がないようだ。 笑ってみようとは思わなかった。 「何をしているんだい?」 突然、横から声を掛けられた。 「てめぇは何してんだよ」 驚く気力もなかった、困ったことに。 「ミュウを見に来ただけだよ」 「…つれてってもいいぜ、なんなら」 「つれてるんじゃなくて、ついてきてるんだろ?」 「……」 いちいち癇に障るヤツ、だが、言っていることは正しい。 この手の生き物もまた苦手だった。 「何しに来たんだよ、王子サマ」 「見に来ただけだって」 「んなわけないだろ、てめえの場合」 現れたのは、マルスである。 いつも、変わらぬ顔をしているように思える王子様だ。 余裕を隠した笑みを今日も浮かべている。 「信用ないな」 軽く笑って見せる。 「せっかくいいヒト、連れてこれたかもしれないのに」 「はぁ?…なんのことだ?」 訝しげな顔をするファルコにかまわず 「まぁ、そのうちわかるよ」 すでに彼は、さもミュウに関心があるかのように覗き込んでいる。 ミュウのほうも、マルスに興味を持ったようだ。 特に髪飾りが気になるようで、頭の上をじっと見つめている。 マルスも気づいて、髪飾りをとり、渡してやった。 ミュウは嬉しそうに、小さな手の中でくるくると回しながらそれを観察している。 「可愛いじゃないか」 「…」 やっぱり苦手だ。 「ここにいたか」 また一人、突然現れた。 (さらに妙なのが出た) ついついそう思ってしまう。 宙からなんの前触れなく現れる者、 今度はミュウツーだ。 「いいヒトってのはまさか…」 「そうだよ」 マルスはファルコにしれっと答える。 「どうやら私の前にひれふしたいように見受けるが?」 「残念ながら、僕は負けないよ」 ミュウに向けていたものとは明らかに違う顔で マルスは肩越しにミュウツーを見やった。 どうやらミュウツーがマルスを探していたようだが… 「ん?……ミュウ…か」 ミュウツーはマルスではなく、ミュウを見つめていた。 「ミュウに…ミュウツー… ……進化系、とかいうやつか?」 ファルコがつぶやく。 「進化とは違う」 それにミュウツーが答える。 「私は、そいつを基に造られたポケモンだ」 「…なるほど」 『造られた』と聞けば、なんとなくではあるが想像がついた。 「ミュゥー」 「そうか、帰るところが見つからないか」 「ミュ、ミュミュゥ」 「なに?面白いからべつにいい?お前の居場所はここではないだろう」 「ミュ〜…」 「さっさと帰れ」 「…ミュゥ」 何を言っているのかわからないが、 ミュウが残念そうな顔をしているような気がした。 「……あんな世界でも、まだまだ見られるところもあるだろう」 一瞬、ミュウツーの表情が和らいだように見えた。 「…」 「終点に連れて行け」 「は?」 唐突にファルコにふられた。 「帰るのならば、そこからだ」 「なんでオレが…」 「私は」 急に、ミュウツーの口調にいつもの鋭さが戻る。 「そんなことをしに来たわけではない」 ミュウツーの気迫につい押され、 さすがのファルコも先を続けられなかった。 「用があるのは貴様だ」 ミュウツーの目線が、マルスへと移った。 「そのとおりだ」 彼もそれを待っていたようだ。 「…」 二者はお互い見合ったまま、動こうとはしない。 はたから見て、明らかに、『険悪な雰囲気』というやつである。 「……いったい、どういう呼び出し方をしたんだ?」 「気にしないで、君には関係ないことだから」 「…そうしとく」 「改めて、僕からもお願いするよ。 ミュウを連れて行ってあげてくれないか」 「あぁ…あんましここに居座りたくねぇし」 「よろしく」 言いながら、ゆっくりと剣を抜く。 「後悔するぞ」 「後悔?しないよ。あなたほどの相手と手合わせ出来るのだからね」 「…」 「…」 「………さっさと行くか」 ファルコは今にも戦場と化しそうなその場を後にした。 「終点…ねぇ」 何もない。 だからこそ、何があってもおかしくない所。 なんたって『終点』だ。 終わりなんだから、次に何が続いても問題はない。 とにかく こいつが帰れればいいだけ。 「…」 「…」 ファルコとミュウ 同じ方に向き並んでいる。 腕を組んで立つファルコの横、 ミュウは少しうつむきかげんに尻尾をたらして浮いている。 「帰れんのか?」 「…ミュウ」 ミュウは小さく頷いた。 「帰らねぇのか?」 「ミュゥ…」 問われて、ミュウはうつむいたまま、ファルコの方へと向いた。 「こんなとこいたら、 いつまでたっても帰るとこなんて見つかんねぇぞ」 「…ミュゥ?」 ミュウは顔を上げ ファルコをじっと見つめた。 「…なんだよ」 ファルコの怪訝な表情をよそに、 ミュウはその場で軽く宙返りをしてみせ、 そのまま、空を切って彼から離れ、 一度、振り返って、にっこり笑った。 そして、微かな光塵を残して、虚空へ消えた。 「…」 肩でため息をつく。 「面倒見がいいな」 横から声を掛けてきたのは、フォックスだった。 「んなわけねぇだろ、ついて来ただけだ」 「お前が?」 「あいつが、だ」 「やっぱりちゃんと面倒見てたんじゃないか」 「ちげぇって」 言いながら、返す言葉に詰まる。 「てめぇは何でいるんだよ」 ファルコは話をそらすようにフォックスに聞いた。 「いいだろ?」 軽くかわしてみせるフォックス。 「それより…」 と、フォックスは、腰のブラスターを抜き 「退屈してるんだろ?」 一つくるりと指で回し、構えた。 「…まぁな」 ファルコもそれに応えるように自分のブラスターを抜き、構える。 「勝ったほうがウルフェンな」 「いらねぇって言っただろが」 「それは残念、じゃ、俺のものだな」 「いらねぇが、やるとも言ってねぇ」 二人は機をはかり、同時に、後ろへと跳んで距離をとった。