『はぁッ!』
威勢のよい声が2つ
そして、剣と剣の交わる音が1つ、
広く澄み渡る、青い空の下に響いた。
ところはハイラルの神殿。
いつもと変わらぬ晴天の空の下、
2人の剣士が、激しい剣の打ち合いを続けている。
1人はリンク、もう1人はマルスだ。
打ち合うこと数回、
リンクが大きく剣を振りかぶり、斬りおろしたのを、
マルスが剣のつばで受ける。
「マルス」
リンクが相手に声をかける。
「なんだい?」
マルスが答える。
「休憩しよ」
軽い口調で提案するリンク。
だが剣を握る力は決して抜かない。
「疲れた?僕はまだ大丈夫だけど」
圧されながらも、余裕の笑みは絶やさないマルス。
「・・・そう言われたら、疲れたなんて言えないじゃないか」
「冗談だよ。休もうか」
言って、
一歩後ろへ飛びつつお互いの剣を打ち払い
2人は構えを解いた。
「なんか・・・負けた気がする」
リンクが剣を収めながら言う。
「そんなことないさ」
マルスも同じく、剣を収めて答えた。
怪訝な表情で返すリンクに、微笑んでみせる。
「ま、いっか」
リンクは、マルスに背を向け、
腕をめいっぱい上に伸ばし、大きくのびをした。
「気持ちいいな」
「そうだね」
マルスはリンクの横に腰を下ろした。
リンクもその場に座り込む。
目の前には、美しいハイラルの空が広がっている。
2人のいるところが、ちょうど神殿の石畳の端にあたり、
その下には、深き迷宮の存在をにおわせる土の地面が見える。
「リンク」
「ん?」
「この神殿、何があるんだ?」
「さぁ?」
「・・・大切な場所に見えるけど?」
「・・・」
リンクは少し、考え込んで
「なんなんだろう」
答える。
「・・・リンクも知らないハイラルということか」
「もしかしたら、俺の見ている空の上にいつもあるのかもしれないね」
「こんな大きい神殿が?」
「そう」
「それは・・・すごい話だね」
「だろ?」
「あ、先輩!」
後ろから声をかけられる。
2人が振り向くと、
ロイが、こちらへと駆けてくるのが見えた。
「おそろいで、なにしてるんですか?」
「ちょっと、休憩中」
「そーいうロイは、どうしたんだ?」
リンクが聞くと、ロイは小さく息をつく。
彼の顔は少し赤らみ、息も上がっているのが見て取れた。
「それが・・・ちょっと面倒なことになっちゃって」
「面倒?」
「そうなんですよ・・・」
心底疲れたといった表情のロイ。
「僕は何もしてないはずなんですけど」
「何があったのさ?」
「『何があった』というか・・・」
言葉に悩みながらも語りだす。
「・・・確かに、目の前にあったはあったんですけど」
「何が?」
「ドーナツです」
「ドーナツ?」
丸くて甘くておいしい、
たまに出てくるあの食べ物を頭に浮かべる2人。
「ドーナツが、あったんだね」
「はい。でもそれが、なくなって」
「・・・それで?」
「それで・・・!」
次を語る前に、
何の気配に気付いたか、急に辺りを見回し
「す、すいませんッ!また後でもいいですか?」
「べつにかまわないよ、全然」
「後ほど必ずッ!」
言いながら、2人に背を向け、
来たほうとは別のほうへと走り出すロイ。
「なんかよくわかんないけど、ファイト、ロイ」
「ありがとう、リンク!」
リンクへと手を振り、柱の影へと消える。
「忙しないな」
「何があったんだろう?」
言っているのも束の間、
「あら、リンクにマルス」
また1人、
桃色のドレスのかわいい姫様が、彼らの前に現れた。
「これは、ごきげんよろしゅう、ピーチ姫」
マルスが、立ち上がって頭を下げる。
「相変わらずバカ丁寧なのね」
姫はそんな王子の挨拶がお気に召さないようだ。
「こんなところで、どうしたの?」
2人の様子など意に介せず、リンクがたずねる。
「ちょっとね、人探し」
「もしかして、ロイ?」
「そうよ。ここにも来たのかしら?」
「ついさっき。姫を避けるように、慌てて出て行きましたよ」
「ロイ、いったい何をしたの?」
「私が目をつけていたドーナツに手を出したのよ」
きっぱりと言うピーチ。
だが、そこにこれといった感情は含まれていない。
「それで、お怒りだと?」
マルスが敢えて問う。
「べつに怒ってなんかいないわよ?それに・・・」
「それに?」
「あのドーナツ、ロイが食べたんじゃないような気もするのよね」
「ロイは、『消えた』って言ってたよ」
「あら、やっぱりそうなの?」
「やっぱりって・・・」
「私が見たときはドーナツがあって、
ちょっと目を離して、
次に見たときには、そこにロイがいたのよ」
「・・・それだけ?」
「そうよ」
「たしかに・・・『面倒』に巻き込まれたものだね、ロイも」
「あら、ロイったら、そんなこと言ってたの?」
「言ってましたよ」
「やっぱり捕まえなきゃダメね」
「いいじゃん、ロイじゃないって、わかったんだからさ」
リンクの言葉を聞いたマルスは、
そうじゃない、と首を横に振ってみせる。
「姫は、どうやらロイがいたくお気に入りのようだよ」
「そうなの♪」
にこやかに笑う姫。
「そうなの?」
「だって、からかうとカワイイのよ、あんた達と違って」
「それはそれは、申し訳ございません」
「全然思ってないくせに」
「次お会いする時にはうまくからかわれてみせますよ」
「いやよ、からかってなんかあげないわ」
「それは残念」
ちっとも残念そうにはみえない顔だ。
「リンク、ちゃんと王子様見張っとくのよ、私のジャマしないように」
「マルスはそんなことしないよ」
リンクの言葉は聞き流し、
「じゃ、ごきげんよろしゅう」
2人に丁寧な挨拶をし、
ピーチはロイが去ったのと同じほうへ駆けていった。
「捕まるのは時間の問題だね」
「なぁ、マルス、どういうこと?」
「何が?」
「ピーチは、ロイが好きだから追いかけるの?」
「簡単に言えば、そういうことかな。ただ…」
「ただ?」
「『好き』にもいろいろあるということさ」
「ふーん?」
「それは、好かれる側も同じだけどね」
「…よくわかんないけど、大変だな、ロイも」
「食〜べて〜、すぐ〜寝ると、ウシになる〜」
妙なメロディーを携えて、
ロイやピーチが来たほうから、
のんきに歩いてくる影が1つ。
「あれは・・・」
「カービィじゃん」
「そうじゃなくて」
「あ〜、リンクとマルスだ」
カービィが、こちらに気付く。
「これ食べる?」
と、その手に抱えたものを差し出した。
「食べかけだろ、それ」
「というか、ドーナツだよ、リンク」
「・・・あ」
マルスの言うとおり、
カービィが差し出したそれは、まぎれもなくドーナツだった。
話題の食べ物の出現。
カービィは、差し出しながらも、
あいかわらずそれをパクついている。
「まぁ・・・わかったところで」
「どうしようもないか」
「かわいそうな僕の後輩」
「あとで見に行ってあげようかな」
「何を〜?」
カービィが、不思議そうな顔をする。
「ロイだよ」
リンクが答える。
「なんで?」
「なんでもないよ、ロイの様子を見に行くんだって、さ」
「ふーん?」
全ての説明を省いて、マルスは話を流す。
「じゃ、2人は、何してるの〜?」
カービィは気にすることなく、
ドーナツを食べながら話を続ける。
「ちょっと休憩してるだけ…」
「あぁ〜わかった!」
たずねておきながら、リンクの答えるのなど聞こうともせず
「2人で、愛を語ってるんでしょ」
カービィが声を上げる。
『は?』
なんのことやら、
2人はカービィを見つめるばかり。
「なんだよ、それ」
「だって『愛を語る』ってのは〜
こう、仲の良い2人が、
カタを並べて、いっしょにのんびりまったりするんだよね?」
「意味分かんないよ」
「まぁ…あながち間違っては…」
「んでー、『2人は時をわかちあい、心を通わせ…』」
カービィは楽しそうに言葉を続ける。
「しかし、幸せは永遠ではない。彼らに悲哀の運命が」
「え、悲恋なの?」
思わぬ展開に、マルスが聞く。
「愛と悲しみは一対一なのです〜」
言いながら、ドーナツをまた一つ。
「そうなの?」
「いや、僕に聞かないで」
真面目な顔で訊ねてくるリンクを、
マルスが軽く突き放す。
「で、続きは?」
興味を持ったのか、リンクが先を促す。
「続きはねぇ…」
と、
手元を見下ろし、辺りを見回し、
「・・・おなか減ったから、また今度〜」
食べるものがないのを知り、
彼らの前に広がる、広い空の方へと歩き出す。
「え、ちょっと待…」
リンクの呼び止めなどまったく聞きもせず、
身軽に神殿から飛び下り、
そのまま宙に体を浮かせ、どこぞへか去ってしまった。
「気になる…」
だんだんと遠のくカービィの後ろ姿を眺め、つぶやくリンク。
「いったい、どこで何を読んだんだろうね」
「…そーいえば、フォックスがなんかの本、読んでたような」
「と、いうことは」
「フォックスに聞けばいいんだ」
「何を?」
「…続き?」
「いってらっしゃい」
「…次会った時に、もし覚えてたら聞くよ」
「それがいい」
「何を、聞くって?」
言いながら、また1人、こちらへとよって来る。
「フォックス!」
リンクに名を呼ばれ、
軽く手を挙げて答えるフォックス。
「いつみてもヒマそうだな、リンク」
「そんなことないだろ?」
「なにかしてるのか?」
「今は休憩中。それより、フォックスさ」
「ん?」
「最近、カービィに本読ませなかった?」
「カービィに・・・本?」
眉をひそめて、思い出そうと試みる。
だが、心当たりはなさそうだ。
「恋愛小説か何かだと思うんだけど」
「・・・悪いが、読んだ覚えもないな」
「そうなの?なんだ」
「なんだ、って・・・」
「いや、こないだ本読んでるの見たからさ」
「本・・・こないだリンクが来た時に見てたのなら、技術書だぞ」
「技術書?」
「なんだ、勉強でもしていたのかい?」
皮肉っぽくも聞こえるマルスの言葉に
「たまには、な」
と、肩をすくめてみせる。
「そういえば・・・ルイージも、読んでいたな」
「え?」
「ルイージが、恋愛小説?」
「いや、なんの本かまではわからないが・・・
さっき、ドーナツ片手に読書をしていたんだ」
「え、またドーナツ?」
つい、気にしてしまう。
「また?」
フォックスが怪訝な顔をする。
「いや、なんでもない」
「そうか?」
「ほんとに」
「ならいいが」
疑問は残るが、関わる必要もないと判断したようだ。
そして、
「そうだ、ファルコ見かけなかったか?」
本来の目的を思い出したらしい。
「ファルコ?見てないな」
「探してるの?」
「あいつ、通信機壊したみたいなんだ」
言いながら
予備の機器だろうか、
自身が腕につけているのと同じような機械を2人に見せる。
「通信機?」
「あれ?マルス知らないっけ?」
「・・・知らない」
「フォックスとファルコはいつでも話せる道具持ってるんだよ。
俺もよくわかんないけど」
「へぇ・・・それは、便利そうだね」
「便利は便利なんだが・・・
いつも頼っていると、逆に壊れた時が大変・・・」
ぽこっ
小気味良い音とともに、
なにかが降って来た。
・・・ちょうど、フォックスの頭上に。
それは、彼にぶつかって、そのまま石畳の上に転がった。
「・・・大丈夫?」
リンクがとりあえず聞く。
だが、フォックスは頭に手をやってはいるものの
たいして痛そうには見えなかった。
マルスは、落ちてきたものを眺める。
「・・・なんだ?」
頭をさすりながら、フォックスも地面に落ちた物を見る。
「野菜・・・?」
ほどなくして、彼らの上の方から聞こえてくる。
「ちょっと待ちなさいよ〜!」
「ごめんなさいっっ!!」
「べつに何もしないわよ!?」
「パラソルふりまわしながら言わないでくださいっ!!」
神殿の屋上を
わき目も振らずに逃げるロイ。
追いかけるピーチ。
楽しそうな、そうでもなさそうな。
「まだ無事なんだね」
「どうしたんだ?あの2人」
「見たままさ、ねぇ、リンク?」
「うん、そうだね」
「?」
3人が、他人事のように見守る中、
「僕、なにもしてないですよねぇ!?」
「してないわね♪」
「じゃぁなんでこうなるんですかっ!」
2人の追いかけっこは続く。
いったん遠のいたかと思えば、
姫を避けて、またこちらへと逃げてくるロイ。
「ロイっ!」
と、
マルスが声をあげる。
「!先輩?」
「ほらっ」
いつのまに拾ったのか
マルスはさっきの『野菜』を
自身の頭上高くへと放り投げた。
「!」
疑問に思う余地もなく、
ロイはとっさに、地を蹴り宙を舞い
3人の真上を飛び越え
それをしかと掴む。意味もわからずに。
そして、その先、
着地する地面は、・・・・・・どこにもなかった。
「えええぇっ!!」
喚きながら、そのまま落ちていくロイ。
「どこいくのよ〜!?」
ピーチもその後を追い、
空へと飛び出し、
ご自慢のパラソルで舞い降りていく。
「・・・マルス、わざとだろ?」
「かわいい子には旅させよ、っていうだろ?」
「旅ねぇ・・・」
「ん?・・・フォックス、あれ」
何かを見つけ、マルスが、眺める空の中を目で示す。
「カービィだよ」
「!あれは、ファルコの帽子、だな」
「さっき見たときはまだ・・・」
「ということは、会ったってことか」
「そういうことかな」
「やれやれ、機嫌悪くしてるだろうな、あいつ」
フォックスが息をつく。
「追いかけるのか?」
「あぁ。
悪いな、相手できなくて」
「気にすんなって。またね」
「あぁ」
フォックスはリンクに答え、
そして淵へと歩み寄って、
風に尻尾をなびかせ、下方へと飛び降りていった。
「みんな、忙しそうだな」
「僕たちがのんびりしすぎなのさ」
「だって、休憩中だし」
「そうだね」
2人が言葉を切ると
あたりに、本来の静寂が戻る。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、
風の音だけが空間を吹き抜ける。
カービィの姿も、とうに見えなくなってしまった。
しばし無言になる2人。
「そろそろ、始めるようか」
「そう、だな」
再び、2人は立上がり、
距離をとって向かい合う。
「よしっ!やるぞ♪」
「さっきの『負けた』って言ったしおらしさは?」
「言った?」
「言ったよ」
「そうだっけ?」
「ふふ、また思い出すよ」
「それはないな」
話しながら、剣を手に取り、
一呼吸の沈黙。
そして、
再び、剣の音が空の下に響いた。
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